ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

一病息災

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そうなんです。まだ耳が治らないのです。
でも、まあ。
とりあえず元気でいます。
つまり、一病息災。
いえ、そういう意味に使うのではないと分かっていますが、
世間には、私よりもっと大変な病気を持っている方もいるし。
動くことができなくて、本当につらい思いをしている人もいます。

私は、まず、しゃべれる。食べることができる。そして歩くこともできます。
仕事もできています。
だから、幸せです。

耳の状態については、様々な友人たちから
本当に心温まるアドバイスがありました。
とりあえず
来週の月曜日まで様子を見る。医者に連絡をする。
それから、決めたいと思います。

一病息災という意味は私の場合違うかもしれませんが。
とりあえず、何とか近い将来に耳が完全に治るのを期待して。

そうそう、なぜ一病息災が私に当てはまらないのかというと、
私の目も悪くなっているし、
最近は喘息もひどくなっています。
でも、仕方ないと思います。
70年近く、身体を使ってきたのだから。
多病息災かな(苦笑)

みつをさん。
はい、命明朗。
いのち満点。
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阪神淡路大震災のあとで

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あれは、地震後2年経ってからのことでした。
仕事で神戸を訪れた時のこと。

タクシーの運転手さんに
「ずいぶん復興しましたね」
と言ったら、
運転手さんは
「表面だけですよ」
「もう何も同じではありません」

「私はこの前、妻と一緒に壊れた箪笥を
買い換えようと家具屋に行きました。
新しい家具を探しながら、
妻と、もう形のあるものは要らないなと感じて、
買うのを止めました」

その代り、
一緒にいる時間を大切にしようと、
妻と一緒に旅行することにしたんです。

その言葉は、私の心に深く残っています。

震災で亡くなった方々、
震災で家族が亡くなられた方々のために
祈ります。

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親と子の難しさ

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親と子の愛は美しく語られることが多いけれど、
現実はなかなか難しい。
他人となら、もっとコミュニケーションもとれるし、
もっと優しく考えることができる。

でも、血の繋がった子供とはなかなか難しい。

恐らく、血が繋がっているということで、
必要以上に、感情が入るからなのかもしれない。

ちょっとした態度、ちょっとした言葉が
とげのように心に突き刺さる。
そして、私はこう思う。
「愛しているのに」

この前、愛は、give and giveと言ったのに、
自分の子供たちには、それを当てはめるのが難しい。
どうしても、takeしたくなってしまう。

私は、親との縁があまり深くない。
それは、私が、あまり親のことを考えずに
自分のことだけ考えてきたためだったのだと
今、年をとってそう思う。
どんなに彼らが寂しかったのか。
どんなに私からの愛を感じ取りたかったのか。
どんなに彼らのことを理解して欲しかったのか。

人生をもう一度生きることができれば、
私は、両親に感謝しながら生きるだろう。
しかし、それは叶わない。

すれ違ったままの私と娘たちとの心。
先日こんな英文の詩に出会った。

I do my thing and you do your thing.
私は私、あなたはあなたのことをする。
I am not in this world to live up to your expectations,
私はあなたの期待どうりには生きない。

And you are not in this world to live up to mine.
そして、あなたは、私の期待通りには生きない。
You are you, and I am I,
あなたはあなただし、私は私。
and if by chance we find each other, it's beautiful.
そして、もし、偶然に、お互いの共通点を探せたら、それは素敵だ。
If not, it can't be helped.
でも、もし見つけられなくても、仕方がない。
(Fritz Perls, "Gestalt Therapy Verbatim", 1969)

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Give and Give!

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英語の表現でGive and Takeと習ったときには
なるほど。と思っていた。
しかし、長い人生を生きるうちに、
何かを上げるから、何かが来るということではないことが分かった。

何かをもらっても、それがすぐ返せない場合もあった。
未だにある。
そんな私だけれど、私ができる範囲の親切は私はしたい。
私の場合、それはたいてい、物質ではないのだけれど、
時間とか、アドバイスとか。
私ができる範囲で、それを必要としている人たちに、あげるようにしているのだが、
しかし、私の中には、
それを上げるから、何かを返してもらいたいという気持ちはない。

人生は、Give and Give。

最近、ちょっとだけある人にアドバイスをした。
アドバイスは、それを受け取る人によって
結果が異なってくる。
だから、100%、そのアドバイスが効くわけではない。


不思議なことに、私のような大した人間でないアドバイスでも、
真摯に聞いてくれて、アクションを起こしてくれた人たちから、
感謝の言葉をいただいた。そうしたいいニュースを聞くことが多くなった。

何と嬉しいことだろう。
感謝はそのまま、私の心に入って、
私を幸せにしてくれる。
それが、きっとTakeなんだ。

最近は涙もろいので、
すぐ泣く場合もある。
今回も泣いた。

よかったね。
これから、あなたがすることは、
あなたたちがすることは、
困っている人がいたら、今度はあなたがGive!
親切の連鎖がでてきて、それが幸せの連鎖になっていく。

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昭和24年

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私は昭和24年生まれです。
しかし、実は昭和23年の年末に生まれたという話もあります。
生前、父と母の記憶も異なっていて、
12月の30日とか29日とか。31日とか。
24年に、偽ったのは、当時は生まれた時に1歳になり、
次の正月にはまた年をとるから。
という理由だったと聞いています。

まあ、この前にも書きましたが、
これも本当にいい加減。
だから、私もいい加減な人間になった?
という、ネガティブな話は止めましょう。

昭和24年は、まだ完全に戦争は終わっていない時代。
アメリカがまだ日本を占領し、
GHQがまだあった時代。

うっすらですが、仙台にいたアメリカ軍の車を見たことがあるような気もします。

しかし、私たちは、戦争を忘れてしまいました。
アメリカの文化に憧れ、アメリカ式の教育に染まり。
自分のことだけ考える人間になってしまいました。

私は当時入ってきたアメリカの文化が嫌いなわけではありません。
むしろ大好きです。
しかし、アメリカは、私たちの前の世代が犯した大きな過ちを
思い出させる教育をしなかったのではないでしょうか。

80年代にアルゼンチンに住み、そしてオーストラリアへ。
その間、折に触れて、日本の犯した大きな罪を思い出させる出来事に遭遇しました。

昨日、映画館に行ったら、アンジェリーナ・ジョリーが監督したUNBROKENという
映画の予告編がありました。日本兵の残虐な行為が描かれていました。
そうした映画は正直のところ見たくない。でも、今、見なければならないという気持ちになっています。

日本は他の国を侵略したのです。この事実は変わらないのです。
なのに、「いや、そんなに悪くなかったんじゃない」「誤解だ」という意見が出てきているのは何故でしょう。

もう一度、冷静に過去を振り返り、
新しい未来を築きあげるべきなのです。

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そうかあ。旧暦ねえ。

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明けましておめでとうございます。
実は今日は私と亡くなった母の誕生日です。
母の母、祖母の命日でもあります。
特別な日です。

年を重ねて(というか、時間を突き抜けてきた感じ)
四捨五入で70歳になりました。

信じられない。
つまり、えっ、私が70歳?
という感じです。

さて、子供の頃から
私は、豊臣秀吉と同じ日に生まれたと言われてきました。
天下をとるのではないかという期待もあったようです。

期待は見事に裏切られ、
とった天下は、かかあ天下もありません。
うちは、主人をたてていますから。ほほほ。

それから、調べたら(今頃)
豊臣秀吉の誕生日は、旧暦の元旦だったのです。
つまり、2月?
そうかあ。
私の人生って初めから「間違いだらけ」の人生だったのね。
勘違い。きちがい。まちがい。
どうりで。
まあ、今から正してもどうにもならないので、
このまま
間違いだらけの人生をずっと突っ走ります。

そうそう、今までお世話になった方々に
心から感謝します。
そのご厚意に報いるために、
私は90歳まで現役で仕事をすることにしました。
必ず恩返しをします。

今年の皆様の健康と幸を祈ります。

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