ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

バレンタインデーと岩田すみれさんの死

今日はバレンタイン。この日が来ると思い出すのは、
岩田すみれさんのこと。
どうしても、忘れられません。
この日に、彼女が亡くなったからです。
早稲田に東西線がやっと出来たころのこと。
地下鉄の駅の上の喫茶店で、
バレンタインデの、数日前に
彼女が言いました。
「私が死んだら、私の本全部持っていっていいわよ」
「えっ、死ぬってどうういうこと?」
彼女は、にっこり笑いました。


私は、63歳になり、人生の中の色々なことを忘れかけているのに、
あの日の彼女の表情。白い肌。大きな目。
くっくりと、私の心に焼き付いています。
当時人気だった、松島とも子にそっくりだった、すみれさん。
あの頃はまだ、珍しかったアメリカ留学までした人。
確か、彼女が戸山高校時代に行ったのだと思います。
何から何まで私と違う人でした。


その彼女と、田舎からやってきた私が友達になれるなんて、不思議でした。
そういえば、彼女は、西麻布のマンションに住んでいて、そこにお邪魔したことがあります。
あの時代は、マンションってとても珍しかった。
マンションの中に入ったっていうのは、もしかして、あれが
初めてだったかも知れません。
すみれさんの、お父様は、確か、映画関係の方でした。
彼女と六本木のアマンドに行きました。
熱い文学論を闘わせました。
今でも、アマンドを通ると、彼女を思い出します。



なぜ、彼女は、死を選んだのでしょうか。
彼女が死を選んだ場所は、彼女のご家族が持っていた
信濃大町の別荘でした。
白い雪。雪の中で、死んでいった彼女を思い浮かべます。
彼女と一緒に死を選び、彼女と一緒にあの世にいかなかった
その男性を、私たちは、嫌悪しました。
私はその方の名前を、すみれさんから、聞いていました。
日本の有名なファミリーの一員です。
しかし、その彼に妻子があったように聞いています。
もし、彼に妻子があったのであれば、それが死の原因だったのでしょうか


彼女は学生運動をしていました。腐敗した学生運動の構造を
嫌っていると言いました。
女はいつも、バケツに石をつめるだけ...........だとも。
でも、彼女は止めませんでした。
彼女を運動に、恋に、そして死に追いやったものは
何だったのでしょう。
もう、50年近く経っているのに、私には、答えが見つかりません。
彼女は、彼女の家に近かった青山墓地に眠っています。
ねえ、すみれさん、
私があなたの方に行ったら、どうしてそんなに早く、
そっちにいったのか、教えてよね。

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