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ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

つかこうへいと増井光子さん

「つかこうへい」...................私が、東京の乃木坂に住み、未婚で子供を育てていたとき、まだ生まれたばかりの長女を連れて、彼の講演を聞きに行きました。確か、港公民館?だったと思います。満員でした。子供が泣きませんようにと、祈りながら聞いていましたが、娘は講演の間、すやすやと眠っていてくれました。彼の講演?実はあまりよく覚えていないのです。元気のいいせりふが一杯出てきていたのは覚えているのですが、中身は全く覚えていません。私が「つかこうへい」のことを好きだったかと言えば、それも疑問です。演劇は好きでしたが、彼の演劇を見に行ったことはないのです。もっとも、仙台から東京に妊娠7ヶ月で出て行って、東京で一人で出産、そしてアルゼンチン行き.......演劇などを観にいく時間も余裕もありませんでしたしねえ。だから、どうしてあのときに、無理して、「つかこうへい」の講演を聴きに行こうと思ったのか.......分かりません。それにしても、私とあまり変わらぬ年齢で、彼は、急いで向こうの世界に逝ってしまいました。あの時に一緒に「つかこうへい」に会いに行った娘はもう30歳。また、時が飛ぶように過ぎ去っていくのを感じます。

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「増井光子」.................増井光子先生とは、先日、東京のエンジュランスの集まりFRC(フリーダムライディングクラブ)の講演会で初めてお目にかかりました。テーブルも隣。エンジュランスのライダーとしてどのように自分の身体のフィットネスを維持するか。とくに、シニアライダーとして。という内容で、彼女が毎日いかに、フィットネスを大切にしているのか、努力をしているのかが理解できました。あの彼女だったら、恐らく100歳まで頑張れるに違いないって思いました。彼女のようになりたいなって......羨ましくも思いました。ところが、その彼女の訃報を、ニュースで読みました。英国で乗馬中に落馬され、そのまま病院で亡くなったことを知りました。お目にかかったときに、私はDINGOのことを彼女に話し、日本へつれてくるためのサポートをお願いしました。増井先生は「DINGOは、単なる犬でしょう」と、おっしゃり、私は、ちょっとがっかり。いえ、「DINGOは、何千年も前にオーストラリアに棲んでオーストラリアの生態系と切っても切れない関係にあります」先生は「でも、DINGOはすっかり変わってしまって、丸っこい顔になっていると聞きますよ」と、しきりにDINGOのオーストラリアの生態系に於ける存在を無視されるので、いつか、じっくりお目にかかり、再度先生にDINGOについての「講義」をさせていただこうと思っていたところでした。73歳だと言いますから、早い逝去だと思います。でも、DIE FIT、元気に死ぬというのは、もしかして素晴らしい死かも知れません。とくに、先生のように元気な方にとっては......


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昔、「死」は、遥かかなたにありました。長じて、「死」が怖くなった時期があります。高校生の時でした。「自分」というアイデンティティ(自己感覚)が強くなり、その「自分」が「死ぬ」ということはどういうことなのか、死ぬと「私」は、一体どうなってしまうのかと毎晩考えてしまっていました。考えれば考えるほど、恐ろしくなり、眠れなくなったのです。それがいつしか、また遠くに行ってしまい、次に「死」のことを考えたのは、上の娘がお腹に入っているときでした。新しい命が生まれるというのに、私は毎日「死」について考えていました。これまでこの世に存在しなかった「命」はどこから来たのか。そしてこの生まれた命はどこにいくのかと考えたからだったと思います。「死」についてもっと知りたいと思い、色々な本を読み漁りました。その中に「チベットの死者の書」がありました。今でも本棚においてあります。あれから30年も経ったのに、まだ棄てることができずに手元に置いてあります。

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「チベットの死者の書」は、昭和49年に第一版が出されています。現在は何版なのか、絶版になったのかどうかも知りません。ちょっと本棚からこの本を持ち出してきました。この本は、東京からブエノスアイレス、そしてシドニーに、私から離れずにずっと付いてきた大切な本のひとつです。でも、読んでいなかった......訳者のおおえ まさのりさんが書いている前書きをちょっとご紹介します。「...............生は死を経て輪廻してゆくのではなく、わたしたちはいまここで輪廻を生きているのだと認識するところから、この書が読まれれるならば、わたしたちは一層生の実存の深みへと分け入っていくことができるでしょう。というのは、究極的な実在。ないし精髄的な知恵を明示する空(くう)、クリヤー・ライト、あるいはタタター(真如=あるがまま)などという言葉がさし示しているものは、今ここにいる私たち自身を離れてどこかにあるものではなく、この一瞬の他に、彼岸とか、解放とか、涅槃とかよばれるものはありはしないからです。...............覚者(ブッダ)は、探して見出されるはずがない。それ故、自分自身の心を見つめよう........

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「今」を大切にしろということなのだと..............理解しています。「つかこうへい」さんと「増井光子」先生に合掌。
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