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高知のグループが、オーストラリアに来た時には、本当に参ったな。高知の橋本知事から、NSW州知事への手紙が、海外遠征反対組(なんて、愚かな人たちがいた!)の手によって隠されて、怒った私は、あの時、知事にまで電話しました。「あなたの手紙が、盗まれましたよ」って。そしたら、知事の秘書から電話があって「あっ、それは見つかりました」つまり、盗んだ人をお咎めなしにするために、一旦無くなった手紙を、見つかったことにして、遠征組みに手渡したのです。政治的解決ってこういうことなんだと思いました。
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あれから、すぐ私は、その学校を辞めました。オーナーから契約違反をされて、家一軒分のお金を取りそこなったのです。あの時には、もう駄目かと思ったものです。でも、神様は(仏様は)助けてくれた。今の、トレインテック2000という学校に、また招聘されたのです。それにしても、悪いことは出来ない。私からお金を盗んだ、その当時の学校の経営者は、他の人にお金を盗まれて、学校をつぶしてしまいました。因果応報。そんなことを、鷹野さんとの電話で思い出してしまいました。
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考えてみれば、あの頃、オーストラリアに来た騎手は、全部JRAに入ってしまいました。赤木高太郎騎手。彼は、ほぼ1年ぐらいオーストラリアに住んでいました。頭脳明晰な、素晴らしい青年でした。彼を頼ってきた小牧も今はJRA.鷹野騎手は、鷹野騎手は、インタビューで、2000年にオーストラリアに行って、新しい世界を見たことがとても役に立ったと語ったというこちとです。真理子さんのお陰だとは奥さんの言葉。一人でも二人でも、そんなことを言ってくれる人がいれば、私は本当に満足。ほとんどの人には、クソババアって言われていますから。
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鷹野騎手のお嬢さんは、医学部に。息子さんは、JRAの騎手学校に。鷹野ファミリー、頑張れ!


