ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

みかん山の上のコンサート

昨日は、和歌山の観音山フルーツガーデンに行きました。実は先週、
この観音山の児玉社長と奥様の美恵子さんが東京にいらして、
お目にかかりました。特に奥様とは、シドニーの時に、スカイプでお目にかかっていて、
でも、実際にお目にかかるのは初めてでした。やんちゃな?ご主人をしっかり
コントロールされている聡明な女性でした。
児玉さんのこの人と人をつなぐ力は、何か神がかりなところがあります。
東京でご紹介していただいた方たちとは、Facebookだけならず、すぐ一緒に女子会を
するほどのお友達になりまひた。
児玉さんからは、お目にかかってからずっと、「一度観音山に来てくださいね。
真理子さんのためにBBQをしますから」と言われていました。そうですね、と
答えながら、いつイケるのかとちょっと思っていたところに........、
急に、それが、ある理由から、11日に行くことになってしまったのでした。
まさに、運命としか言いようのないアレンジメントでした。


蜜柑、ポンカン、レモン、ハツミにキヨミ。大きな柿。それらがたわわに実る山を、
車で案内していただきました。出荷の仕事をする若い方々、農業塾に来てる方々、
工場で手作りのジャムやシロップなど、様々な果物の加工品を作る人々。
皆にご紹介いただいて、夜は、その全員と夕食でした。お一人一人を話しました。
どうやら、私の頓珍漢な人生は、若い方々のお役に、少しは立つようなのです。
まあ、児玉さんが、私の、昔の悪事を書いていただいたAGORAの記事を配っていらっしゃるので、
別に気取ったってしかたない。ありのままの私で夜中までお話ししました。
ああ、本当に楽しかった。


朝は、とっていただいた宿の隣の粉河寺(こかわでら)のお参りにいきました。
奈良時代に創られ、豊臣秀吉の欄で喪失し、それから徳川時代に再興された
それはそれはみごとなお寺でした。境内に清い水が流れているのも印象的。P1090454.jpg

昨日、観音山からみる山並みとたなびく白い雲に感激しましたが、今日のこの粉河寺にも
深い感動を覚えました。色々な出会いに対する感謝と、家族と、出会った様々な方々の
健康とprosperityをお祈りしました。

その後、今日は児玉さんのところにいき、スタッフで、フルーツアーチストの佳美さんが、
「変身」するTV番組に出るのを皆で鑑賞しました。
観音山のことも十分に紹介されていましたが、
テレビを見ているうちに、注文の電話が、かかるわかかるわ....。テレビで紹介された
「福寿小町」みかんの予約注文が殺到しました。1個300円のみかんなんです。それ。
でも、いいものだったら、人は欲しがるものなのですね。
私も、児玉さんにセミナーでお目にかかった時に、あの「えもいえぬ」
とろこく蜜柑ジュースに参ったものです。「人生が変わる蜜柑ジュース」。


それでは、真理子さん。山の上のBBQに行きましょうと、連れていかれた観音山スカイガーデン。

ここには、和歌山で「英語のボランティアをされている方々」が集まって、楽しい懇親会が始まりました。
電気ピアノを児玉さんが持ち込み、突如、山野上の野外音楽会が始まりました。
どうやら、フューチャーアーチスト?はハイランド真理子のよう。サプライズ。
「真理子さん、ラストダンスは私にを歌ってください」と
言われ、ハイと言って、山の上のコンサート会場で歌い始めました。
すると、テネシーワルツも歌ってください。愛しのくれメンタインもお願いしますって、嬉しいリクエストが殺到?P1090462_20111113103526.jpg

...........で、歌いました。グループと一緒にいらした、全盲の方が、
一年間習っているという素晴らしいハーモニカの演奏されました。P1090470_20111113103526.jpg

そのハーモニカで、一緒に「故郷」を歌って欲しいと言われ、歌いました。胸がつまりました。
それから、あの川田孝子の「みかんの花咲く丘」も、彼のハーモニカを伴奏にして
歌いました。何十年ぶりでしょう。恐らく子供の頃以来歌ったことがありませんから、
60年近いのでしょうか。実は、私はラジオ局の合唱団に居て、レコードも作ってもらったことがあるのです。
親戚のお兄ちゃんに。当時、自分のレコードを持っている子供なんか珍しかった!
そして、最後に、私は、ボランティアの会の会長さんと一緒に、
DANNY BOYを歌いました。和歌山の山々に響けとばかり、
大きな声で歌いました。オーストラリアにいる、主人を思い出しながら。


歌と歌の合間に、盲目のその方とお話をしました。「オーストラリアにいらっしゃいませんか?と
ふと、言ってしまいました。何だか、オーストラリアの潮騒、オーストラリアの森の香りと音。小鳥の声を
聞いて貰いたいと思ってしまったのでした。
目が見えなくても、心で感じて貰える。きっと喜んでいただけるのではないかと思ったからのです。
と、彼は言いました。「僕は、死ぬ前に一度外国に行きたいと思っていたのです。なんなら、明日でも
行くことが出来ます」。その彼の真剣さに打たれました。そうしましょう。そう思っていれば、
希望は必ず実現します。
そして、お別れの時がやってきました。やはりその全盲の方が、「蛍の光」を演奏しして、私を送ってくれました。
「蛍の光」を聴きながら、観音山を出発しました。
和歌山の山、川、果物、優しい人々。
日本と日本人たちと、私がまたコネクトした瞬間でした。


新幹線で帰る道々、私は、心の中でずっと「故郷」を歌っていました。
観音山の、山の上での、コンサート。
子供の頃、歌手になりたかった、私の「夢」が
かなったかも知れません............
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