ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

英語話す人への逆差別。。。。

ある英語の国から彼はきました。
ある英語の国という言い方をしているのは
とりあえず伏せておきたいからです。
彼の両親は日本人。
しかし、彼の母国語は英語です。
彼は苦学して日本に。日本のある会社に勤めています。
彼の日本語は読み書きとも、大変よく出来ます。
日本人の英語よりずっと。
なのに、彼は、会社で逆差別されています。
「日本人になれ」「日本の心?をもて」って説教を受けるのだと言います。
おまけに、ひどいことが。
「本当は、金髪の人間が欲しかった」って、折に触れて、
言われるらしいのです。



この会社の場合には、実質の国際化なんてどうでもいい。
つまり外見が「外人」ならいいんですよね。
私も、頭の中では「英語」で考えていますから、
ちょっと日本人の言い方と違うと、???
という感じ。なぜって、私の外見は「まったく」日本人だからです。
だったら、真理子さん、英語で言えばいいじゃないのと、友人。
じゃあ、分からないでしょうが。相手が。あるいは、
「やめなさい、真理子さん。変な中国人だと思われるのがオチだから」
と言われました。そうだかも。
それとも、整形しようかな。遅いかな。
私は時々、お遊びで「人生が変わる英語教室」というのを
実施することがありますが、その時には、日本語と英語の
違いを教えます。英語だけしか知らない人は、それを
教えることが出来ないのよ。だから、二つの文化を知っている人を
もうちょっと有効利用?しませんか。


オリンパスの英国人社長が、「独裁的な」態度だということで
、いやそれだけではないことはみえみえですが、辞めさせられました。
彼は、会社のリーダーですよ。リーダーが、自分の考えで
会社を動かさなかったらどうするのでしょう。それを独裁的と言うのですか。
前の会長は独裁的はなかったのですか。あほらしい。
つまり、オリンパスは、彼の「金髪」が欲しかったのです。
ホラ、金髪のイケメンを会社の社長に持ってきたら、国際的な感じがするじゃありませんか。
That is all about!


日本の社会は、世界に名だたる「モノを言わない社会」。
基本的に、私は、小さい頃からこの社会に違和感を感じていました。
どうして言わないの?どうして言ってはいけないの?
最初の彼は、仕事の場で、どのようにしたら会社にとって自分が
貢献できるのか。この仕事を達成するためには、どうしたらいいのかと
発言して、何時間もの小言をもらったようです。
何時間も小言?Unbelievable!
それよりも、その上司は、部下の仕事をしようとする
モチベーションを失わせてしまったことに、気がついていないよね。
それにしても、我々外人には、長い小言と言うのがわからないなああ。
Waste of time だと思うものねえ。普通は。


今日は、この前までホームステイさせていただいていた
柏のミッチーの家に行きました。奥さんと、坊ちゃんと、私の四人の年齢を合わせると、
ほぼ300歳!
でも、我々元気です。今日は、美味しいインドカレーの店に行きました。
ごちそうになっちゃった。
ありがとうございます。
ミッチーは、今は、茨城のマホロバ農園に勤めています。
週日は単身赴任。彼は65歳。慣れなくて、腰が痛くなることも
あるといいますが、家で隠居していた時よりは、ずっと元気そうでした。
マホロバ農園は、ハーブとベビーリーフを作っています。
注文がどんどん来ると言っています。
先日も社長がヨーロッパに新種のネタ(タネ?)を見つけに行きました。
こういう会社は、きっとTTPなんかこわくないんじゃないですか。
常に新しいことを考え前進しているから........。
さて、楽しいことをしてきた後には,必ず仕事が待っています。
コーヒー飲んで頑張ります。


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コメント

no way

永遠に待ちの政治では、迅速な対応はできない。どこまでも停滞気味である。元来のんきな性格のためか、自分自身は無為無策でありながら、棚から牡丹餅の落ちてくるのを熱心に期待している。

現実の内容は、「世の中は、、、、、」の内容であり、理想の内容は、「あるべき姿」の内容である。これは非現実である。
日本語には時制がなく、日本人は現実 (現在) と非現実 (過去・未来) の世界を独立させて並行して言い表すことが難しい。
非現実 (理想) に向かうための現実対応策が語れない。
現実から理想へと一足飛びに内容が飛ぶ。言霊の効果のようなものか。その過程が明確にされない。

時制を考慮することなく自分の思った内容を述べようとすると、現実肯定主義派と空理空論 (曲学阿世) 派のどちらかに分かれることになる。
これでは政治音痴は止まらない。
両者は話が合わない状態に陥り、議論ができない。そこで、悪い意味での数合わせで、民主的に、物事を決するしかないことを日本人は心得ている。
だから、多数がとにかく足並みをそろえる大連立の構想には意味があると考えられているのであろう。

守旧派の世界は理想的ではないが、過不足なく成り立っている。革新派の世界は穴だらけで成り立たないことが多い。
安心と不信の背比べである。だから、政治家は静観が多く、意思決定には手間を取る。
静観には現在時制を働かせるだけで十分であるが、意思決定に至るには意思(未来時制の内容)の制作が必要になる。
意思の制作に未来時制が必要であるということは、自分が意思を作って示すことも他人から意思を受け取ることも難しいということになる。
つまり、社会全体が意思疎通を欠いた状態のままでとどまっているということである。
それで、勝手な解釈に近い以心伝心が貴重なものと考えられている。

時代に取り残されるのではないかという憂いが常に社会に漂っている。
英米人の政治哲学に基づいて次々と繰り出されてくる条約締結の提案には、ただたじろぐばかりである。
自分たちには、哲学がない。理想もなければ、それに向かって踏み出す力もない。
筋道を明らかにされることのない指導者からの励みの要請に民は閉塞感を持っている。玉砕戦法のようなものか。
だから、我々は耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ必要に迫られることになる。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

  • 2011/11/04(金) 03:10:25 |
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  • noga #sqx2p0JE
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