ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

イマジンプラスの笹川祐子社長という人

今回の出張は、いよいよ2カ月に近くなりました。長かったなあ。
7月末には、オーストラリアに戻るつもりでいたのです。
それが、結局、滞在が8月までになってしまいました。
理由は.....笹川祐子さんから、8月2日のパーティーに
お誘いいただいたからでした。
彼女からのお誘いには、yesと言いたい、逃したくない。
そんな気持ちからでした。


笹川祐子さんは、イマジンプラスという会社の代表取締役です。

U R L : http://www.imagineplus.co.jp/
「イマジンプラス社長 笹川祐子の感謝ブログ」
http://ameblo.jp/imagineplus/
「就活専門家 イマジンプラス社長笹川祐子のブログ」
 http://ameblo.jp/job-marche/

今回、私は、彼女の友人で、オーストラリアにいる友人の家に
私は滞在をさせていただいていました。


2か月前に、この家に着いた時に、
シーツも、枕カバーも、ヘアードライヤーも、
ケトルがなく、オーストラリアの友人からのSOSで
祐子さんは、夜、仕事が終わってから、
それらを持ってきてくださいました。
「忙しい会社の社長さんよ」と友人から聞いていたので、
その彼女が、わざわざ、わたしのために来てくださったことに、
大変感激ししました。
と同時に、その彼女の気さくな性格にも驚いたのです。


それから、もう一度、一緒に「飲む」機会がありました。
お借りしたものを一部お返ししようと思ったら、彼女が
また私のところまで来て下さったのです。

彼女の、BYOで.....このBYOとは、オーストラリアの習慣。
Bring Your Own Drink .. オーストラリアでは、レストランでも
このBYOがあります。コルケージという持ち込み料をわずかに払って持ち込むのです。
祐子さんは、ワインだけでなく、チーズまで持ち込んでくださって...
話がはずみました。
驚いたのは、肩に力が入らない、その自然流。
大きな会社の社長.....らくしくない。
もし、これが、同じ規模の会社の「男性」社長だったら、
こうはいかないかも知れない。

彼女の魅力は何なのだろう。
と、 考えながらのみました。
その後、シドニーの別の知人とも、彼女は友達だったと知りました。
そして、その彼も言いました。「僕は、笹川さんを大変尊敬しています」
彼もまた成功したビジネスマンです。
彼女は、当然ながら彼より年下です。私よりも年下です。
しかし、今回初めて、自分より「年齢が若い人に対する。深い尊敬の気持ちがわいたのです。
すごい...と思う若い人にはたくさん会いました。でも、深い尊敬というのは、もしかして、
今回初めてかも知れない....


英語に、  humble   という言葉があります。日本の辞書だと、謙遜、と出てきます。
実は英語だと、日本の「謙遜」とは、ちょっと違うなあと思います。
そこで、英語の辞書を引いたら、、 humble  の形容詞についての説明がこのようにありました。

not proud or arrogant; modest: to be humble although successful.

「自慢しない」「アロガントではない」
例として、成功しているのに、humble であるとあります。
arrogant は  humble  のほぼ反対語。
傲慢とか、「えらぶる」の反対語になります。

イマジンプラス社の社長である笹川祐子さんに
お目にかかって、この humble という言葉が、浮かびました。
この humble  という言葉はちなみに、動詞もあって、
動詞だと、今度は、「自分がいかにだめだったか(知らなかったか)ということを
思い知らされた」という意味にもなります。

私よりもずっと年齢の若い女性。
その彼女が、素晴らしい企業活動と社会活動をして、
更に、個人レベルでも、人助けをしている。
これを見聞きするだけでなく、自己体験して、
......
私は、まさに、彼女に humble されたのでした。


今、私がこのブログ書きながら飲んでいるのは、Rie Coffee!
笹川祐子さんが、私のために用意してくれたランチョンミーティングで
お目にかかった、木原里恵さんが創ったコーヒーです。
フレーバーコーヒーを知らなかった私にRie Coffeeは、新しい世界を
開いてくれました。昨日は、nana booksというところから
「言葉の力は運命の力」という本を出して、言葉の力をj広めている
佐藤由紀さんと食事をしました。勝つ経営者をつくる経営コンサルタント、
子育てをしながら素晴らしい活躍をする、ポケットコンサルタントの
臼井令子さんともお茶しました。また、サイコロ社長として有名な
R3コーポレーションの平松二三生さんにもお目にかかり、海外と日本を
つなげたコラボが始まりました。
この方々との出会いは、すべて、笹川祐子さんが創ってくださったものです。


give and take という言葉がありますが、
イマジンプラスの笹川祐子社長が、なぜ、これほどまで
様々な人たちから尊敬されているのか、彼女の会社が
これほどまでに信頼されて成功しているのか。
それを学んだのは、今回の二か月の出張での最大の収穫でした。
彼女はまず give するのです。そして、 humble.......

私......
「海外生活30年」「花も嵐も乗りこけて」???
人生を知っているような気がしたのは、実は、自分だけだったなあ。
だけど、

Never too late!

笹川祐子さんを知って、私は、また新しい道を歩き始めました。
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仙台スピリット...  仙台雀踊り

また仙台に来ています。公私混同です。仕事とプライベート。
昨日は打ち合わせ。明日も打ち合わせ。
でも、今日は、本当に楽しいプライベートな一日を過ごしました。
昼は、弟夫婦と食事。病院食でちょっぴりスマートになった弟。
蕎麦屋に連れて行ってもらって、美味しい鴨なん蕎麦をごちそうになりました。
鴨なんって、今まで、まあ、あまり美味しいものを食べたことがないのです。
今日は、すごく大きな鴨が入っていて、スープの味も絶品。
美味しいって......幸せ。



それから、今日は、今日もかな、中学の同級のデンチャンと一緒。
彼女に、榴ヶ岡の天神祭に連れて行ってもらいました。
ちょうど、榴ヶ岡小学校の合奏団の演奏もあり、
久しぶりの、コミュニティーの味を味わいました。P1080961.jpg

なにより、すごく真剣な子供たちの顔が、目に焼きつきました。
スポーツも、音楽もそうですが、心をこめている姿は、上手とか勝ち負けに関わらず美しい。
そういえば、デンチャンとの待ち合わせの間に、榴ヶ岡公演を散歩したのです。
緑が美しくて、心が洗われるような気がしました。IMG_0436.jpg

デンチャンと別れて歩いていると、ドンドン、ドンドンと太鼓の音。
あれっ、天神様かな。
また、天神様に戻りましたが、どうやら、音は他から聞こえてきています。
それにしても、仙台に雀が多いのに気がつきました。
咲き乱れる花の中から雀が飛び立っっています。
屋根の上にも。いっぱい。仙台にこんなに雀がいたなんて。
P1080963.jpg



ドンドンと聞こえる音は、「仙台雀踊り」の音でした。
あっ、雀だ。
しばし、佇んでその踊りを観ていました。動けなくなったと言っていいかもしれません。
P1080968.jpg

その時、オーストラリアの娘からスカイプが入ったのです。
そこで、私は、スカイプで、娘と彼氏に、雀踊りの実況を。
いやあ、便利になりましたよねえ。
娘たちも大感激。IMG_0455.jpg



雀踊りをみながら、また、「なきめそ」の私は涙を流しました。
なぜ?
だって、みんなとても元気なんです。
大変なことが会った後なのに、
子供も、大人も、若者も.....
本当に楽しそうに、踊って、演奏をしていました。
あの太鼓の音。
日本古来の太鼓の音。
ドンドン。ドンドン。
私は思わず一緒に踊りそうになりました。
日本。
故郷。
夏祭り。
今まで、離れようと離れようとしていた、日本から、
最近ぐずぐずしている私は元気をもらいました。
心が一瞬寄り添いました。
それから、こんなことも思いました。
大和魂って、やっぱりすごい。
世界に色々な人種や文化があるけれど、
やっぱり大和魂って、どこか違う。
ドンドン。ドンドン。ソレ、ソレ。


今朝ほど、アメリカからメールが入りました。
日本の女子サッカーの優勝おめでとう。ところで、仕事の話ですが....
同じようなメールが、先週、別なアメリカ人から、入りました。
それって、すごい。オーストラリアにいたら、こんな経験はしなかったかも。
もう、日本はだめになっていくのかしら....なんて思ってましたが、
今日の、仙台雀踊りをみて、いや、また再生できるかも知れないって.....思いました。

あぺ・とぺ

仙台弁で、あぺ・とぺは、「いい加減」「とんちんかん」だと思っていのですが、
辞書で調べたら、「首尾一貫していないこと」とありました。
あら、私、かんつがいしていたのかしら。まあ、いいや、あぺとぺなんだから。

この前、仙台に行った時のことです。
疲れていたし、暗かったし、
歯磨きチューブと、ファンデーションを
間違えて使ってしまいました。
ファンデーションだから、当然、ピンクなのですが、
歯を磨いて、ペッと水を吐き出したら、ピンク色。
あれって、歯から血が出たんだあ。と思って、
あとでよくみたら、な、なんと、ファンデーション。
もういいかあ。


その昔、主人が、私の痔のクリームと、歯磨きチューブ間違えましたねえ。
今日、その話を、中野家の人々にいったら、
どうして、痔の薬が洗面所にあるの?
だって、オーストラリアの洗面所は、トイレと一緒にあるでしょう。
ああ、そうかあ。


そういえば、うちの母。昔小学校の教師でした。
冬のこと。学校について、オーバーを脱いだら、
うっかりスカート穿くのを忘れたことに気がついたらしいです。
当然でしょうけれど、家に戻ったのかなあ。そうですよね。


この前、糸井重里さんの「いいまつがい」を
買いました。金と銀があるんです。二冊買いました。
これは、本当にお勧め。ゲラゲラ笑っちゃいます。
「死んで鼻血が出るものか」
「一分の虫にも五分のたましい」
「狛犬のように働く」
「蓼食う虫虫も好き」
もう、ほんとに、笑っちゃいます。
それでは、私のいいまつがい。私の小学校の校歌。
「高い誉れの絆創膏」「高い誉れの藩祖公」のまつがい。


ナデシコは、良かったですね。
最後のPK。涙。ちょっぴり、日本人になった瞬間。
先制点をとられても、負けない。めげない。
彼女たちの格好って、結構「おっさん」ぽかったねえ。
そうなのよ。女だって、なよなよしなくてもいいのよ。
日本の女性は、いつも、なよなよ歩くし、
小さな声でひそひそ話すし。。。
でも、ナデシコは違う。明るいし、キチンと話すし。
いかすぜ、ガッツポーズ。


今日は、ちょっと酔っ払っています。
生ビール、一杯だけ。
ちょっといっぱいのつもりで飲んで....

Lonely Saturday !

今日は、Lonely Saturday! 仕事をしている時にはいいのですが、
一番嫌いなのは、休み。
休みだと、オーストラリアの家を思い出して、悲しくなっちゃうから....です。
そこで、今日は、片づけをしてから、DONKIに出かけました。
NONIKIにDONKI!

途中、BOOK OFFに立ちより。
実は、今朝ほど、編集者のKAZUMIさんと
デュラスの話をしていたのです。


彼女は大学の仏文科で、マーガレット・デュラスを卒論に、
私も。
そしたら、Facebookで知り合った方も、
仏文科で、デュラスを卒論。
それって.....珍しい。でしょ。
みなさん、知っていますかねえと言ったら、
晩年のデュラスの、「北の愛人」が大ヒットして、
若い人はそれで知っていますよって。
そうかあ。私の時には、
「モデラート・カンタビーレ」「辻公園」
「ラホールの副領事」.....
「北の愛人」は読んだことがないなあと言ったら、
KAZUMIさんが、あら、だったらBOOK OFFに
いけがあるかも、...と言ったので、
......立ち寄りました。


でも、デュラスはなくって、代わりに見つけたのは、
サミュエル・ウルマン。
105円。
ページをめくったら、思わず息をのんでしまいました。
結構、最近、めげている私へのメッセージがあったのです。




青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。

優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、

安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。

歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や、狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年

月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。

年は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

曰く驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる

事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く

求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

  人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。

  人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる。

  希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして

偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。

これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、

皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ

人は全くに老いて神の憐れみを乞うる他はなくなる。

 



BOOK OFFって、おもしろいですよね。
どんな本が読まれて、どんな本が捨てられているのかが分かります。
でも、こんな小さな、サミュエル・ウルマンのような本が
どうして売られちゃうのかしら。こんな本だったら、
自分で持っていたいと思わないのかしら。
もっとも、これは、若人には分からないかも。
胸に響かないのかも。肉体的に、青春まっただ中の人には。



先ほど、このブログをTVの歌を聞きながら書いていましたが、
スマップって、本当に歌が下手なのですねえ。
慎吾君なんて可愛いのに、歌は耳を覆うばかりに下手ですね。
国民的な歌手を、こんなこと言っていいのかどうか知りませんが。
正直言って、歌唱力のない歌手は、歌手とは言えないのでは。
実は私、このすマップがデビューした時はもう日本にはいないので、
あまり彼らのことを知らないのです。前は歌がうまかったのかしら。
とにかく、下手過ぎて、ちょっといらいらします。慌ててテレビを消しました。

さて、寂しい土曜日、Lonely Saturday も終わり。
明日は、仕事しなくっちゃ。山のようにたまっているから。

不思議の国、NIPPON

最近の東京の暑さ。いいたくありませんが、暑いです。
誰かが、「愚痴は言えば、ある程度解消するけれど、
暑いと言っても涼しくならないからねえ」って。言える。
でも、言います。暑い。
最近、東京で道を歩く時には
「日陰、日陰」を探しながら、
まるで飛び石しているように歩きます。
あっ、日陰。そして駆け込む。
また、日陰。また移動。
そう、私は日陰の女です。


日本の女性が、半そでを着るときに、長手袋をするのに
驚きました。その感覚、GAIJINには分かりません。
腕を焼きたくなのいであれば、GAIJINは、
長袖を着ます。
なのに、先日、東京で、
帽子、サングラス、マスク、そして、手袋をしている女性を見かけました。
ごめんなさい、でも、不気味な感じがしました。
そこで、考えました。
日本の女性のために、イスラムのバーカをintroduceすればどうかなって。
冗談ですが。
バーカーは、イスラムの習慣と言いますが、女性差別の象徴です。


それから、もっと驚くものをみたことがあります。
外国には、ない。
自転車に乗っている女性が、顔を全部覆ってしまう
ゴーグルをしているのです。
信号待ちで、それを見た時には、
ぎょ。思わずたたずんでしまいました。いえ、たたずんでいたのですが。
バッグからカメラ出して、写真を撮ってしまいました。
あれって、なに?
風を受けるのが嫌なら、自転車に乗らなければいい。
って、GAIJINは考えます。


だんだん、色々、思い出してきましたねえ。
それから、GAIJINにとって不思議なのは、
「音姫」
男性の方は知らないかも知れません。
だって、女性のトイレだけについているものだから。
これは、最初、何だか分かりませんでした。
気がついて、びっくり。
ああ、なんてバカなことを。
つまり、トイレに入ると、自分の「している」 時に出る
音を隠すためにあるらしいのでした。
つまり、女性は、自分の「あの音」を隠すために、
水を流すので、これは、節水のための
グッズなんだそうです。
そこで、また、おばさんが怒り。
トイレに入ったら、することは、ひとつ。
おしっこか、うんちか、おなら。
トイレはそのためにあります。
なのに、「あら、恥ずかしい?」
それって、GAIJINの目から見ると、
実に不思議。ああ、本当に不思議です。


まあ、男性がいるときに、おならなんかしたら、
恥ずかしいかも知れませんが、
でも、あれは、女性トイレですよ。
それから、うちでは、おならはしまくります。
年取った「と―ちゃん」と「かーちゃん」だから?
言えています。
でも、おならなんかで、壊れてしまう愛だったら、
まるで「へのような」もの。
そういえば、何十年も前にこんなことを
聞いたことがあります。
「あのさあ、あいつ、俺の前で、おならしてさあ。
だから、嫌になって離婚しちゃったんだ」
なんだ。なんだ。こいつはなんだ。
そんな男と一緒にいる価値なんかないぞ。
そいつは「へ」のような男だ。
英語でいうと、おならは....
色々言い方があるのですが、一番好きなのは、
Wind
だから、風とともに去りぬ、Gone with the wind
をもじると、「おならとともに去る」


おならの話をしたら、何だかすっかり元気が出てきて
しまいました。
今日は、実はまた仙台にいます。
理由は、色々。
また、故郷仙台と縁がつながり始めました。

痒い膝よ、太陽よ、彼女と進めえ。

今日は、ハイアットさんとランチをしました。ハイアットさん?浦和の人ですよ。
典型的な日本人。彼の名前は、Hayato 。
でも、英語の人には、Hyatt ハイアットに聞こえます。
だから、彼は、英語圏に行く時には、Hi I'm Hayato, so call me Hyatt と
言うと、すぐ名前を覚えてもらえると思います。
私の名前は、Mariko しかし、まり~こと発音しないと、なになに....という感じに
なってしまいます。
時々、Hi Marie マリーさん、こんちわと言われることもあります。
日本語や日本の名前は、英語の人には難しいんです。
そう、日本人にとって、英語の発音が難しいように。


オーストラリアで、日本語の学習が、大流行したことがありました。
小学校でも中学校でも、日本語を習う人が増えました。
その時に、こんなフレーズが流行りました。
「痒い膝、太陽よ、彼女と進めえ」
つまり、itchy knee 痒い 膝
Sun, she, go 太陽、彼女 進めえ
つまり、イチ、二―、サン、
シー  ゴ―。
日本語を覚えやすいように、英語に置き換えたものです。
日本でも確かありましたよね。英語を日本語に置き換えたもの。



主人が言います。
ラッキョウは、オーストラリアで売れる。
Lucky you, Lucky Oh! と言えば、味もいいし、
キャッチフレーズになるし、売れるというのです。
ところで、オーストラリア人は、
こういう時には、ローマ字のRを使わずに、Lを使います。
英語の人に、六本木を発音させると、
皆、Loppongiになります。

九州も、Kyushuと書かずに、Q Shoe と言って、
靴を売りだしたらいいですよね。

おまけに、阿蘇も面白い言葉で売れると思います。
Ah So とか言えば、面白いし、
この発音は、英語でお尻の穴(すみません、下品で)にも聞こえます。
それは、英語だと、つまり、バカ野郎てなことになって.....
そうすると、それが面白いって、観光客に受けるでしょう.....
ってなわけ。そういえば、首相にそんな名前の人いましたよねえ。
あの名前の人が、一国の首相になるというのは.....

仙台と言うと、彼らには、Sender 送り人に聞こえるようで、
主人はいつも歌います。プレスリーのLetter to Sender って。
これを仙台のテーマソングにすれば、観光客も呼べると思います。


日本の言葉をそのまま、ローマ字に直して、
それが英語だと勘違いする人がいます。
名前も、ローマ字で書くと、全く間違って発音されるか、
覚えてもらえないことがあります。
Ryo さんは、英語の人は、リオさんと呼ぶでしょう。
ただし、綴りを、Rioと間違えるかも知れません。
リオ・デ・ジャネイロのリオ。
その昔、うちの会社に、津鈴さんという社員がいて、
英語の人は誰も、彼女の名前を読めませんでした。Tsusuzu
もしかして、彼女は、Two Sue Zoo と書けばよかった?
あるいは、短くしてSue にすればよかったかも知れません。


ひろし....He or She
ゆみこ.....You Me Coke
みえこ.....Me A Coke
としき......Toe She Key
みきこ...... Mickey Coke
考えると色々ありますねえ。
英語の、言葉遊びしてみませんか。
おもしろいでしょう。ね。


さっき、主人がスカイプしてきて、「何を食べるんだ」
スパゲティ。
「何で食べるんだ」
「トマト、セロリ、ベーコン、サラミ」
そしたら、セロリはいいぞ。砂糖を入れなくても、
甘みがでるから。普通、イタリア人は、トマトソースを
作る時に、砂糖を一つまみいれるのです。
でも、セロリには自然の甘みがあるから、砂糖の必要がない。
ということで、美味しいスパゲティを、「自分」で作りました。
やるじゃないの。私。

プチ絶縁

ゴールドコーストにいる上の娘が、珍しく、彼女からSKYPE したいと言ってきました。実に珍しい。
仕事をしていると、コンピューターに、娘たちがオンライン中とのサイン。
ねえ、スカイプする?と私。
でも、ほとんどが、今、忙しいと断られます。
なのに、彼女から話があるって。珍しいなあ。
喜んで時間を待っていたのですが、
スカイプでの話は、結構深刻でした。


上の娘は言います。
「いいにくいのだけれど」下の娘ことお代官様が、私と主人と
会ったり、話をしたくないといっているというのです。
つまり、プチ絶縁。
えっ。
実は、我々の仕事の環境を変えることに決め、
それに連れて、少々暮らしの状況なども、
変わるので、一緒に住んではいないけれど、
彼女には説明した方がいいということで、
先日、主人が、お代官様を家に呼んだのです。
でも、何度か、キャンセルされたようなので、
「今度は行きなさいよ」という意味で、
私は、Do Not FAIL TO BE THERE とメールしました。

間違いなく、あっち(家)に行きなさいよと言ったのですが、
それが、彼女には「強制」に聞こえたようなのです。
お母さんから、ハラスメントのメールがあったと、姉に言ったようでした。
正確に英語でものを言おうとすると、こうして、時々、
大事になることがあります。
その昔、Dare という言葉を主人に使い、離婚寸前になったことも。
Dare というのは、日本語の辞書では、「あえて。。。をする」という表現。
しかし、英語では違います。「よくも、そんなことを」という、チョー危険表現になります。
30年も英語使っていて、英語は難しい。

いずれにしても、上の娘の話では、お代官様は、主人の話の内容を理解しておらず、
混乱したようなのでした。
「私には私の人生がある。親の人生や困難に巻き込まれたくない」
「私には、それを解決する能力もない」と、上の娘にはいったらしいのです。
我々は彼女に、問題を転嫁したり、その解決を期待したりしていません。
でも、彼女はそう考えたようでした。
20歳も過ぎているのに......、正直...その理解力にちょっと残念な気もしました。

それにしても、お代官様と主人。
英語どうして話しているのに、やはり、理解にこんな大きなギャップがあったのです。

...........いずれにしても、私たち、お代官様と、プチ絶縁。


そうか。
21歳だもんねえ、それは分かるけれど......
まあ、そうか。
私も、その頃の時期に、父や母の苦悩や、彼らが抱えている問題には
あまり気を使っていなかったし、その解決に力を貸したとは思えない。
しかたないのか。

上の娘に言いました。
それも、バカなことを言ってしまいました。
「そう。二週間の絶縁?いいよ。彼女が会いたくないんだったら、
一生でもいいよ」って。
心にもないことを言ってしまいました。ばかでしょう(苦笑)。そしたら、上の娘が、
「そんなこと言わずに、お母さん。彼女は、まだベイビー。それに、暫くって言っているだけだから」
上の娘は、心の病を長く患っていました。
その彼女が、妹をかばい、私たちを思っている。
ありがたいなあ。と思いながら聞いていました。
どうやら、彼女はゴールドコーストからシドニーに飛んできて、妹の面倒を数日みるらしい。
ありがとう。


仙台で、こんなことを聞きました。
仮設住宅に行っても、戻ってくる子供たちがいる。
それは、親たちが、将来のことを歎き、
暗い話ばかりで、子供たちはいやになってしまうのだそうです。
だから、避難所に戻り、友達と一緒にいた方がいいって。
「子供には子供の生活がある」というのは、本当です。
親には親の生活があるように。
私のお代官様、では、そのうちに会いましょう。

仙台へのセンチメンタルジャーニー

震災以来、ずっと行きたかった仙台に行きました。これは、恥ずかしながら、
震災のためのボランティア活動ではなく、個人的なセンチメンタルジャー二―。
ひとつは、今、病院に入った弟の見舞。
見舞いというよりは、ただ、彼とファミリーに会いたかっただけ。
病院に入ったばかり。まだ元気のいい、弟と、彼の妻YUMIKOさんと
病院の中にある、タリーズで会いました。笑いもあって、楽しかった。
お嫁さんのYUMIKOさんは、介護の職場で働きながら、更に
弟の介護。がんばりや。


仙台駅からタクシーで、病院に向かいました。
運転手さんと話をしたら、
「地震や津波はねえ。仕方ないけれど。
原発は違うよねえ。あれは、自民党と東電が組んで
利権のためにしたんだからねえ」と運転手さん。
仙台市内には、人が溢れていて、言われなければ、
あの大震災があったということが、目には見えません。
でも、前に神戸地震の後に、神戸に行った時、
タクシーの運転手さんが言った言葉を思い出しました。
「町は、何もなかったように見えますが、我々の心の中は
前とは同じではないですよ」と。


仙台でお目にかかった、編集者のFUMIEさん。
彼女は教育関係の出版に関わっていて、
彼女から子供たちの話を聞きました。
「仮設住宅に入っても、親たちが、悲しくつらい話をしているので、
もう一度、避難所に戻る子もいるんです。友達と一緒にいた方がいいって」
子供たちには子供たちの世界や空間があります。それを、大人の考えで
色をつけてしまってはいけない。でも、親は仕方がない。
どうしたらいいのでしょうか。
それと、彼女が言っていた言葉。
「東京から、タレントや有名人が、学校に押し掛けてくるのですが、
学校側も対応に大変。子供たちも混乱しています」
善意の訪問が、こうして、被災地に迷惑をかけているのを、彼らは理解しているのでしょうか。


私が、とめていただいた場所は、料理教室になっているマンション。
友人のデンチャンは、栄養士です。
そこには時々、名古屋あたりから炊き出し隊がくるのだとか。
なのに私は、寝るだけ。役に立たず、ごめんなさい。
彼女には、津波のあった名取に連れて行ってもらいました。
被害地に貢献もしないのに出かけるのはちょっと...、と思いながら、しかし、見た方がいいという
デンチャンの言葉で動かされたのでした。
言葉がありませんでした。写真(44)
デンチャンが、だいぶ片づけられたわねえと言いましたが、帰りの道々、まだ、船が道路にありました。
浜で、私とデンチャンが見つけた時計。がれきの中にありました。
時間は3時45分で止まっていたのです。持ち主は.........。写真(43)
気がついたこと。全てが波にさらわれてしまったはずなのに、
生き生きと芽を吹き返した「植物」たち。
植物は強いわねえ。


仙台を発つ前に、
南相馬市にある、小高赤坂病院の理事長の、渡辺瑞也さんに会いました。
津波では大丈夫だったのですが、原発で、
患者を全部避難させたそうです。
患者は、全て、東京の松沢病院に渡して、「失業者ですよ」と渡辺さん。
この前、渡辺さんと会ったのは?「八年になりましたねえ」
渡辺さんは、あの頃まだ院長で、理事長になるかどうか、考えていたころでした。
それから、決心して理事長になったのだそうですが.....
渡辺さんと、また色々な話をしました。
彼が、医局に入ったばかりのこと。生きているけれど、患者たちは、ほとんど
生きているとは言えなかった、当時の精神病院。これを、「治療病院」に変えなければと
同じように考える同士と運動を起こして....今に至っていたのでした。
彼の分野は「精神科」。人の心を扱う大切な分野。
その彼を「失業者」にさせるなんて。
日本と言う国ついて、私は、やはり怒りを感じます。



長い間、人々の心の病を「治療」してきて、地域医療に貢献してきた
彼の病院が閉鎖されている。
それについて、行政も、そして、東電も、見て見ぬふり。
世間も。日本も。
マスコミも動かない。変だ。
私は、強い怒りを感じました。


来週、また、仙台に行く用事ができました。
弟の手術が今日ですから、少し元気になった
彼に会うことが出来ると思います。
仙台弁で、こんな言葉があります。
「しびらっこい」
これは、あっさりあきらめずに、頑張るという意味。
私も、私たちも、ぜひ「しびらっこく」生きましょう。
仙台弁で、力がなくなるというのを「がおる」と言います。
でも、「がおって」なんかいられない。



仙台........祈り。

私は仙台の木町通で生まれました。木町通小学校に通い、それから、
宮城学院にいって、高校2年の時に、八王子の南多摩高校に転校をしました。
木町通小学校は、母が教師をしていた小学校です。
そこに、浅野史郎ちゃんがいました。のちに、宮城県の知事になられた方です。
今朝、テレビを観ていたら、その史郎ちゃんが出ていました。
知事を辞められて、東京に出て大学の教授になり、
およそ二年前に病気になられたのです。



彼が東京都知事戦に出られることになった時に、
オーストラリアから「ファイティングカンガルー」の
お人形を送りました。
彼の病気が、とても深刻な病気だったことは知っていましたが、
病気の特性などは、今日テレビで知りました。
母体にいた時に、感染したウイルスが、何十年も経って
出てくる病気なのだと。発生率は低いけれど、いったん
感染すると、その余命は短いのだと。
ところが、史郎ちゃんは、持ち前のファイティングスピリットで
奇跡の回復をしました。この前、メールをいただいたばかりでしたので、
今日、テレビでの再会はとても嬉しかった。
偶然にしてはできている。だって、最近、東京にいても、テレビを観ないものですから。

英語の表現に、Against All Odds というのがあります。
誰も、絶対だめだというオッズをつけたのに、それにも関わらず、
頑張ることを言います。史郎ちゃんの復帰は、まさに、
Against All Odds!



ああ、よかった。と思って、コンピューターに向かったら、
メールが入っていました。
渡辺瑞也さんからでした。
渡辺さんは、私の、中学の時の家庭教師でした。
東北大学の医学部に通っていて、今でも、
彼の詰襟の制服姿が目の中にあります。

彼は、現在、南相馬にある、小高赤坂病院の院長。
私は数年前に、渡辺さんをたずねて、南相馬にいったことがあります。
娘たちにどのように対処していいか分からずに、
精神的に難しい時を過ごしていた私が....
自分が,娘たちと同い年位に、一体何をしていたのか振り返っていた時のこと........。
.........あの時に、私は、お兄さんのような渡辺さんという家庭教師がいてくれたなあ。
そういえば、あの渡辺さんはどうしているのだろう。
そして、渡辺さんの名前をいれて、検索しました。
南相馬市の広報ウエッブがあり、彼の名前がありました。
彼は、積極的に、精神的な病について、地域の啓蒙活動をしていました。
あっ。
そして、市にメールを出したのです。
渡辺さんからメールが戻ってきました。
彼との交信は、40年ぶりのことです。
常磐線に乗って、私は、仙台から南相馬に行きました。


渡辺さんと、一緒に夕食を食べながら、40年間の話をしました。
二人は、お互いに、全く変わっていない。
そういえば、いつも、二人で「理想」「将来」の話をしていたんです。
時が、一瞬にして過ぎて、そして、また別れの時が来ました。
渡辺さんは今の私の年ぐらいでしたが、あの時に、
「そういえば、僕は引退を考えたことがない」と言っていました。
日本と言う、保守的な、更に、地方という、更に閉鎖的な
環境の中で、心に病を持っている人たちのために
渡辺さんは、ずっと、戦うのだなって、私は思いました。
何度かメールのやり取りをしましたが、そのうちに、また
その出会いは、思い出の中にうずもれていきました。


地震、そして原発の問題は、私にまた、渡辺さんを思い出させました。
小高赤坂病院に電話をしてみました。返事はありません。
一生懸命に検索して、前に赤坂病院で働いていた方の消息をつきとめました。
そして、メール。返事はありませんでした。
.............
今朝のメールには、渡辺さんの連絡先がありました。今は、病院再開のメドがまだなくて、
仙台にいらっしゃるとのこと。


私は、明日仙台に行きます。一番の理由は、弟の誕生日を祝うこと。
うぜえよ、と言われても。
弟の誕生日。還暦だと思ったら、まだ59歳なんだ。わかいじゃないの。
父は6月生まれで、弟は7月生まれ。二人とも、あっついときに、うまれたんだっちゃあ。
週末は、出張の治療があるのでと、渡辺さんとは、
月曜日に東京に戻る前にお目にかかることにしました。


いつもは、駅前のドーミーインなのですが。
今回は、デンチャンの料理教室?にとめてもらいます。
私の中学の同級生、デンチャンは、料理研究家。
スタジオを持っています。彼女のニックネームは、
大河内伝次郎からとったもの。
そうねえ、若い人は分からないでしょうね。
昔、むにゃむにゃとセリフをいう、じじい俳優がいて、
それが、大河内伝次郎。波が砕ける東映マークの侍映画に出ていたんです。


日曜日、妹と一緒に、教会に行こうと思います。
来なくて、いいがら、おねえさん。と言うのですが、
行ってみたいと思います。妹は、カトリックの敬虔な信者です。
私は、キリスト教の学校に行きましたが、信者ではありません。
その昔、洗礼を受けようと思って、教会で相談したら、
「貴女の考えは仏教的な考えだから、もう少し考えてからにしなさい」と言われました。
実は、私、その教会の牧師様に「熱をあげて」いたのです。
なんと、罰当たりな。
ステンドグラスの前で、説教をなささる深田牧師。
日曜日に教会に行く度に、胸がドキドキしていました。
そんな、似非クリスチャンを、先生は、お見通しだったのですね。
だから、洗礼をされなかった。
でも、今回は、久しぶりに教会に行ってみたい。


震災以来、ひとときも、忘れたことのない仙台。
私は、仙台があまり好きではなくて、いつも、いつも、
仙台を離れることだけ考えていました。
でも、明日は、その仙台に行きます。
今回の私のテーマ。

祈り。

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