ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

メランコリー in 乃木坂

33年前に、赤坂、乃木坂に住んでいたことがあります。
不良外交官と「風鈴のともしび」で、子供を産みました。
その娘が32歳に今年なって、今、アメリカを旅しています。

今日は、いつもの、西洋式?ブランチを食べに、乃木坂の
Kimono Wind Bar & Grill に行きました。alone!
もう友達になったマネージャーのローレンさんとシェフのご主人クリス、
そして、フレンチブルのアーチーに会いに行きました。
ここに行くのは、日本のレストランでは
なかなか食べられない、フツーの卵とベーコンとポテトを食べに行くのです。
美味しいパン。そして、美味しいコーヒー。
この普通の食事が、日本ではなかなか食べられません。なぜかなあ。
つまり、外国のフツーが分からないのかも知れない。
今まで、一流ホテルの朝食も、皆、不合格。
何かが違うんです。
この店は、乃木坂の静かな住宅街にあります。


今日はあまり寒くなかったし、
久しぶりに、この界隈を歩いてみたいと思いました。
仙台から妊娠7ヶ月で乃木坂にやってきました。
渋谷の日赤で、娘を一人で産みました。
彼がアルゼンチンに赴任になって、後で、私たちを呼ぶからという言葉を信じながら
娘と二人で暮らした街がこの街。期待と不安でいっぱいでした。
当時から、乃木坂には、桂由美のブライダルセンターがありました。
でも、地下鉄はなかったな。
ミッドタウンは、当時は自衛隊のベース。
すし屋(おつな寿司)と、彼とよく」逢引」をしたホテルは、まだありますが、
後は、ほとんど当時の面影を残す建物はありません。
それが、当時のマンションだけはまだ残っているんです。古ぼけた感じ。


今日は、当時、子供がいたので、存在は知っていても、中を見ることの出来なかった
旧 乃木邸を訪れました。私は乃木将軍のことをあまり知りません。
軍人としては評価が色々あるようですが..........。
ドイツに留学したので、乃木邸は、ドイツ風の家でした。
当時はとても、モダンだったに違いありません。
Nogi House
馬も2頭飼っていたとか。だから、厩舎もありました。
当時、家族の生活費を稼ぐために、辻占(占いを売る)少年にお金を上げ、
その少年は、恩に感じて立派な人になったとか。その話を表した銅像。写真
それから、庭を彷徨いました。隣に乃木神社。
国家にある、さざれ石をみました。初めて。stone.jpg


乃木坂の下に、当時娘を連れて遊びに行った公園がまだありました。
坂の途中に、教文社という出版社も、まだありました。
あとは、乃木会館も。立派になっていました。
公園に、当時は、砂場しかありませんでしたが、今は、ランドスケープされて、
かなりモダンな感じになっていました。娘を連れて毎日出かけた公園。
当時のことがまるで昨日のように思い出されます。
乃木神社では、この33年、おかげさまで無事で過せたことを感謝してきました。
まあ。
危ないことがたくさんありましたが............
それでも、何とか、この年まで生き延びて。しかも、娘も32歳になった。
乃木坂。ここで、娘を産み。ここから、アルゼンチンへ。そして、オーストラリアに。
今またこうして、この地を訪れることが出来た。地球を半周して............。
感謝でしかない。


こんな歌を思い出しました。

メランコリー

喜多条 忠 作詞
吉田拓郎 作曲

緑のインクで 手紙を書けば
それはさよならの 合図になると
誰かが言ってた
女は愚かで かわいくて
恋に全てを 賭けられるのに
秋だというのに 恋も出来ない
メランコリー メランコリー
それでも 乃木坂あたりでは
私は いい女なんだってね
腕から時計を はずすように
男とさよなら 出来るんだって
淋しい 淋しいもんだね


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