ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

ながらスマホ止めましょう!

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そりゃあ、私だって、
歩きながら、携帯でしゃっべったことはあります。
道を横切る時もありました。
しかし、もう、そいうことは
止めたいと思いました。


先日、オーストラリアの競馬管理母体から
騎乗中に、iPhone, iPad使用が禁止されました。
え?
馬の背中で?
信じがたいことですが、そういう人間がいたから
こういう規則が出来たのです。


散歩をしていると、
お母さん達が、乳母車というか、最近はバギーというのか、
それを押しながら、スマホしています。
犬も一緒にいることもあって、
もし、犬が何かに驚いたら、
車ごと逃げちゃうと思いました。
はらはら。


バスを待っている人の列では、
ほとんどがスマホしています。
オーストラリアでも、日本でも。
日本で嫌なのは、電車から降りる時に
スマホしながら降りる人。
危ないでしょうが。

うちの主人は外で車を運転しているので、
本当にハラハラするようです。
イヤフォーンしているから、
クラクション鳴らしても、気がつかない。


今日は、公園に愛犬のサリーの散歩。
公園には、2人の飼い主と2匹の犬。
が、
その二人の飼い主共に、
スマホを手にしているのです。
愕然としました。
犬にボールを投げると、
すぐスマホに向います。
犬は家族。だから、一緒に散歩にでるんでしょう。
スマホしながらじゃ、心が通わない。
絶望的になりました。


日本の電車。
お母さんもスマホ。娘もスマホ。
レストランのこと。
彼もスマホ。彼女もスマホ。
今日、オーストラリアのTVで、
「愛している」の最初の言葉を
スマホでテキストした人がかなりいるって
言っていました。


私は、携帯を売っている人たちは、
タバコを売っている人たちのように。
スマホについての、約束事
してはいけないことの啓蒙活動をすべきだと
思っています。
広告では、彼らがいかに社会貢献しているかだけ
宣伝していますが。
こうして社会や人間のブレーンを駄目にしていることに
気がついていない。というか、目をつぶっています。


携帯禁止の場所を多くしましょう。
交通規則に、歩行者も含めて、
携帯禁止にしましょう。


バス停。
空を見上げると青い空。白い雲。
周りには、美しい花。緑の木。
あるいは、お母さんと子供。
楽しい会話。
それらが、スマホのために、
全部消えてしまいそうになっています。
必要なとき以外、
スマホやめませんか
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観ましたよ、007スカイフォール

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このところ、少し体調が悪いのです。
まあ、このところと言っても、
この一年でしょうか。
アレルギーが治りません。
医者に行っても、抗ヒスタミンを貰うだけ。
埒が明きません。
まあ、生きているだけでもいいのでしょうが。


最近は、体中が痒くて眠れません。
眠り薬?そうなんです。
でも、この前大学の同窓会に行ったら、
先輩達が毎日眠り薬飲んでいると言っていましたから、
あんまり心配することはないのかも知れません。
仕事がたくさん入っているのは
いいのですが、ゆっくり休む暇がありません。
これは、今まで何十年もそうしてきたので、
これもまた、あまり心配することがないのかも。
とはいうものの、
昨日と今日は、休むことにしました。
ということで、今日は、主人と007 Skyfallを
観にいってきました。
映画館の近所で、大きなハンバーガーとチップス。
西オーストラリアのマーガレットリバー産の
美味しい白ワイン。
ちょっと、よっばらって、007.


今の007のダニー・クレイグラ大好き。
期待を裏切らなかった。
ああ、素敵。
とは、ショーン・コネリーの007以外は
思わなかったから、
ダニエル・クレイグは、やっぱり、ショーンに
迫るいい007なのです!


映画が終わって、席を立ったら、
あはは。
ほとんどが、60代、70代のカップル。
つまり、我々も含めて。
誰も、今のジェームス・ボンドの世代がいない。
昔は、ジェームス・ボンド?だったのかも
知れませんが、もう、ジェームス・ボンドや
ボンドガールじゃない人たちが、観に来ていたのです。
映画から戻ったら、
メルボルンの義母から電話。
私がたちが映画に行ったことを
行ったら、弟達夫婦も行ったんですって。
ははは、60代。


それにしても、よかった。
ダニエル・クレイグ素敵。
とはいうものの、ちょっとおしゃれして、
5年ぶりに、高いヒールの靴を履いて
出かけたのですが、
豆がでちゃって、主人に手を引いて
もらいました。
まあね、彼はダニエル・クレイグじゃないけれど、
こうして手もひいてくれるし、
ご飯も作ってくれるし。
やっぱり、私のジェームス・ボンドかも。

オーストラリアのVISA について

明日、私は、オーストラリアの移民局に行ってきます。
1984年にこの国に入国を許されてから、
五年に一度ずつこの永住ビザの更新にいきます。
というか、永住ビザはきれないのですが、
国を出たり入ったりするための
リエントリービザを更新するのです。

ああ、また5年経ったなって、
いつも思います。
84年、誰も知らずに、
娘と二人でやってきたオーストラリア。
もうかれこれ30年経つのです。
この国に住まわせてもらって、
本当にありがたい。
30年間、幸せだったもの。
主人にも会えたし。
娘もできたし。
友達もできたし。

まあ、だまされたり、
うらぎられたり、
色々ありますが。
まあ、そんなことがあって、
それを何とか乗り越えたからこそ、
今の幸せがあるのだとすれば、
だました人にも感謝し(ちょっと難しいけれど)
だまされこともありがたく思い(それも、ちょっと)
...........
だからこそ、今の幸せがあると
思うことにしようと、
思っているのです。

アルゼンチンで、ヴィザを申請した時のこと。
「そうですか。ところで、ヴィザを貰って
オーストラリアに行くとすれば、
いくらお金を持っていくのですか?」
上の娘の父親は、
外交官で金を持っていたのに、
大変けちな男で、全く私に、養育費を払うつもりは
ありませんでした。だから、私は、
移民官に、
「ゼロ」と答えました。
と、移民官は、椅子を転げ落ちそうになるほど
驚いて、
「僕は20年ほど移民官をしていますが、
ゼロと言った人はあなたが初めてです」。
しまったと思いましたが、
それ以上いいようがありません。

移民官は、それから1週間後に、
永住ビザを私にくれました。
私は、「一生懸命働いて、
お国のバーデン(負担)にはなりません」と
答えました。
それから、二年後、
私は会社を創り、人を雇い始め、
オーストラリアのために
自分のためにがんばったのでした。

ビザを更新するたびに
私は初心に戻ります。
オーストラリア、ありがとう。

ジャカランダの花の下で

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毎年この季節になると、ジャカランダの花が咲きます。
南半球の春の終わり。
3週間ほど日本に出張。
ほとんど休みのない毎日。
心も身体もくたくたになって、
一昨日シドニーに戻りました。
今年は、ジャカランダを見過ごしてしまうのかしら。

大丈夫ですよ。と、フェースブックでメッセージが入りました。
ジャカランダは、香りがないのですが、
ちょうどこの季節には、美しい春の花々が芳しい香りを放っています。
その香りと、この色と。
英語では、モーヴカラーと言うこの色は、
母の好きだった花。
オーストラリアの友人で数年前に亡くなった
デボラの好きだった色。
そして、私の大好きな色です。

華やかでありながら、
何となく寂しげ。
まあ、騒々しい私の性格には
ちょっと似つかわしくないかも知れませんけれど。
私の大好きな色です。


かつて、悲しい思いをして暮らしていた
ブエノス・アイレスの町も、
毎年この時期には、この色で染まっていました。
今年、仙台の弟が亡くなったという
悲しい知らせが入った頃、
当時一緒にブエノス・アイレスにいた
上の娘の父親も亡くなったようでした。
インターネット上で知りました。


彼とはもう30年も音信普通でしたから、
特別な感慨はありませんでしたけれど、
今年は、この紫色を観ながら、
彼を思い出しました。
憎んだこともあったけれど、確かに、
彼を愛していたこともあった。
だから、結婚もせずに、娘を産んで
世界の果てのアルゼンチンまで
追いかけて行った。
あれから、既に30年以上も経っているのでした。

昨日は、オーストラリアを代表する鳥、
ワライカワセミ、クッカバラが
ジャカランダをバックに、
獲物を探していました。
パチリ。

ほとんど季節を感じられない
東京に長く滞在していると
オーストラリアの、こうした普通の風景が恋しくなります。
あと、何年、この風景を見ることができるのでしょう。

今年は、もう一度日本に戻ります。
この花が、一雨ごとに落ちて、
歩道や庭を、紫色に染めて、
ちょうど夏がやってくる頃。
そう、日本が師走の声を聞く頃に
また日本に戻ります。

ええ、こんな私でも、待っていてくれる方々がいますので。

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