ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

嫁にいけない!

私達の頃は、女が、4年生大学に行くと嫁に貰い手がない。
短大にしておけって言われた時代でした。
でも、やっぱり、大学に行きたーい。と言っていくつか
受験しました。
外語大学?ロシア語?イメージが悪いといわれました。
まあ、幸いかな、外語大学のロシア語科は落ちてしまい、
親はホットしたようでした。
慶応は、ドイツ文学を受けました。
いい加減なものです。ロシアとかドイツとか。
おい、何でもいいいのか。まあ。
結局は、何とか、早稲田の第一文学部に入学することができました。
専門に進むときにも、本当は、ドイツ文学に進みたかったのですが、
父が「ドイツ語ってちょっと固いイメージがある。フランス語の方が
いいんじゃないか。その方が嫁に貰い手があるよ」って言うので、
これまたいい加減に、そうかなってフランス文学を専攻することになりました。


それって、どう考えてもいい加減ですよね。
私って、よほど、嫁になりたかったのでしょうかねえ。

さて、大学在学中に、二人ほど、彼らのお嫁になりたかった人がいました。
1人は当時同じクラスの友人の彼氏の友人で、東大の人でした。
彼は、女たらしで、不良で有名でした。彼女は降るようにいたようですが、
ちょっと付き合ってもらいましたが、結局は、振られました。
もう1人は、早稲田の商学部の彼。
当時、早稲田が菅平に持っていた施設で知り合った彼。
でも、結局は、彼の家族と友達になってしまい、彼とロマンチックが関係になることは
ありませんでした。
ということで、在学中には、嫁にはなれなかったのです。


早稲田を出て、それから、東北大学の研究生になりました。
東京での就職ができなかったからです。
当時は、就職先を探そうと思っても、
「自宅通勤者に限る」という但し書きが多かったし、
JALとNHKを、容姿と優の数で落ちたので、仙台に戻ることにしました。
東北大の研究生は、大学院ではないけれど、その前段階の精度。。だったよう。
そして、研究生の間に、宮城テレビを受けて、
アナウンサーになりました。
最近は、女子アナって、タレントなみなんだそうですが、
私達は、アナウンサーって、ジャーナリストだと思っていました。

もっとも、していたことは、ジャーナリストと言うよりは、
暇ねたのニュースや、天気予報、番組宣伝や、CMの音入れが主な仕事。
後は、コンピューターに入れ込むQシートと言われるものを書いたり、
キー局から送られてくるフィルムのクリーニング、検尺(長さを測ること)
そしてQシート記入、なんて地味な仕事ばかり。事務の仕事がほとんどでした。
テレビ局は当時、かなりの確率で社内結婚が多かったのですが、
これまた私は、誰にも好きになってもらえず、嫁にいけなかったのでした。


それから、嫁にいけない状態は、38歳まで続くのですが。その話はまた次の機会に。
この前、テレビ東京の「海外行くならこーでねーと」という番組のオーストラリア編に
主演?しました。40年ぶりのテレビ出演です。ご覧にならない方は、Youtubueで
ご覧いただけます。ご覧になった方からは、とても楽しかった、面白かった、
ゲラゲラ笑った、役に立ったって言われました。嬉しいです。昔の女子アナ、
まんざらでもないね(苦笑)
http://youtu.be/gU7OFTp5PQQ

http://youtu.be/HeXjGZL8yS0

http://youtu.be/FuoCubd96lQ

http://youtu.be/qrj0g8Mq46I

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