ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

日本人は............

実は、この前のブログに寺島眞一さんから、NO WILLというコメントを頂きました。彼のブログを開けてみると、こんな文章がありました。

**
我々の判断の仕方は、「あるべき姿」(things- as-they-should-be) と
「今ある姿」 (things-as-they-are) に分けて考える英米流の判断の仕方とは違っている。
裏と表は、共に現実の世界にあること。だが、英米人の「あるべき姿」は非現実、「今ある姿」は現実である。
現実における裏は、現実の中でしか生きられない日本人の知恵となっていた。

原因は、日本語には時制がなく、結果的に現実形の一本やりの考え方になっているのに対して、
英語は、独立した世界である過去・現在・未来を分けて考えられるからである。

英米人は、未来形の「あるべき姿」に基づいて、現実対応を考える。だから、議論が有益である。
現実対応ばかりの日本人には、現実からの飛躍がない。誰が考えても結果が同じになる。
そして、閉塞感を伴う。

現今の世界は、英米の世の中である。英語を使った判断が可能であれば、英米流の不法も理解できる。
日本語だけを話し考えても、理解は無理である。問答無用の御用・御用となる。
だから、その訳を理解することが、先ず初めにあるべきである。
その理解に立って、本邦に計画的な英米の習慣取り入れを行うとよい。
さもないと、戦後の日本人の混乱はいつまでも絶えない。せっかくの開国を不幸として恨むことになる。




大変面白い洞察で、30年間、異国語、スペイン語と英語の中で生活をしていた私は、寺島さんのの意見と同じ意見を持っています。私は娘たちが、私という日本人の血を持った母親と、異国の血を持った父親、また英語の文化で育っていくのかを、ずっと観察していました。日本語を話している時には、彼女たちは、完全に態度が「ふにゃ」..............すみません。かなり、OFFENSIVE (とげのある)言い方だと思いますが、でも、本当に「ふにゃ」とそんな感じになっていました。英語を話す時には、トーンも毅然としていました。そして、そのうちに、日本語を話さなくなり、彼女たちは、英語の人間になって行きました。不思議なんです。今でも、彼女たちが、日本語を話すと、表情が柔らかくなり、「ふにゃ」っとなるのです。さて、私は、今回、今日までで、ほぼ2カ月間、日本に滞在しています。その間、ずっと日本語を使っており、日本語を聞いていました。そしたら、私は、いつの間にか、ノイローゼになってしまいました。WILL(意思)を持って30年過ごしてきたのに、私の頭の中が「ふにゃ」となりかかっていたのです。2週間、日本のテレビに張り付いていたせいもあります。テレビに登場する、ふにゃふにゃと話をする人々を見聞きしたので、ボーと物事を考えるようになってしまいました。


日本人が好きで、日本語を話すオーストラリア人が、こんなことを言いました。「日本人は、問題をみなければ、問題が存在していない、あるいは消えてしまうと思っているようだ」と。この言葉は、まさに、日本人を「完璧に」表していると思います。見なければ、問題はない。見つからなければ、問題は存在しない。東京電力は、実は日本人全体の問題なのだと思います。問題はみつけたら、identify (それが何かと言うことを明らかにする)すれば、その次に来るのは、think どうしたらその問題が解決できるのか「考え」なければなりません。もしかしたら、日本人は、考えたくないので、問題を見ないのだ............と言われても仕方がないかも知れません。


日本人は、強い。負けない。what do you mean by that? そんな精神論よりも、寺島さんが言うように、Will「意思」を持って、解決する「強い」精神力を持たなければならないのです。強いのは、分かったけれど、それが何なの。強いとは、何が強いの。その言い方あいまいだなあ。誰と比べて強いというの。負けない? 何に負けないわけ? 私は、震災から3週間経って、あの広告が、本当に嫌になってきました。それから最近は、まるで子供に言うように「電気を無駄にするな」「無駄なメールをするな」これは、人々の、guilty feeling (罪悪感)に訴えて、国民をpatronizing 子供のように扱っている。日本人はこれに対して、なぜ、「馬鹿にするな」と怒らないのでしょうか。


それにしても、テレビの司会者、とりわけ、若い女性司会者たちの「それでは、被災地にいるxxさん、お願いしまあす」なんて声も、表情も、人ごとみたいに話しかける。本当に嫌だ。彼女たちは、いえ、彼女だけではなく、テレビの制作者たちは、何も考えていないし、日本人や日本に、何も提案していない。これでは、日本の未来がない。そういえば、あの皆でそろって「謝る」姿も嫌だ。「申し訳ありません」SORRY! 英米人ならこう言います。THEN? (それで?)つまり、謝るのはいいけれど、それでどうするの?日本人が嫌い。日本人が好き。日本が嫌い。日本が好きの間で、私は揺れています。


原発は、日本人が選んだのでしょうか。なぜ選んだのでしょうか。原発がいいと言ったのはだれなのでしょうか。それを信じたのはなぜでしょうか。選んだときに、その危険性を知っていたのでしょうか。知らされなかったのだとすれば、なぜなのでしょうか。なぜ、知りたいと思わなかったのでしょうか。原発の事故に関して........どうして起きたのでしょうか。誰が起こしたのでしょうか。これからどうするのでしょうか..............
「日本は強い国。皆で頑張れば、絶対、原発問題も乗り越えられる。放射能も消えてしまう。経済も回復する。信じてる」あっ、そうか。神風が吹くのか。

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コメント

はじめまして

はじめまして。よく読ませてもらっています。
優駿のコラムも読ませてもらっています。
自分もあのコマーシャル嫌いです。
最初は、そうだよねって思って見れました。

でもいい加減ウンザリですね。
もっと素敵なコマーシャル作って欲しいですね。
阪神淡路大震災から復興した街や人々の笑顔とか。
現実は受け入れてるから近い未来を想像させて勇気づけるコマーシャル作って欲しいです。

  • 2011/04/07(木) 01:13:12 |
  • URL |
  • ホマレ #-
  • [ 編集 ]

まずは自分に喝!

私もぬるい日本人、何も考えず誰かにの国の未来をたくし、
ただ傍観していました。
今のこの現実を目にして、自分の無知と向き合っています。
大変勉強になる、この強いメッセージ
Marikoさんのブログを大勢の方に読んでいただきたいと思います。

  • 2011/04/07(木) 08:10:38 |
  • URL |
  • goanna mama #bmLAKOt2
  • [ 編集 ]

真理子さんお久しぶりです。
オーストラリアでは日本のニュースを聞く事が激減しましたので、いろんな方々のブログを読んで「知らなかったこと」を吸収しています。
4日(月)の記事も読みましたけれど、私も「なんとかなるだろう」とそ知らぬふりをする日本人の1人になってしまっています。
多分日本国中こういう人が多いのではないかと思います。何かがあっても危機感が全く無いんですよね。当の首相に無いんですから。
「日本はどうなっちゃうんだろう」と考えただけでも実は気が狂いそうになるので、おかしくならないように日本人は『考えないように』しているのでしょう。

私も自分に渇を入れているのです。が、何だか力が出ません。政治家が悪いとか、誰が悪いとか、皆言うのですが、本当は、私たち一人一人が悪かったのではないのかしら。

  • 2011/04/07(木) 15:51:06 |
  • URL |
  • MARIKO #-
  • [ 編集 ]

今、私がとても問題だと思っているのは、日本は選挙の最中だということなの。東京都では都知事選(3/24告示、4/10投票)、区議・市議選(4/17告示、4/24投票)。でも、街には、選挙の気配なんて、看板以外にはほとんどないです。選挙カーを繰り出しての連呼は節電・ガソリン節約でかまわないけど、こんなときこそむしろ、これからに向けての政策の議論はあるべきでしょうに、それが全然見えないの。そして、足元の選挙の話は全く見えないのに、国政での大連立、なんていう話がふわふわ聞こえてくる。とっても変です。本来はメディアが、震災・原発だけでなく、もっと選挙報道をしないとならないと思います。これが欧米やオーストラリアだったら、震災と原発でいろいろ大変だから、選挙については自粛で最低限、なんていうことになるかしら。全く逆じゃないかなあ。だから日本は、と、短絡的に言いたいわけじゃないんだけど、とてもとても疑問です。

  • 2011/04/07(木) 22:51:56 |
  • URL |
  • FUSAKO #Kbxb6NTI
  • [ 編集 ]

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