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ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

日豪の間を行ったり来たり。膵臓のないアラエイト。仕事もフル回転。

銀の鈴

昨日は、大阪から東京に戻りました。大阪から熊本まで行って、それから東京まで、そして北海道という計画を立てていましたが、とりあえず計画変更。まあ、身体の調子を考えるとそれでよかったのかも知れません。大阪で、JOHNと分かれて、JOHNは仕事のために韓国経由で上海。月末にオーストラリアで会うことにしました。彼から、色々私が知らなかった中国事情を聞くことができました。でも、今から中国に行って仕事をする気力はないなあ。中国ビジネスは、若くないと無理かも知れません。大阪から東京までは、死ぬように眠りました。いびき?かいたかも。

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東京駅でMICHIOさんと待ち合わせ。とりあえず銀の鈴で待ち合わせしたのに、「新幹線を出たところです。上まできませんか?」と言ったのが間違いのもと。彼は20分経っても見えません。もっとも、その間、私が電話で他の人としゃべっていたのも悪かったのですが。結局、また銀の鈴に行って、やっと落ち合いました。最近の東京駅は、めまぐるしく変わっており、やっぱり「銀の鈴」の待ち合わせが無難のようです。さて、落ち合ってから、川崎に出かけました。川崎競馬場に。MICHIOさんの知っている調教師の方とお目にかかるのが目的だったのですが、調教師の部屋に行ったら、何と25年ぶりで、「武井調教師」に会いました。髪の毛が白くなっているだけで、全く、昔と変わっていません。「俺、65になったんだよ」って。いや、50ぐらいにしか、いえ、私がお目にかかった25年前とほとんど変わっていなかったので、何だか狐につままれた感じがしました。そういう方もいるんですねえ。「あんとき、真理ちゃん、血統評論家の先生とよく喧嘩していたなあ」って、面白いことを思い出してくれました。そうなんです。あの当時、血統評論家の山野さんと、人前でよく喧嘩をしていたのです。私も若かったのだと思いますが。


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当時は、今では亡くなられたインターの松岡氏が様々な人たちをオーストラリアに連れていらして、武井さんもそのグループの一人でした。思い返せば、山野さんがオーストラリアに連れていらした方々の中には、日本の競馬界を代表するような方が大勢いらっしゃいました。戸山調教師のように、おなくなりになった方もいますが、まだまだ元気にされている方もいます。そういえば、ウオッカの谷水さんは、一家そろってオーストラリアにいらしたことがあり、一緒に、ピンクのリムジンでゴールドコーストを走ったのは、愉快な経験でした。今30歳になる娘のことを、この前「あのお嬢さんはどうしたかなあ。僕の膝の上で寝ちゃったよねえ」って。


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今日は、馬の世界でないKATSUMIさんに、築地の「三代目」というお店につれていっていただきました。午後の打ち合わせが終わり、KINKOSで仕事をしたら、ちょっと時間があったので、電話をしたのです。「今日はあいてます。美味しい魚の店に連れていきましょう」って。本当に美味しかった。大きな牡蠣から、ほたるいか、サーモンに、とりがい。「蕁麻疹の時には、生ものを食べないように」って漢方薬局の方から言われましたが、誘惑に負けておなか一杯食べました。このKATUSMIさんは有機農業をウイークエンドにしているのですが、彼と農業の話、私のアルゼンチンの時の話、中小企業の苦しい台所の話など、ありとあらゆる話をしました。楽しい会話と美味しい食事。ほんとうに、これにまさる喜びはありません。そうそう、彼は、身体障害者の方々と一緒に、こんど農業ビジネスをするプロジェクトを立ち上げるそうです。自分のことだけでなく、障害を持った方々のために、がんばる。本当に、いいですよねえ。私もぜひ参加したいです!
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