ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

私はプロクラスティネーターだった。

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メルボルンでクリスマスをしてきました。
89歳の主人のお母さんは、日に日に弱ってきていますが、
その彼女と、一分で多くのクオリティの高い時間を過したいと
思っているからです。
確かに、あまりお金もない私達が、この前の彼女の誕生日にも
メルボルンに飛んで、今回またクリスマスというのは、
はたからみると、ぜいたくかも知れませんが、
彼女のことをこよなく愛する主人の気持ちを考えれば、
主人の提案に、反対することはできませんでした。
まあ、他で贅沢しなければ。って思い、今回は、
下の娘のボーイフレンドを誘って4人で行ってきました。
義母は本当に喜んでいました。



メルボルンからの帰りに、
飛行場で、
リーダーズダイジェストを買いました。
この本を買うときには、実に、ノスタルジックな気持ちになるのです。
恐らく多くの人が同じように感じているのではないでしょうか。
実際、この本は、我々シニアを対象にしていました。
広告も、棺おけの宣伝から、葬式の宣伝、死亡保険の宣伝が
数多くありました。メディカルツアーもありました。
マレーシアに行って、観光を楽しみながら治療を受けましょうって。
ほほえましいほど、明らかな広告でした。

さて、本題。
リーダーズダイジェストが紹介している本の1つに、
Perils of a Procrastinator
ペリルズ・オブ・プロクラスティネーター!
がありました。

Procrastinator(プロクラスティネーター)って言葉を知らなかったので、
主人に聞きました。
「明日やるやるって、言って、やらない人のこと」って
主人が教えてくれました。
そして、この本は、つまり、「明日やるやるって言っている人は
決してやらない。それがどのような危機をもたらすのか」と
言っている本だという事が分かりました。


私は、最近、反省モードになっています。
反省しちゃだめだよと言う人もいます。
反省すると先に進まない。ネガティブになる。
でも、私が最近しているのは、反省と言うよりは、
過去にしたことの検証ということ。
...........
と、ショックなことが分かりました。
私は、結構、procrastinator プロカスティネーターだったことが
分かりました。
数多くのことをアイデアにもち、それを何とか実現しようと思いながら
その中のほとんどを、明日まで延期して、結局は実現しなかったのです。
実現できなかったのです。
そうかあ。私は、プロクラスティネーターだったんだ。


ということで、私は、今、全力を奮って、
やろうと思った事は、
すぐさまやろうと思っています。
いえ、思っているのでなく、
やることにしています。
はてさて、その結果は?

たとえ、それが悪い結果であっても、
悪いと思わずに、思ったとおりの結果でなくても、と
思うようにしました。
思ったような結果でなければ、それを
どうしたら思ったような結果にできるのかと
考えて行動することだと思いはじめました。


行動は疲れる?
確かに。
でも、明日に行動を延ばせば、
結局は、行動しないのです。
この本の作者が言うように.........
行動。行動。これしかありません。
私は、プロクラスティネーターになりたくない。
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子供たちを銃が守るのでしょうか?

アメリカでの凄惨な銃撃事件。
クリスマスが近づいているだけに、
なおさらに心が痛みます。
クリスマスは、西洋の国にとって、
祈りの時であり、とりわけファミリー&フレンズの時だからです。

とくに、子供たちにとっては、
わくわくするような時で、
親たちにとっても、
どんなサンタ役を演じるか、
いつもよりさらにドキドキしたりして、
ハッピーな時なのです。

なのに、このアメリカの親たちはもうすぐくる
クリスマスを、どのような気持ちで迎えるのでしょうか、
子供たちのためのプレゼントはもうすでに用意されていたかもしれませんね。


今回の惨事に関する、全米のライフル協会の反応。
「銃を持ったバッドマンを止めるのは、銃を持ったグッドマンが
彼らを撃つことだ」、
そして、全米のすべての学校に銃を持った警備員を
送り込むことを提案しました。
いえ、アメリカの歴史を考えると
この反応は、不思議ではありません。
しかし、銃は本当に社会の安全や、正義や
そして、子供たちを守ることができるのでしょうか。


この反応は、プロアクティブではなく、レスポンシブです。
つまり、問題の根底を見つめたうえで、予防策を考えアクションを起こすというよりは、
とりあえず、何か起きた時のために
銃を配備しておけばいいというもの。
そういえば、前に大学で銃撃事件が起きた時には、
銃を持った警備員が大学にいたというのです。
しかし、銃撃事件をストップすることはできませんでした。


私たち夫婦はよく、探偵ものやサスペンス番組をみます。
ほとんどがイギリスやアイルランドのもの。
銃を使わず、犯罪と闘うからです。
でも、アメリカの番組はほとんどが、
銃を持つ。撃つ。
今回、議会で銃の所持について議論されている間に、
将来禁止されるかもしれないオートマの銃は売り切れて
しまったといいます。
なんということ。
アメリカは社会の根底から、暴力、そして銃という病原菌を
除く必要があります。
それができるのかどうか。
ため息がでます。



サンタと歯の妖精

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オーストラリアの子供達は、
サンタクロースとトゥースフェアリー(歯の妖精)を
信じています。
この暑い国でも、
やはりサンタクロースはやってくると
信じている子供達が大勢います。
子供は子供なのです。

私も?
昔、サンタクロースを信じていました。
日本の片田舎、仙台の借家。
煙突等あるわけがありません。
でも、サンタクロースはやってくるような
気がしていました。

うちの娘達に聞きました。
いつから、サンタクロースを信じなくなったのか?
上の娘は、
おばあちゃんとおじいちゃんの家に行って
クリスマスをした時。
そこは、ビーチ沿い。
サーフィングボードが欲しいとサンタクロースに
お願いしました。
サンタは、サーフボードを持ってきて、
クリスマスツリーの下においていきました。
私達も、私達からのプレゼントを置いておきました。

わあー、サンタがやってきた。
とプレゼントを開ける。
私達からのプレゼントを開けて
カードを読む。
すると、あれっ、サンタのサインと
私のサインが同じ。
なんだ、そうだったんだあ。
ああ。がっかり。
というわけだったのです。




昨日仕事で、オーストラリアのNSW集とVIC州の中間にある町まで
片道800キロ飛行機と車で行って、日帰り。
仕事の先のオーナーと車の中で話をしながら帰ってきたときのこと。
サンタの話をしたのですが、
彼も同じような経験をしたといいます。
オーストラリアの子供達は、歯の妖精を信じていて、
歯が抜けると、それをコップに入れて枕元に
置いておきます。夜中に、歯の妖精がきて、
それをとって、代わりにコイン(このごろは1ドル!)を
置いて行くというのです。
オーナーの子供は、妖精を待っていましたが、
親達、いえ、妖精はうっかり、その儀式を忘れました。
子供は、がっかり。
お母さん、お父さん、トゥースフェアリーが来なかったの。
涙。
お母さん、いえ、トゥースフェアリーは、申しわけなく思い、
手紙を書きました。
昨晩は。忙しくてこれなかった。ごめんなさい。今夜、
あなたの歯を持っていくわ。はい。これ1ドル。
どうやら、一回目は信じたらしいのですが、
二回目の時には、そのお詫びの手紙の筆跡を「鑑定」したらしい。
で、
歯の妖精の話は終わり。
子供の夢を壊すのはいつの世も
大人たち。
商業主義にまみれて
クリスマスを、家族の日、祈りの日から、
ビジネスの日にしてしまい、
サンタをその手先にしてしまったのも、私達。
反省しましょう。

子供達には、できるだけの夢を与えましょう。
そして、私達も夢を見ましょう。
サンタさん、私に何をくれるのかな。今年は。

20年ぶりのクリスマスツリー

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これは、今日、智子さんからご招待されて行った
三笠会館のクリスマスツリーです。
綺麗ですね。


私も、オーストラリアを発つ前に急いでクリスマスツリーを
飾ってきました。
娘が小さい頃に作った飾りもまだありました。
彼女にせがまれて買った飾りに、
彼女の名前が綺麗に書かれているものも
ありました。
懐かしいなあ。
クリスマスミュージックをかけながら
思いを昔に戻しました。


元々はキリスト教の行事であるこの
クリスマスを、何らかの形で取り入れる人たちには、
こんなことをぜひ考えて欲しいと思います。
クリスマスは、単に、ビジネスチャンスではないのです。

Christmas is doing a little something extra for someone.
- Charles M. Schulz

クリスマスは、誰かに、何か今までしなかったことや、
今までよりもちょっとだけ多い何かをする時なのです。


実は、クリスマスツリーを飾ったら、小さいクリスマスツリーが
2つも出てきました。
あら、こんなに要らないわね。
そして、隣人のヴィラにあげようかと
ふと、思いました。
82歳の隣人に...........。
彼女は、とても、個性の強い人で、
まあ、言えば自分のことしか
考えないという人です。
だから、親戚からも隣近所からも嫌われていて、
今年も、どうやら、寂しいクリスマスになりそうだというのです。
長男は、ダウン症で施設。次男は、彼女を避けて英国。
弟夫妻も、姪っ子も、誰も彼女を呼ばない。
寂しい環境です。
そうそう、この前も、看護士や介護士と喧嘩して、
骨折して入った病院から、
なんと、自分で勝手に出てきてしまったのです。
やれやれ。


もう1人の隣人に聞きました。
このツリーを、ヴェラにあげようと思うのだけれど。
「あら、受け取らないわよ。彼女、20年前に
ご主人が亡くなってから、ツリーは飾らないのよ」
「そうお。でも、だめでも、ちょっと言ってみてくれる?」
「わかった」
それから、すぐ携帯電話。
「あのね。彼女はあなたからのクリスマスツリーを
凄く喜んで受け取ったわ。ありがとうって」
とすると、私が、気まぐれにあげた
あのツリーは、彼女の20年ぶりのクリスマスつりーだったんだ。
まあ、だめもとであげて、本当に良かった。


私達は、クリスマスにメルボルンに行ってしまうけれど、
じゃあ。行く前に、彼女にカードと
プレゼントをあげちゃおうかな。
隣人はアートが好きなので、
日本画をカードにしたクリスマスカードを買いました。
クリスマスは、

little something extraを誰かにあげるそんな時なのです。

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