ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

アラバマ物語

実は、あさってか、しあさってに、日本に行かなければならないのですが、日本に連れていかなかければならない人物からなかなか連絡がきません。連絡をしますと言われて、3日間ないのは、私にとっては、とても辛い”待ち”。ウエイティングゲームは、私の最も不得意とするゲームなのです。連れていく相手のGMから、昨夜電話があって、必ず明日、つまり今日電話をするからと言ってきました。でも、ありません。連れていくはずの人の、PA(パーソナルアシスタント)からのメールでは、明日、つまり3日前に連絡があったはずなのです。ということで、今の私の精神状態は......。仕事も手につきません。まあ、彼はプライベートジェットを持っているから、最後にはそれで行けばいいのだけれど。

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仕事の手を休めて、ちょっとのつもりで居間にいったら、何と、私が、人生の中で、最も影響を受けた映画を放送しているではありませんか。この映画で主演したグレゴリー・ペックは、この映画とローマの休日で、私の大好きな映画俳優の1人になりました。家族三人とプラス、サリーも一緒にアラバマ物語を観ました。英語では"To Kill a Mocking Bird".あれは日本語で何と言ったのかしらって、思いながら観ていたのですが、途中で、アラバマ物語だって思い出しました。正義と悪。真実と虚偽。正義が勝つわけではなく、真実も、必ずしも顕れない。悲しい人間の世界を垣間見た映画でした。日本では62年の上映だったといいますから、私は13歳だったのですね。


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映画は私の大好きな趣味でした。父も母もモダンな人たちだったから、西洋の映画をよく観に行きました。両親と一緒に観た西洋の映画は、菩提樹だったと思います。いくつの時か忘れましたが。人生に影響を与えた映画は、「風とともに去りぬ」「ハムレット」でも、最大の影響は、アラバマ物語だと思います。映画の音楽を覚えていて口ずさんだら、シーっと娘にたしなめられました。

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アラバマ物語の中で、子供たちが父親を「アヴァカス」と呼んでいたのは、驚きでした。私の覚えている映画の中には、アヴァカスという言葉はなかったのです。あの時、映画はサブタイトル(字幕)だったのだと思いますが、アヴァカスという言葉をそのまま訳したのでしょうか。それとも、日本流に、お父さんと言ったのでしょうか。子供が、父親をその名前で呼ぶのは、今日、改めて驚きました。


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春の花の、ジャカランダが、もう咲き始めました。ヘンダなと思っていたのです。まだ冬のさなかなのですから。そしたら、ラジオでも、アナウンサーが、ジャカランダの花のことに触れて、地球の温暖化が、もう現実になってきたと話していました。本当に恐ろしいことです。そして、それは、我々の責任ですよね。


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アラバマ物語。あの時にあの映画からもらった、私の、青い正義感は、あれから少しも変ることなく、心の中で燃えています。ただ燃えているだけですが。
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コメント

わたしは映画は見なかったけれど、本を読んだの。昭和47年に暮らしの手帖社から出た本、わたしにも衝撃的だったので、今でも手元においてあります。(わたしは本は少ししか持たないの、とっておきたい本しか。)
そう、見かけも名前も男の子のような、でもとてものびのびした小さな女の子、スカウトが、お父さんを「アティカス」と呼ぶのは、わたしにも強い印象がありました。そして、アティカスお父さんは、スカウトたち子どもや、黒人のハウスキーパーのカルパーニアなど、誰でも対等にきちんと接するのや、職業柄かもしれないけれど、暑いアラバマでいつもきちんとした格好をしていることとか(本に写真も載っているので)、印象があります。
これが書かれたのが1960年。マーティン・ルーサー・キングがワシントン大行進のあと、リンカーン記念堂で「I have a dream」の演説をしたのが1963年、そして、1968年に暗殺されたのね。

  • 2008/07/10(木) 06:12:56 |
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  • Fusako #Kbxb6NTI
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