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ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

日豪の間を行ったり来たり。膵臓のないアラエイト。仕事もフル回転。

春の嵐(ヘルマンヘッセ)

3年前病院に入院した時に、キンドルを買った。
本はやっぱり紙じゃない?
って思っていたが、病院にそんなにたくさんの本をもっていくのはねえ。
なんて思って、キンドルにしてみた。

キンドルは危険(笑)爆買いしてしまう。
その時には特に、がんの話とか、入院の話とか、病気のことを書いている本が多かった。
実は、そんな本を読んでいると、なんだか気持ちが落ち込んでしまいそうで、
病気の本は、結局は、キンドルの中で、死んでしまっている。

実は、何を思ったか買ったのは、手塚治のブッダの漫画集14巻
子供のころに漫画で育ったのに、大きくなるにつれて漫画を読まなくなった

なのに、なぜ買ってしまったのか。。
検査と検査の間、食事と食事の間に、キンドルで本を読んだ。
病院でゆっくり?冗談でしょう。病院は忙しいのだ。正直ゆっくりしている暇がなかった。
でも、ほとんど読まなかった爆買いした本の中で、ブッダは読んだ。
凄惨な物語。いつになったら、楽になるのだろうと思いながら読んだけれど、
結局、結果は。。人生は苦しんで死ぬということ。。

死とかなり近距離で生きていたその時に、それを知ったことは救いだった。
あ、そうだったんだって。私だけではない。ブッダもそうだったんだ。

さて、あれから3年半。
娑婆に、かえってきて、またゴミの山になった書斎のごみを清掃していたら、
なくなったキンドルが帰ってきた。

また爆買いをしてしまいそうな兆候(苦笑)。


この前、高田の馬場のブックオフで買ったヘルマン・ヘッセの児童書。
涙を流しながら読んでしまった。素晴らしかった。

その昔、ヘッセにあこがれて、大学はドイツ文学にと思ったことがあったことに、ふと気が付いた。
なぜ、外語大のドイツ語課と、慶応のドイツ文学部の試験を受けたのか、今ごろ思い出した。
もっとも、その二つとも落ちて、早稲田にいき、ドイツ文学でなく、フランス文学科に行ってしまったのだけれど。
ヘッセはこんなに素晴らしい本を書いていたのだ。

今回ヘッセを読み返して、その素晴らしさに打たれてしまった。
今、キンドルには、ヘッセの本が3冊。
春の嵐は、サンプルでダウンロードしたのに、1章読んで買ってしまった。
最初から、彼の本の素晴らしさが胸に響いたからだった。

★ ★

春の嵐(ゲルトルート)高橋健二訳

自分の一生を外部から回顧してみると、特に幸福とは言えない。しかし、迷いは多かったけれど、不幸だったとは、なおさらいえない。あまりに幸不幸をとやかく言うのは、結局まったく愚かしいことである。なぜなら、私の一生の最も不幸な時でも、それを捨ててしまうことは、全ての楽しかったときをすてるよりも、つらく思われるのだから。捨てがたい運命を自覚をもって甘受し、よいことも悪いことも十分味わいつくし、外的な運命をともに、偶然ならぬ内的な本来の運命を獲得することこと、人間生活の菅洋二だとすれば、私の一生は、貧しくも悪くもなかった。


この一文を読んで、私はまた、ヘッセを読んでみたいと思い始めた。

人生は本当に不思議である。
ぐるぐるまわって、、私の場合には、仙台、東京、ブエノスアイレス、シドニーと、地球を半分回って、70年以上も生きて、またこうして、その昔に、わかったような顔して読んでいた若き日の本にまた巡り合い、今度は、先の長くない人生の旅路のなかで、より深い、豊かなことをまた学ぼうとしている。

今だから、彼の深い言葉が理解できるが、私はあのころ、人生を知らず、この本を読んでいたのだった。
ああ、運命よ。生かしてくれてありがとう。そんな思いで今、またヘッセを読んでいる。


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コメント

ヘッセ、なつかしいわ。
中学の頃だったかな、「デミアン」に思い切りいかれましたけどね。こういう事態の中で、私も本を読む時間が増えました、紙だけど。

  • 2020/04/14(火) 17:15:59 |
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