ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

魔の時間

午後4時ごろになると、
サリーは仕事場で仕事をしている私の足元にやってきました。
そして、優しく、散歩だよと知らせに来ました。
鼻で。
それは、触るとも触らないともいえる程の優しい強さでした。
今でもその感触が足に残っています。

散歩だよ、お母さん。。

私にとって、サリーのいないこの時間は、魔の時間です。
あ、サリーはもういないんだと知る悲しい時間です。

幸いなことに、今日も、鳥たちがやってきて、餌をねだります。
野生の鳥にはそんなに餌をあげてはいけないのだと知っていますが、
ごめんなさいね。
寂しいのでついあげてしまいます。



夕方は...........
ほんとうに寂しい。
いつもなら、この時間が、私とサリーの幸福の時間だったのですから。
スポンサーサイト

何だか分からないけれど倍がえし

日本で人気のあるという半沢なんどか。
彼が言うところの、倍返し。

私も、真似して使ってみました。

このところ、風邪のせいか調子がもう一つ。
咳もでています。
ダーリンにキスをしたいけれど、風邪をうつすようで
申し訳ない。

で、主人に言いました。
KISSしたいけれど、風邪がうつっちゃうから
今はしないわ。
でも、治ったら
倍返しね。

主人が言いました。

いいよ、返さなくて。
お前の風邪が治ったら
今度は俺が風邪ひくから。

???

この倍返しの使い方は正しいでしょうか?

10万回

正直言って、このブログを始めてから何年経ったのか
覚えていないのです。

気が付いたら、
10万回以上のビューアーが
このブログを読んでくださっていました、

10万回ですよ!!
ブログを、私がしばらく更新しないと、色んな方々から連絡がきます。

真理子さん、大丈夫ですか?
しばらく更新がないので、心配しています。
いえ、ちょっとさぼっているだけ。

真理子さんのブログで.....
などと、意外な方から、意外な場所でのコメントがあって、
ええっ、
あの方たちも読んでくれてたんだって、
感激してしまいました。

ブログには苦い思い出もあります。
書き始めて最初のころでした、

今は亡くなってしまった弟と
お互いのブログでやり取りをしたのでした。
それは、私には今でも苦い思い出として残っています。
弟も感情的になっていたし、
私も感情的になっていました。


公の場で、
そんなやり取りをするなんて、変ですよね。
だから、そのあとは、二度とブログで
感情的なやり取りをすることはありませんでした。

ツイッターやフェースブックもそうですね。
フェースブックなどは、パーソナルだと思っても
やはり、公なのです。
ほかの人の感情を傷つけたりすることを書くべきではないと
思っています。

とはいえ、先日、フェースブックである方のコメントについて
少し厳しく書かせてもらいました。
彼女は、私が愛犬のサリーを亡くして本当に悲しい時に、
うちの主人を冷たい人だと非難してきたのでした。
よく意味が分かりませんでした。
なぜ、彼女がそんなことを言ってきたのか。
うちの主人ほど、心が優しく、しかも人道的な考えを持っている人は
会ったことがありません。彼は素晴らしい人間です。
もちろん、フェースブックからその方を削除しました。

ソーシャルネットワークは、素晴らしいものです。
ブログでも、フェースブックでも、
それらのメディアのおかげで素晴らしい出会いがありました。

そして、ブログやフェースブックは、これからも素晴らしい出会いのために、
もっともっと頑張っていきたい、
そう思っています。
ビューアーの回数が多ければ多いほどいいと思っているわけではありません。
頑張って長くやっていきたい。
シニアでも、若い人たちと繋がりながら、社会と繋がりながら
生きていきたい。
100万ビューまで頑張りたい。

10万回のビュー。
ありがとうございました。

目の前にある幸せ

悲しい悲しいと泣いていては、
目の前にある幸せを逃してしまう。
そう思いました。

サリーと一緒にいても、主人とは仲良くしていたけれど、
サリーがいなくなったら、主人とはもっと仲良くしようと思いました。

お互いに高年齢。
私が先に、あっちに行くかもしれないし、
彼が先に、あっちに行くかも知れない。
二人の時間は、毎日毎日が大切です。

お代官様のこともそうです。
今回、お代官様は、サリーのことで悲しむ私を心配して、
家に泊まりにきてくれたり、
電話をかけてくれたり、
メッセージを送ってくれました。
お母さん大丈夫?お母さん大好きよって。

私にはこうした家族がいる。
そう思えば、悲しみも薄らぎます。

空、風、木々。
鳥、虫、花々。

日本にも家族がいます。
友達もいます。オーストラリアにも、日本にも。

目の前には沢山の幸せがあります。
それを大切にしながら、
歩いていきます。

いつか会える日まで

IMAG0012-001.jpg
隣人のサリーは昨年天国に召されました。
そして、うちのサリーは、土曜日に天国に召されました。

私が日本から戻った日のことです。

家に戻ると、私は何事か起きているのがわかりました。
いつものようにサリーが迎えに来ないのです。

サリー。サリー。
主人は、サリーは寝ているといいました。
部屋のあちこちにサリーのベッドがありました。
どこででも眠れるようにと主人が買ってきたようでした。

サリー。
どうしたの。
抱きながら私は涙が出ました。
涙は、滝のように流れ、サリーの身体をぬらしました。
主人は私が戻るまで、サリーを病院に連れていくのをとめていました。
前に、カーリーが天国に逝ったときには、
私が出張中で、彼は病院に行ったまま、お互いにさよならを言えずに
別れ別れになったからでした。

横になっているサリーに
私は話しかけました。
愛しているよ。分かっているわよね。
サリーは、微笑を浮かべていました。

病院にいきましたが、検査の結果、
あとどれ位持つのか分からないといわれました。
サリーもつらいのが分かりました。
これ以上、サリーを辛いままにしておきたくない。

サリーは、天国に逝きました。

今頃、隣人のサリーとうちのサリーは、
一緒に遊んでいるかも知れません。

サリーを私達は心から愛し、
サリーは私達を心から愛してくれました。

この9年間、サリーは私達に生きる力と愛をくれました。
ありがとう。サリー。
いつかまた会おうね。
その日まで、さようなら。

リコネクト

明日はいよいよオーストラリアに帰国します。
私は日本に戻るときも帰国です。
そう、私には二つの祖国があるのです。

3年前、
震災の時、私は日本にいました。
その時、外国人は皆、命からがら日本を離れました。
私は離れることができませんでした。
私は日本人でした。

当時仙台にいた弟は「まあちゃん、帰れよ。帰るところあるんだから」
でも、私は、日本を離れることができませんでした。
弟は私が、日本のことを悪く言うと腹を立てていました。
彼と私の絆を私が否定しているような気がしていたのに違いありません。

私はそれに気が付きませんでした。
彼が天国に行くまで。

私は今日本の良さを再発見しています。
日本の文化。
日本人。
日本の自然。

私が日本を離れてから34年目。
震災を経て、

私は日本に、リコネクトしたのでした。

危なかった!

日本に着いてからほぼ2週間半。
あさってはいよいよ、オーストラリアに戻ります。

日本にいる間、眠れない夜が続きました。
仕事がきつかったのですが、
仕事のことを考えると、まったく眠れないのです。
当然のことながら睡眠薬を飲みました。
でも、眠れません。

眠れた夜は昨日までは、二回。
そのひは、整体マッサージをした日。

このまま仕事をし続けたら
恐らく倒れるに違いありません。
確かです。

で、どうするか。
早く寝ます。
夜はコンピューター使わない。
そのかわり、朝早くおきることにしました。
シニアは慢心してはならない!



オーストラリアと日本を往復している私は、
千葉に住民票を置いていますが、
介護保険の保険料の支払い書が届きました。

介護保険ねえ。ぎゃはは。
しかし、年齢から言えばまあ。その通りだな。

私は85歳までフルタイムで働く予定なのですが、
介護をしてもらわないひとは、介護保険料が戻ってくるのでしょうか。
もらっても、85歳じゃ、つかいようがないけれど(苦笑)

私は、年をとるのが楽しみでなりません。
最近は、四捨五入して70歳だと称しています。

普通は若く言うのに、年齢を高く言う人知らないよ。って言われました。
でも、70歳って言って、皆に優しくしてもらったほうがとく。

私の中に赤ちゃんがいます。。。というカードをぶら下げて電車にのる
若いお母さんたちがいるのだそうです。つまり席を譲ってくださいということですね。

妊娠しているわけではありませんが、
私の中には年齢から来ている「脂肪」があります。
また若作りしていますが、本当は後期高齢者です。
ぜひ、席を譲ってください。荷物も持ってください。
シニア割引を適用してください。

と書いた札が欲しい。
作っちゃおうかしら。

FC2Ad