ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

さよなら・こんにちわ・サリー

Flower study
友人のサリーが、昨日、静かに逝ったと
ホスピスから連絡がありました。

彼女に貸して欲しいと頼まれた
部屋には、彼女は戻ることがなく
逝ってしまいました。


この絵は、彼女の最後の絵の1枚です。
彼女は最後までアートクラスに通っていました。
ちょっとさびそうな絵。

葬式は要らない。誰にも集まって欲しくないと
彼女は言い残しています。

さよならはいいません。
こんにちわかな。
これで、私が、やはり昨年逝ってしまった弟と
しているように、
飛行機に乗っていても、
バスを待っていても、
星をみても、
サリーと話ができます。

甥のニックもそうですね。
シャイな彼の笑顔が心に焼き付いています。
1週間で2つの死。

泣きます。
当然。
でも、二人にさよならは言いません。

こんにちわ、ニック。
そして、
こんにちわ、サリー。
スポンサーサイト

Gracias a la Vida!

最近は電車に乗っていても、バスを待っていても、
皆、スマホ使っています。
日本でもそうでしょうが、
オーストラリアでもそうです。

今日も電車を降りるのに、
降りながらスマホしている
バカ姉ちゃんがいました。
あぶないでしょー
と、つい、言ってしまいそうになりました。

最近の仕事場が遠いために
バスと電車を乗り継ぐと片道2時間の長旅。
つい、スマホで、メールをチェックしたりしていると、
目がしょぼしょぼ。
最近目が悪くなったと思ったらこのせいかも知れません。
(あるいは、年?)

とはいっても、
スマホというか、
インターネットはありがたいと思うこともあります。

自伝書いてみませんか?などといわれることもあるので、
あまり振り返りたくない過去だけれど、振り返ってみようかしら。
そう思いながら、書類の整理をしていたら、
先日、アルゼンチンからの手紙を見つけました。
そして、写真。
ブエノスアイレス時代に仲良くしてもらった章子さんからのものです。

もしかしてフェースブックしてないかな。
探してもありません。
でも、ブエノスアイレスに住んでいる人であれば、
知っているかも知れない。
と思って、探しました。
その方に、フェースブックのメッセージを送りました。

と、
知っていますとのメッセージ。
私の身元を差し上げて、
章子さんのメールアドレスをいただきました。

そして、返事をいただいたのです。

インターネットの時代、悪いこともあります。
でも、こうしていいこともあります。

アルゼンチン時代は暗い時代でした。
命を狙われたことも。
でも、章子さん初め、様々な人々に助けられました。
そうして、こうして生きている。

今日は、仕事場に行く電車で、
アルゼンチンの素晴らしい歌手、
メルセデス・ソーサを聴きました。
彼女の歌。

Gracias a la vida!
人生に感謝。

(歌詞の一部訳)
人生よ、ありがとう、こんなにたくさん わたしにくれて
笑いをくれた 涙をくれた
だからわたしは喜びと痛みの違いがわかる
それらはすべてわたしの歌を形作るもの
そして、この歌はあなたたちの歌 同じ歌
みんなの歌 わたし自身の歌

答えのない問い

昨夜、遅く、主人がメルボルンから戻ってきました。

思ったより元気でした。
しかし、彼のような、アイルランド系、スコットランド系は
感情を顔に出しません。
だから、主人の心の中で何が渦巻いているのか分かりません。

私は、金曜日から、力が抜けてしまい、
心と身体の中で、
「なぜ」を繰り返していました。

なぜ、若い甥が死ななければならなかったのか。
なぜ、兄夫婦に、悲劇が何度も起きるのか。

答えはありません。


しかし、今日は、バス停で読んだ新聞で、
2人の息子を、同時に別々な場所で失くした若い夫婦のことを知りました。
父親はトラックの運転手。
家の前に車を停めようとした時に、
赤ん坊が車の前に急に出てきた。
父親は車を急停車することができなかった。
父親は、自分の手で子供をあやめたのでした。
そして、もう1人の息子は、
自転車に乗ってでかけて事故に遭いました。
新聞には、幸せそうな4人の写真がありました。


どうして?
どうして、こんなことになるのでしょうか。
こんなことがあってもいいのでしょうか。

子供を亡くした母親。母親を亡くした子供。

世界のどこかで、こうした悲しい事故が、事件が、
毎日、あるに違いありません。

どうして?


答えはありません。

主人が、お母さんにかけた今夜の電話では、
昨日よりも、元気だったそうです。
彼女はもうすぐ90歳の誕生日を迎えます。
この悲しみを乗り越えて、もっともっと長生きしますように。

そして、兄夫妻が、一日も早く、悲劇から立ち直ってくれますように。

天に祈りました。


言葉もありません。

金曜日の夜のことです。
メルボルンの主人の弟から電話がありました。
長い電話の後。
主人は黙ってうつむいています。

話を聞くと、
主人の兄の子、つまり、我々の甥っ子が
ベトナムで、高層ビルから落ちて死亡したというのです。

理由は分かりません。

主人の兄夫婦は、既に、20年前に、娘を難病で亡くしています。
今回の息子は、彼らの最後の子供でした。
娘の病死以降、主人の兄は精神的な病気を得ました。

再来週は、主人の母の90歳の誕生日でした。
家族全員が、遠い親戚を含めて集まる予定でした
母が自分で企画した、ファミリーパーティーでした。

主人は昨日、メルボルンに発ちました。
兄夫婦も、そして母親のことも心配したからです。


主人は、母が、昨日から、同じことを20回ぐらい繰り返していると
いっていました。あまりの辛さと悲しみで、恐らく、混乱しているのだと思います。
自分で企画したパーティーのことも全く忘れてしまったと主人は言っていました。
パーティーは、キャンセルになりました。

二人目の子供を亡くした兄夫婦は、
当然のことながら、
生きる意味がなくなったといっていたといいます。

なぜ、どうして、甥っ子が死んでしまったのか、
まだ誰も分からないのです。
ベトナムの構想ビルの上から落ちてしまったというだけで。


私だったら、
...........

兄夫妻と同じです。
二人もの子供を亡くしてしまった。
私も、私に同じことがおきてしまったら、彼らと同じように考えたでしょう。
もう生きる意味がないと。


どのようにこれを受け止めたらいいのでしょうか。
なんと言ってあげたらいいのでしょうか。
どうしたらいいのでしょうか。

私が先に死んだら......

kako-rB8ghBbH4UNAwNjD.jpg
今日も、私は、遠くまで仕事に行きました。
最近、肩身氏2時間かけて仕事に行きます。
戻ったら、ほぼ8時でした。主人が一足早く戻っていました。
冷蔵庫にあった野菜スープを使って、
それに、カボチャを入れて、
パンプキンスープを作ってくれました。
もちろん、美味しいチーズとサラミトーストも。


昨日の晩の話です。
あなたが先に天国に行ったら、
悪いけど、美味しい御ちそう作って待っててくれない?

と、言ったら、主人は、
お前が先に死んだら
悪いけど、アイロンかけて待たないで欲しいな。
げー。


私のアイロンを主人は気に入っていないのです。
アイロンは皺を取るものだというのに、
私は、皺を作ってしまうからです。

私が先に死んで、あっちの世界にいったら、
アイロンをしなくてもいいっていうなら、
結構なことだ。

バス停で、クソばあさんとの会話

自分がクソばあさんだけでなく、
世の中には結構クソばあさんがいるもんだと
つくづく思った。

バス停に、珍しく誰かが座っている。
結構派手な洋服のおばあちゃん。
私と同じ。
私の顔をみて
「誰かが来るという事は、バスもそろそろ来るという事なのね」
「そうね。そうだといいわね「
と私。
ばあさん、私の方をじろっと見て、
「仕事に行くの?」
「そう」
「何をしているの?」

さて、この彼女の質問の時の
トーン、つまり音調はかなり厳しいもの。
つまり、やさしくなーい。
人をとがめるような口調。

なんて答えようかな。
色々あるけれど、そんなことを話しても仕方がないなあ。
「日本の会社のアドバイザーしていて、週に2度ほど
カムデン(シドニーの西)に出かけるの」
「それは、遠いわね」
「そこになにがあるの?」
「犬舎?」
「えっ、犬?」

で、彼女はこう続けた。
「犬、大嫌い。煩いし、においはするし、全部銃で撃ち殺すべき}
きゃあああ。一体この人はなんなのよお。
でも、息を大きく吸って、私はこう答えた。
「犬が煩く咆えるのは、飼い主のせいだと思うわ。犬のせいではないわ」
と、ばあさんが、更にむっとした表情で(おおこわ)
「飼い主?あいつらは、犬のことなど全く考えてないわ。仕事のことだけよ」
うううむ。そうかああ。一理あるかも。
「近所に4匹ほど住んでいるけれど、みんなほったらかされている。飼い主も一緒に
銃で。。。。」

おっととっと。
話題を変えよう。
「買い物に行くの?」
ばあさんは、私の顔を、またじろっと見て、
「NO!足も動かないし、手も動かないし、買い物してても
どうやって持って帰るの?」
また、怒り始めた。
「ああ、そうねえ。大変ねえ」
と、バスが来た。
ほっ。

歌を歌うって楽しい

今日は本当に久しぶりに歌を歌いにいきました。
忙しい人たちを無理やり集めて、食事の後にカラオケ。
加藤登紀子、中島みゆき、高橋麻里子、いるか。
まあ、昔の歌ですが、思い切り歌って楽しかった。

私は、その昔、辛い時には風呂場で歌っていました。
子供を学校の送り迎えでも歌っていました。
まあ、楽しい時辛い時には、私の人生には、いつも、歌がありました。

最近はほとんど歌っていないことに気がつき、
歌いたいという思いが募りました。
そこで、緊急招集をかけさせてもらったのです。

今日は、私が最年長で、様々な年代の人が集まりましたが、
それぞれに、熱い思いを持っている方々で、
それは、それは、素晴らしい歌い手でした。
若い人に、アリスを歌ってもらったときには、心が震えました。
山本リンダを歌ってもらったときには、お尻がもじもじしました。
「ひとり」という歌は知らなかったのですが、その歌が作られた背景も教えてもらい
これも感動しました。


正直言えば、歌はよく歌わないと感動しないものです。
ただ、口先だけで歌い、また、音を外していたのでは、
聴く方も感動しないものです。

今日は、全員素晴らしかった。
いえ、きっと素晴らしい人たちだと思って、
集めたのですけれど。
やったぜ。

70歳の歌手デビュー目指します。

手術をしない決断

P1080398-001.jpg
愛犬サリーのことです。
白内障がひどくなりました。
最初は右目だけでしたが、
最近は左目も見えなくなっています。

手術という方法も確かにあると思います。
しかし、それは高額の手術の費用がかかります。
さらに、手術前後の入院もあります。
リハビリもあると思います。

彼女はそろそろ10歳。
専門家に意見を聞きました。
獣医師とトレーナー。
二人とも言いました。
犬は目が見えなくても、
人間ほどは困らない。
目が見えなくなると、ほかの機能がます。
耳とか鼻とか。
だから、手術をしなくても、彼らを虐待することにはならない。

サリーが、ボールを投げで、
その音がフォローできるように、
鈴が中に入っているボールを買いました。
また、匂いがフォローできるように、中に食べ物が入なボールも買いました。

サリーは、まだ水も一人で飲みにいけるし、
台所のドッグドアから、外にも出られます。
最近は、天気がいいので外で日向ぼっこもしています。

考えてみれば、
私だって、もう暗いところでは目も見えないし、
耳も聞こえないし。
でも、毎日何とか生きている。
クオリティオブライフ?
生活の質は、それでも、十分にある。

サリーの目の手術はしないことにしました。

おしりあい

危険です。この話。

先週、私の新しい職場での話し。
「リン、家で転んだって聞いたけれど、大丈夫?」
彼女は、なんだか、嬉しそうに、
「あざができてねえ、痛いのよ」
「あっ、見せてあげる」
と言いながら、ズボンを脱ぎ始める。

ああ、別にいいのにー。
縫いで、モモのところの痣をみせてくれた。
でも、モモのところに、
刺青があって、いえタトゥーがあって、
痣だか、タトゥーだか分からない。

しかし、問題は、ズボン脱いで腰を曲げた時に、
パンツから、お尻が丸見え。
朝から、ああ。

午後のこと。
自分のワンちゃんに会いにきた家族連れ。
息子が、
「おしっこー」
お母さんが、車の座席で、おむつを換える。
お尻丸見え。
もうすぐ幼稚園だというのに。
まあ、子供だからいいけれど。
と思ったら、今度は、
と、そのお母さんの
お尻丸見え。

え、なんなのよ。

ズボンが下がっているのに気がつかないのかしら。

というわけで、この日は、朝から、お尻を三つも見てしまいました。
とんだお知り合いです。

ところで、もう見たくないです。
お尻など、知りたくない。

FC2Ad