ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

新「ながら」族

我々の時代にはラジオを聴き「ながら」勉強をする「ながら」族が流行りました。今、私たちは、まさに新しい「ながら」族になっているような気がします。だって、電車の中で...............居眠りし「ながら」電車に乗っている人を含めて、ほとんどが、「ながら」族。見ていると、本を読み「ながら」の人は減って、どちらかというと携帯し「ながら」。あれって、携帯で「モバゲー」してるんですってね?なんて、いっちゃって、私も、ほとんどiPhoneし「ながら」電車に乗っています。ニュース読んだり、ツイッターチェックしたり、Facebookしたり。そして、それらは全て「細切れ」なのです。これって、いけない。電車を降り「ながら」携帯している人もいるし、実際「歩き」ながら電話したり、テキスト打っている人も。オーストラリアで、感じました。サリーと散歩していても、電話で話し「ながら」歩いていると、あっという間に時間が経って、花の香りも、風の感じも、そしてサリーの可愛いしぐささえ、全く見ないで家まで着いてしまうのです。いけない。私たちって、この携帯のせいで、何かをじっくり体験したり、何かをじっくり「感じり」するのを止めてしまった。今こそ「今」を感じるのが大切なのに。


その昔、ラジオしかなかった時代がありました。私たちの子供のころはまだテレビがなくて、ラジオが家族の団欒の手段でした。ああ、思い出すなあ。赤胴鈴之助。一丁目一番地。浪曲の番組。浪曲は、結構好きでしたね。勝ちぬきなんてあって、お祖母ちゃんと一緒に聞いていました。広沢寅蔵なって、結構いけていた。あの頃は、ラジオは、家に一台あったのですが、そのうち、お婆ちゃんはゲルマニウムラジオなるものを買い、布団の中で聞いていました。私は、おばあちゃん子で、一緒に寝ていて、「お祖母ちゃん貸してよ」なんて彼女からラジオをとって聞いてたりして........。お祖母ちゃんが聞いていたのは、浪花節。ああ、あれから何十年も経って、今、私はそのお祖母ちゃんの年になっっちゃったのね! それにしても、あの頃は、「ながら」があまりなかったと思います。何をするにも、一つ一つ、丁寧に行動していたし、生きていましたよね。全ては真剣勝負でした。時間も、1秒は1秒だった。でも、今は1秒が恐らく、その五分の一ぐらいになっていると思います。時の濃さが薄まっているようです。


ツイッターやFacebookはいいところもありますが、悪いところも。まず、全てが細切れ。じっくり何かをかいたり、じっくり何かを読んだりしない。まあ、だから、ツイッターは小鳥のさえずりというのですけれど。中にはガーガー煩いさえずりもありますねえ。今回のような深刻な事態に関して、あんまりツイッターするのは感心しないな。先日、乙武さんのツイッターが面白かった。「いやあ、大変で乙武さんの手をお借りしたいですよ」と言った人に、乙武さんが「ちょっと短いですけどね」と答えていた。これは、最高のユーモア。武ちゃん、すごい。このツイッターなどのせいで、私は最近、まとまった本が、全く読めません。先日Kさんからお借りしたセクレタリアトも、主人が「読めよ」って言ってーストラリアから持ってきた「Bad Debt」も、「宇宙は何で出来ているのか」という本も、なかなか読み始めることが出来ません。It is not good.


ああ、主人の手料理が恋しい。今夜は、ホームステイマザーが出かけたので、私が買ってきたトマトつけ麺をホームステイファーザーと一緒に食べました。しかし、空振り。麺が冷たくて、美味しくなかった。麺を暖かいままにしておけばよかったのですが.................。ということで、ホームステイファーザーに「ご麺なさい」とお詫びしました。自分の家でだって料理しないのに他人ちに来て、なんちゃって料理人するなんて。ばか。そして「せき麺」


今日は、早く寝ることにします。ちょっと色々あって、特に、NOT GOOD E-MAILが届いて、昨夜はなかなか眠れなかったからです。でも、今夜は寝ます。「風とともに去りぬ」の中で、スカーレット・オハラは、言いました。vivienk22.jpg   
After all ... tomorrow is another day あっ、これはヴィヴィアン・リーです。私の若い時の写真ではありません。

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