ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

ユーロヴィジョン?ユーロビジョン?

ユーロビジョン?ユーロヴィジョン?そう、ヨーロッパ全土をカバーして行われる音楽祭のことです。我々の若い時に、人気が出て、このコンクールから、アバが出たり、他にも、我々にとっては懐かしいヒット曲が出ています。娘が、昨日、うちに泊まって、オーストラリアの民族放送局であるSBSチャンネルで、観ていたのはこのユーロビジョン・コンクール。「何だか古臭いわねえ」って言ったり、「何なのよ、あの衣装」って、くすくす笑って観ていました。

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我々の時には、ユーロビジョンと言っていたのですが、最近、日本での英語の表記も変わって、ユーロヴィジョンと書いてあるものもありますよね。もっとも、どちらにしても、日本ではあまり関心がないようですけれど......。私たちだって、あまり関心がありませんし.......それにしても、あの「アバ」が、このユーロヴィジョン・ソング・コンテストでグランプリをとったにのは、1974年なんですってね。あっという間に時が経ちますね。ちょっとユーロヴィジョンについて調べてみたら、何と第二次世界大戦の終戦後、すぐに始まったようです。知らなかったなあ。その前からあるイタリアのサンレモ音楽祭を真似て作られたとか。サン・レモ音楽祭も懐かしいですよねえ。最初のユーロヴィジョンの参加国数は、わずか7ヶ国。それにしても、その後ヨーロッパが復興して、それから、ヨーロッパ共同体になり、ユーロのユーロが共通貨幣になり、今、そのユーロの危機が、叫ばれている。ユーロヴィジョン、今年の参加国は、39ヶ国だったと言います。全ては、河の流れのように.......



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6月末で、今の事務所を閉めることにしました。いえ、会社を辞めるということではなく、「仕分け」の結果、メジャーなリストラクチャリングをしようと思ったのです。私が、あまり事務所にいなくなったし、働いてくれる人もHIROMIさんだけになったので、経費節減をするために、私の家に、事務所を移すことにしたのです。とはいうものの、今いる事務所の整理から、うちの整理まで。凄い量の仕事が!そして、その合間に、他の仕事も!! しかし、どこからか始めなくてはなりません。週末に、私の仕事場の整理を少し始めました。そうしないと、事務所を引っ越すことが出来ませんからね........まあ、それにしても、必要のない書類の多いこと。多いこと。全部 CRAP。つまり、便秘で溜まっている、「うんち」のようなもの。きちんと、市場調査をせずに、私の期待感だけで、これまで動いて来たことのPROOF(証拠)がこの山のような書類となってしまいました。そして、このような不要なデータや書類。これは、皆、「うんち」です。だから、トイレで処理をしましょう。週末だけでは、処理できそうもないので、この人生の清掃作業は、日本出張まで続きそうです。

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週末は、6月11日に中京大学で行う、私の講演のレジュメ作りと、パワーポイント制作。パワーポイント。私、初めての作業です。でも、今年は、今までやってこなかったことに、全て挑戦しようと思っているので、るんるんしながら(そうでもないか)がんばっています。
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変わらない日本社会

「なぜ、要望があるのだったら、もっと早く、しかも文書で言わないのかしら」と、昨日、雨の晴れ間を見つけて愛犬サリーの散歩をしながら、私はメルボルンのJINさんに電話で、愚痴りました。雨といえば、シドニーは、私がこちらに戻ってきてから、晴れたのはたった1日だけ。昼はちょこっと晴れても、夜にはまた雨。私の大好きな洗濯も出来ません。イライラ。「いいたい事があれば、何でも言ってくださいと、最初から言っているのよ。でも、言わない。で、後から言ってくる。これって、昔の日本人はどうだったのかしら」聞いたら、JINさんは「いやあ、昔も今も、日本人はそんなもんですよ。言うと悪いとか思って、言わないですよね」「そうか、日本人は、まだ変わらないんだ」ネゴシエーションという言葉も虚しくなるような、仕事の方法。根回しだの腹芸だの,,,,,,,,日本人社会はまだほとんど変わっていなかったのだ........道理で、世界から見はなさられるはずだ.........今回のことに関して、オーストラリア人は言いました。 THEY ARE DISHONESt..............今まで、世界で日本人ほど正直で誠実な人間はいないと思ってきたのだけれど、それは、大いなる誤解だったのかも知れません。


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このところ、仕事の夢ばかり見ていました。ずっとずっと見ていました。一夜たりと、今回の仕事について忘れたことはなく、それが夢になって出てきているのです。60年間、そんなことは一度もありませんでした。憑かれたようになって仕事をしている、その仕事の結果は.........遅遅としていて........見えません。昨日は、頭の中で、WHYという言葉がぐるぐる回って、そのまま何も続けられそうに思えなかったので、薬を飲んで寝ました。


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JINさんが「折り入って」相談したいと言ってきたのは、韓国に関することでした。「自分の思うようにやったらいいわよ」と彼に言いました。「他人が何と言っても、自分がしたいと思うことはする。しかし、するにあたっては入念に準備を進めて、そのしたいことが出来るだけ成功するようにがんばれば、たとえ、その目的が果たされなくても、何か必ず得られるものがあるから」と言いました。そう、私はそれを信じています。といいながら、短い散歩から戻ってきて、主人の作ってくれる夕食を待つ間に、ずっと懸案だった、昔の写真のスキャンを始めました。アットランダムにし始めたのですが、何と、こんな写真が見つかりました!スキャン0012-1スキャン0011
 実は、これ何年前か韓国出張をしたときに行ったマッサージ店で「チマチョゴリで写真撮れます」って日本語で書いてあったので、ああ、夢が適う.....とばかりに撮ってもらったものです。私は、韓国のチマチョゴリが大好き。派手な色の組み合わせも、スタイルも大好きです。とこんな風になりました。韓ドラの主演にはなれないけれど、美しい女優をいじめる、意地悪なオモニ(母さん)か、アボジ(おばちゃん)にはなれるかも!ところで、韓国から戻った時にこの写真を主人に見せたら「ばかげてる。すぐ片付ける」と、ほとんど見てくれませんでした。WHY? こんなに美しいのに!?


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スキャンし始めたら、何千枚もの写真があることに気がつきました。これらの写真は陽の目を見ることもがなく、私が死んだら、ほとんどは意味のないものになり、もしかして棄てられるのか知れないと思いました。したがってできるだけ多くスキャンしたら、アルバムとして編集して、英語の説明でもつけて、娘たちに渡したいなと思いました......が、その時間あるかなあ。

あああ、シドニーは、今日も雨だった

シドニーに着いてから、ほぼ毎日雨です。途中、ちょっとだけ晴れて虹を見ました。日曜日の昼間、黒い雲の晴れ間から虹をみて、例によって写真をパチリ。主人が、二つ出ているのが見えるかといいましたが、二本目はちょっとVAGUEで分かりませんでした。P1070436.jpg  虹は不思議です。虹をみると、絶望的な状況の中でも何かいいことがあるような気がしてきます。日本でも虹を見ることがあるのでしょうか。あなたは、最近どこで虹をみましたか?そういえば、主人の父が、シドニーからおよそ700キロ離れた海辺の町、パンビュラで亡くなった日に、海に虹がかかり、いるかがやってきて、虹のアーチの中に姿を出したと主人が言っていました。主人の父が、思い出のそのシーンを家族に残したかったのでしょうか。そして、そのときに、700キロ離れたシドニーで、私たちは、虹をみました。 SOME WHERE OVER THE RAINBOW.......虹を見ると必ずその時のことが思い出されます。


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今、時間をマジシャンのようにジャグリングしています。あと2週間弱しか、シドニーでの時間がないのです。できるだけ主人に逆らわないようにして、彼がしたいように「おい、ご飯」「ハイ」「おい、寝るぞ」「ハイ」「行くぞ」「ハイ」..........ひたすら彼に従っています。それが、短い時間しか一緒にいない時のルールだと思っているのです。しかし、正直言って時間がない。日本に一月以上もいて、最近は、馬のベッディングの仕事に集中していたので、他のビジネスが完全に後手後手になっています。これは、本当に本当に心配ごと。泣き語というなよ。と、弟の知った激励が聞こえて来そうですけれど。つまり、主人と一緒にゆっくりしたい時間が欲しいのだけれど、仕事のことを考えると全くない。本当にどうしたらいいのか......途方にくれてしまいます。

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とはいうものの、土曜日の夜、娘が借りてきた「INTO THE WILD」という映画を三人一緒に観ました。時間がないと言わずに、「今」三人で一緒に出来ることに集中しようと思ったのです。「あなたが、自然に関わる映画を観るなんて、珍しいわねえ」と言ったら、叱られました。「失礼ねえ。私だって、自然を大切に思っているし、自然の映画を観ることはたくさんあるわよ。お母さんの自然の映画って、いつも、キュートな動物が出てくるだけの’似非’自然映画でしょう」とものすごい勢い時間をとるよりは、まずは一緒にいる時間を楽しむことにしました。それにしても、この映画は面白かった。悲しい映画でしたけれど......2007年の映画なので、もうごらんになっている方もいると思いますが。まだでしたら、ぜひDVDで、どうぞ。イン・トゥー・ザ・ワイルド 三人が久しぶりにリビングルームに集まって、じっくりと映画鑑賞をした貴重な時間でした。


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さて、家に着いてからは、私のこのマジック・ウオークマンは一度も使っていません。P1070435.jpg
戻ってきてすぐに、クラシック音楽と、ピアソラやソーサのアルゼンチン音楽、そのほか、JAZZも色々。様々な音楽をいれた後に、それから、私の尊敬する?綾小路キミマロの漫談も、我が友人で、天才動物トレーナーのスティーブ・オースティンが出したCD、ミラクルウオーカーという講演会のCDも入れて、参考になるかなと「オーストラリア英語」のCDも入れこみました。オーストラリア英語のCDを、ちょっと聴いてみたら、もうひっくり返るほど馬鹿らしい会話を教えていました。なんじゃこれ。私なら.....もっと、生きたオーストラリア英語を教えられるなあ。日本の英語教育って、だめだなあとつくづく思いました。NHKの英語の番組など、うちの娘が日本に行った時にみて、ゲラゲラ笑っていましたから。でも、NHKほどの団体がどうしてそんな間違いをするのでしょうねえ。さて、仕事しなければ。

ミュージカル・トリップ

「今川焼」買ってきて、とお代官様(娘)が写真を送ってきました。成田発11時5分(だと思っていた)シンガポール航空に乗る前に、買い物をしました。朝ご飯を食べなかったので、まずは、第一ターミナルの私の大好きな店でお茶漬けを食べました。ここは、お茶漬け専門店です。それから、「もちろん」スタバに行って、美味しくないけれどエスプレッソ・マキアートを飲みました。気になったのは、スタバで働いている女の子たちの声。「いらっしゃいませええ」と首を絞められたような喉から出る声で言われました。こういう声は最近、あちらこちらで聞かれますが、スタバの店員はほとんどがこういう声を出します。マネージメントよ、何とかしてくれ!彼女は、また潰れた喉声で言います。「マキアートのお客さまあああ」本当に止めて欲しい。いつから、日本人はこんな声を出すようになったのだろうか。もっとも、接遇の神様とあがめられる、あの変なオバサンの声もキーキーしていますよねえ。昔、日本人はこんな声を出す人はいなかったと思います。へつらいの声、.....と思いながら、しかたなく偽エスップレッソを,喉に流し込んで、それから、ひとしきり「今川焼き」を探しましたが、ありません。ない。どうしたらいいのでしょう。また、お代官様に叱られてしまいます。木曜日、日本を発つ前に、お代官様に買うように言いつけられたコンシーラーなるものを、買いに大手町のLOFTまで行ったときにも、1時間ぐらいうろうろして見つからず、オーストラリアまで電話してお代官様に聞きました。見つからないの四。と、電話口で「前に、買ってくれたじゃやないの。どうして見つからないのと叱りを受けました。おどおど。仕方なく、似たようなものを買ったのですが、間違ったら、首を切られるかも知れない、そして、今度は、今川焼きも見つからない。お代官様に二度も首を切られるかも。一生懸命探しましたが......今川焼は見つからず、結局成田さんのうすかわ饅頭や、他に、甘いものをいくつか買って、これで許してもらおうと思いました。

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最後に、「あっ、上の娘の彼氏に、ユニクロのショートパンツを買えって言われたな」とユニクロに。そして、もうそろそろ時間かもと、出国手続きまで出かけると.......何と言うことでしょう。私の時計では、もう11時5分前。飛行機は11時5分に出る! 悲鳴を上げて、パイロットなどが通る税関の窓口に。「すみません。すみません、私の時計が間違っていて......というより私が間違っていて.......もう時間が迫っているのです」ほぼ泣き声で頼んだら、「いやあ、もう出発しているかも知れませんよ」と言いながら、係官が、搭乗口まで電話してくれました。11時20分の出発ですが、ターミナルの端までいかなければなりません。急いでいってください」そして、ターミナル1の端から端まで、走り続けました。荷物を持って、本当に走ったのです。それは、それは長い距離でした。そして、あっ、と思ったら、皆がまだ搭乗しています。あああ、私は喜びで泣き崩れそうに......ゴールドカードです......と一般の人(すみません)を押しのけて、席まで行きました。息が切れていて、汗がどくどく。あっ、成田の税関の係官の皆様、皆様の親切に感謝申し上げます。

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人心地ついてから、映画を観ました。LE CONCERT 日本語のタイトルは「オーケストラ」ちょっと違うなあ。「コンサート」でしょうが。
あらすじを、他のウエッブから借りました。

ボリショイの劇場で掃除夫として働いているアンドレイ・フィリポフは
30年前までその劇場で指揮者として活躍していた人だった。
そのときブレジネフ政権下のソ連では(ユダヤ人などを始めとする)マイノリティー迫害政策を
行なっていた。その政策に従わなかった彼は職を追われてしまったのであった。

彼はチャイコフスキーのヴァイオリン・コンチェルトを演奏している最中に
「Un Ennermi du peuple(人民の敵)」という台詞で止められてしまうのですが、
その台詞が凄く印象的で…当時のソ連がどれだけ恐ろしかったのかということがよく分かりました。

ある日、彼が支配人(艦長)の部屋を掃除していたときに、
パリのシャトレ劇場から演奏会の依頼が記されたFAXが届く。
たまたま支配人がいなかったのもあって、彼はその紙を盗む。
そして、友人のサシャにボリショイ管弦楽団だと偽ってシャトレ劇場で演奏しないかと話す。
フランス語が話せる共和主義の男(かつてアンドレイを挑発した)に助けてもらい、
なんとか演奏会への参加をシャトレ劇場に知らせることができた。
…そして、彼は30年前一緒に演奏したオーケストラのメンバーを探し始める。


この後、思わぬ結末になりますが、この映画には、笑いも涙も隠されていました。そして何より美しい音楽が一杯。もちろん、観ながら泣きました。チャイコフスキーを聴きながら......ぜひぜひお勧めします。あっ、映画の中の女優、メラニー・ローランが本当に美しく素晴らしい演技でした。melanie_convert_20100523191809_convert_20100523192103.jpg


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次は、シンガポールからシドニーまで。シンガポールでシャワーを浴びてすっきりしてから搭乗。いつものように、ベジタリアンミールを頼んで、食べながら観ましたが、なんと2時間の長時間映画。2度ほど居眠りをして、観終えたのはシドニーに着く直前でした。でも、これも面白かった。 LO DON GIOVANNI 日本で公開された時のタイトルは違っていたようでしたが、「我、ドン・ジョバンニ」というのが原題。この映画について誰かさんがつぶやいていました。関心のある方はどうぞ。LO DON GIOVANNI について イタリアの劇作家とモーツアルトの出会いです。忙しい時間の中でいつも暮らしていて、なかなかモーツアルトを聴く機会もありませんでしたから、この映画も楽しみました。今回は、本当に、ミュージカルな旅でした。家に戻って、ウオークマンに早速、たくさんのクラシック音楽を取り込みました。また、飛行機の中で聴こうっと。


☆ ☆
シドニーに着いたら冷たい雨が降っていました。家に戻ってしばし仮眠。愛犬サリーがぴったり寄り添って寝てくれました。それから、お代官様が家に来ました。おどおどと日本から買ってきた「貢物」を差し出しましたが、THANK YOU!って言ってくれました。買ってきたコンシーラーは、どうやら違うものらしかったのですが、「まあ、いいか」って許しくれました。久しぶりに、家族三人プラス一匹で夕食を食べました。本当に嬉しかった!I love my family!!

テーマ:オーストラリア - ジャンル:海外情報

さらばJAPAN

実は、ウオークマンを買ってしまいました。iPODをと思いましたが、予算がありません。いえ、予算はゼロなのですが、どうしても、気持ちをアップするために、音楽を手元におきたいと思って買ってしまいました。飛行機の中では携帯が使えませんし、あまりたくさんの音楽が入りません。今日の午後、ビッグカメラに、j携帯の代金を払いに行ったのに、ついつい音楽のコーナーに入ったら、若くて感じのいい女性店員に勧められてしまって、「欲しい」という気持ちがあったので、ついつい買ってしまいました。ピンクのウオークマン。もっとも、飛行機の中では聴きながら寝そうですが。


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中島みゆき、山口百恵、徳永英明、エラ・フィッツジェラルド、ザ・ビートルズ、エルビス・プレスリーにエルビス・コステロ、それから、キリ・テ・カナワ、アンドレー・ボッチェリー。まるでごった煮の私のウオークマンです。いえ、もっと入っているのですが、全部お教えする時間がないのです。

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今夜は、DOG ONE GINZAのCHIHIROさんと夕食。彼女の新しい銀座の学校を見せていただいて、それから、本当に美味しいフランス料理の店につれて行っていただきました。ホントに、美味しかった。そして、ホテルに戻り、最後のパッキングして、今の今まで、新しいウオークマンと格闘して、ついに、全部の音楽を入れました。さあ、飛行機の中で聞きましょう。と、またシンガポール航空でオーストラリアに戻ります。またオーストラリア便りをお伝えします。では、バイビー。

へええ.....

最近の日本のテレビは大嫌いです。軽い「お笑い」芸人が、べちゃくちゃ、べちゃくちゃ。私はその昔テレビで仕事をしていたので、自称テレビ人間ですが、最近は、本当にいや。独り住まいの、部屋に戻ってくると、「つい」テレビをつけてしまいますが、お笑い芸人や、変な声(私は声に大変こだわりがあります)のガキんちょ娘たちが、頭から声を出していると、OH NO!すぐ消してしまうようになりました。それから、ニュース番組の低劣さ。稚拙さ。どこの番組をかけても、まるで千歳飴のように、「普天間」「鳩山」「小澤」。宮崎の口蹄疫などは、非常に重要だと思っていたのに、取り上げ始めたのは最近。そうそう、青筋たてているお笑いの出身の馬鹿知事も、見ているだけでNO GOOD!

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でも、見てもいいなあというのは、クイズ番組。もっとも、出演者たちの「へえええ....」というあの奇声はいやですけれど。色々知らないことがありますよねえ。勉強になります。漢字なんて、読めないのがたくさん。もっとも、海外「逃亡」生活30年ですから、あまり知らないのは....当たり「前田のクラッカー」クイズ番組ではありませんが、先日、北海道の社台ファームにお邪魔した時に、物知りの美貴ちゃんが、どうして、上水さんが、「かみみず」と「うえみず」さんになったのか、なぜ、三枝さんが、「さえぐさ」と「みえ」さんになったのか、教えてくれました。聞いていて私も「へえええ」門別のファンタストクラブの入り口近くにある「上水牧場」は、うえみずさん、私の知っている「上水」さんは、「かみみず」さん。そのときは、「へええっ」って聞いてきたのに、東京に戻ったら、その理由を忘れてしまいました。私って、頭が悪いのですねえ。

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前にドーミーイン八丁堀をよく使っていたときに、「高橋」が近くにありました。これは「たかはし」ではなく、「タカバシ」なんだそうです。偶然なのですが、今泊まっている場所の近くにも「高橋」がかかっています。これは、「たかはし」?だと思ったら、同じく「タカバシ」なんだそうです。東京にはいくつ「タカバシ」があるのかしら?

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あいやあ、今朝もハヨからカンテラ下げてない......と今朝も、早くから起きて仕事に行きました。さて、カンテラををご存じない方のために........カンテラとは、オランダ語から来ていて「手提げ用の石油ランプ」のこと。ブリキ・銅などで作った筒形の容器に石油を入れ、綿糸を芯にして火をともす。それにしても、これは、昔の歌ですが、一体誰が歌ったのでしょうね。忘れてしまいました。オーストラリアのゲストたちが去って、その後、MICHIOさんと打ち合わせをして、仮住まいに戻りましたが、何だかエネルギーがない。午後6時半。コーンスープを作り、昨日、西船橋駅で買ったパンを二個食べて、横になって、NHKのニュースを観ていたら、寝てしまいました。その後、自分のいびきで起きてしまいましたけれど。いやあ、疲れているのですね。私。

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いよいよ、明日はパッキング。金曜日は、I am heading home 早く帰りたい。 【“へええ.....”の続きを読む】

やるっきゃない!

昨日は窓を閉めて寝たのに、やはり物音が聞こえてきて眠れませんでした。今日は、船橋で競走馬のトレーニングセールがあり、朝7時半ごろまで船橋に到着する必要があったのです。眠り薬を飲んだのに、電気の消灯の音や、そのほかに色々な音が聞こえて、何度もおきて、ドアをチェックしていたら何と朝の3時半になってしまいました。目覚ましは午前5時45分。結局まんじりもしないうちに、朝が来て、「やるっきゃないか」と出て行きました。今日は晴天。オマケニ暑い!少し予算を削って、展示のためのテントを借りなかったので、炎天下でのPR。まあ、その暑かったこと。もっとも、隣の富里農協の人たちが、スイカを一杯ご馳走してくれて、それはまあ、美味しかった! 今日は、革命的な麦稈の敷き料、ストローフェックスの宣伝でしたが、せり場では、大勢の方々の関心を惹いたようです。ほっとしました。

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明日は、そのストローフェックスを作っている会社のオーナーとジェネラルマネージャーが、成田に着きます。朝午前6時40分。ということで、私は、また、朝5時起きです。明日は、成田から美浦、美浦から東京に。夜までぎっしりのスケジュール。翌日も、東京で打ち合わせ。へとへと......といいたいところですが、だいじょうび。よく分かりませんが、最近アメリカからQーLINKなるものでできたペンダントを送ってもらってつけ始めてから、蕁麻疹はなくなるし、体調はいいし。もしかして本当に効いているのかも........これは、SRTというテクノロジーを使っているもので、欧米ではセレブやスポーツマンたちが使っているものです。

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嫌いなことは、パッキング。そろそろ、オーストラリアに戻る日も近づいていて、広げっぱなしのスーツケースの整理が迫っています。おまけに、今回は、家財道具、とくに、キッチン用品がかなり多くなっており、当然ながらオーストラリアにはもって行きませんが、これをどうするか、頭が痛い!とはいっても、やっぱり「やるっきゃない」

さて、そろそろ眠ることにします。タブレットを2錠飲んだらいいのか、ちょっと迷っています。おきられなくなったら困りますからね。「ねるっきゃない」

涙のTOKYO シングルライフ

今日で30日目の日本です。60歳過ぎて突然のシングルライフに、泣いていたのですが、止めました。泣いたって、仕方がない。自分で決めたのですからね。今回は、今回の滞在最後の週末。昨日は、夕方から打ち合わせに出ましたが、「家」に戻って、おなかがすいたので、スパゲティを作りました。気がついたら塩がない。塩がなければ、美味しいスパゲティは出来ませんけれど、オリーブオイルとチーズで何とか「命をとりとめ」ました。きのこと野菜を入れました。今朝は、チョリゾと卵ときのこでブレックファースト。さっき、遅いランチをしました。いや、夕飯かな。スパゲティ・ア・ラ・ナットー。納豆を食べたかったのですが、ご飯で食べたくなかったので、スパゲティと一緒に食べることにしました。オリーブオイルをたっぷり使い、パセリとトマトを入れて、それに、納豆についてきたマスタードと塩・胡椒。胡椒はたっぷり使いました。P1070363.jpg ちゃんとしたフォークがこの長期滞在型ホテルにはおいてないので、さっき、スーパーで買ってきました。結構高いですよねえ。350円もしました。しかし、プラスチックのフォークと食べるのとは大違いです。人間は食べればいいっていうものでもありませんね。

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今、滞在しているところは、東京の下町です。引き戸の家が多く、「こんにちわ」と入っていけば、戸があいてそうな感じです。昨日、誰かが、そうして入っていっていましたから、こんな物騒な世の中になっても、もしかして、ここの人たちは昼間は鍵をかけていないかも知れません。驚いたのは、どこの家の前にも、花が咲き乱れていること。中には、野菜を作っている人もいました。コンクリートの道路にコンクリートの家、なのに、花と緑が一杯なのです。P1070359.jpg 歩きながら、写真を一杯撮ってしまいました。アジアではこうした光景がないでしょうから、やっぱり、JAPANかなって、ちょっぴり日本人しちゃいました。

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昨日は、小さな街のパン屋に入りました。元祖カレーパンって書いてあったので、つい、買いました。暖かいのを食べたら、VERY VERY GOOD!! それから、アンパンマンの形をしたアンパンを見つけました。このところ、甘いものが多いので、あまり食べちゃいけないのですが、つい買ってきてしまいました。家に戻るまで顔がつぶれていましたが、ハイ、パチリ。写真を撮って、娘たちに送りました。P1070358.jpg
下の娘は特に、アンパンマンのビデオを観て育っているのです。アンパンマンは君だ!

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昔は着道楽。かつて、洋服が「着られないほど」あった私です。でも、最近の不況?であまり買えなくなりました。といううより、あまり欲しくなくなったのです。でも、やっぱり欲しいのはカラー。カラフルなものは、欠かせません。この他にも、紫や、薄紫もあります・ユニクロで、こんな明るい色のシャツを買って、ジャケットと組み合わせて着ています。P1070364.jpg  「真理ちゃん、外国の人は年をとるほど、明るい色の洋服を着るのよ」と言った母の言葉が生きています。グレーをきると、心がグレーになっちゃうような気がします。いえ、私の場合には。

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昨日の晩は、眠れませんでした。身体がすごーく疲れていたのに、「音が聞こえてきて」誰かが、私の部屋に忍び込んでくるような恐怖に襲われたからでした。ドアの鍵を3回ぐらい調べて、もうひとつのドアの前に、ベッドや椅子や机でバリケードを張って、誰かが来たら、窓から大声で助けを求めるつもりでいました。眠り始めたのは朝方でした。9時半ごろ起きて、カーテンをひいたら..........な、なんと、窓が開いていました。つまり、窓を閉めていなかったのです。どうりで、音が聞こえてきたはずだ。ふうう。これまでは、主人が傍にいました。暴漢が入ったら、主人が助けてくれると思って、すやすやと寝ていました。でも、最近は独り............主人と「いっしょに」死ぬということはないのだから、今回、もしかして、主人は「私が先に死んだ場合の」、私は「主人が先に死んだ場合の」練習をしているなって感じました。考えたら、また涙が出てしまいました。そうそう、涙が出たといえば、コンピューターのデスクトップに、うちのサリーの写真を入れたのですが、見ているうちに涙が出てきたので、止めてしまいました。年をとると、涙もろくなってしまうものです。


悲しみのズンドコと歌の鼻毛

昨日北海道に渡り(?)、今日北海道から戻りました。風のように行って風のように東京に戻ってきました。実は、かなり疲れていて、というのも、しゃべり続けたからです。自分でもちょっとしゃべりすぎじゃないかと思ったのですが、喋りが止まらないのです。ちょっと病気ではないかと心配しています。なぜなら、独りでホテルにいても、つい独り言が出てしまうのです。恐らく、ストレスがたまっていて、それがしゃべりに出ているのではないかと、自己分析しました。もっとも、生まれてからずっと、しゃべりまくっているから、それは持病なのではないかという人もいますけれど......。いずれにしても、羽田に着いて、ホテルまで戻るまで、どうしても、一息つかなければ、心を落ち着かせなければ..........と、思いました。そのまま、ホテルに戻り、しゃべり続けるのは「まずい」と思ったからです。そこで、まずは、飛行場のCAFEでコーヒーを飲みながら、シュークリームを食べました。オーストラリアに電話したら、主人が「疲れているのだから、何か甘いものを食べなさい」といったからです。それから、本屋に入りました。見つけたのは「声に出して笑える、日本語」というタイトルの本を買いました。いやあ、これは当たった!

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京成電車に乗って、本を読み始めました。まず、あるアナウンサーの間違いが書いてありました.......「ご遺族は、今、悲しみのズンドコに沈んでいます」うふふ。思い出すなあ。宮城テレビのアナウンサーだった時に、当時の上司だった安斉さんが、話してくれたこと。九州の関門海峡大橋が開通した時に、それを記念して行われたコンサートの司会を、安斉さんがした時のことです........じゃじゃじゃん、と音楽が鳴って、大きな声でコンサートの開幕を知らせる大切な瞬間に、彼は、「歌の鼻毛」と言ったらしいいのです。当然「花の宴」のことでした。でも、アナウンサーなら、皆、ひとつは二つは、こうした赤面経験を持っています。私は、自分の担当番組で、「さあ、雨の日には雨に気をつけましょうね」と言って番組を終えました。生番組の時代です。そうです。「雨の日には車に気をつけましょうね」と言いたかったのです。同僚のアナウンサーは「皇居」という言葉を忘れて、「天皇のおうち」と言って、叱られました。


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本を読んでいる間に、私は段々リラックスしてきました。声は出しませんでしたが、笑ってしまいました。「海のモズクと消えました」と言ったアナウンサーの話。「曲者」を「まがりもの」と言った人。「これは立派なカネジトウです」と言った人、つまり「金字塔」のことですが。野球でバントをバンドといったり、「空振り」を「かなぶり」と言う人。くすくす。そして、アンパイヤをアンパンヤという人。ゲラゲラ。時期「なおはや」と言ったり、「俺ってガイコンシャ」と言ったりした人たち........電車の中で、私はにやにや、くすくす。おっ、誰かに見られたかなと周りを見渡したけれど、ほとんどの人が、携帯で忙しい。ほっ。


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というわけで、私の一時的な心の病?は、直ったのです。それにしても、結婚式で「ふつつかな娘ですが」というとっころを「ふしだらな娘ですが」とある親父が言ったくだりでは、くっくっくっ。ガッツ石松が「あなたの座右の銘は?」と聞かれたら「いってんご」と答えたところでは、もう、笑いをこらえるのが苦しくなってしまいました。あっ、これは、つまり「左右の目は」と聞かれたと思ったらしいのです。ガッツ石松って面白いですよねえ。ホント、あんまりおかしくて、ちょっとおならが出そうになりました。


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さて、久しぶりに、おならの話をしたら、何だかすっかり「私らしさ」が戻ってきて、今夜はゆっくり眠れそうです。

銀の鈴

昨日は、大阪から東京に戻りました。大阪から熊本まで行って、それから東京まで、そして北海道という計画を立てていましたが、とりあえず計画変更。まあ、身体の調子を考えるとそれでよかったのかも知れません。大阪で、JOHNと分かれて、JOHNは仕事のために韓国経由で上海。月末にオーストラリアで会うことにしました。彼から、色々私が知らなかった中国事情を聞くことができました。でも、今から中国に行って仕事をする気力はないなあ。中国ビジネスは、若くないと無理かも知れません。大阪から東京までは、死ぬように眠りました。いびき?かいたかも。

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東京駅でMICHIOさんと待ち合わせ。とりあえず銀の鈴で待ち合わせしたのに、「新幹線を出たところです。上まできませんか?」と言ったのが間違いのもと。彼は20分経っても見えません。もっとも、その間、私が電話で他の人としゃべっていたのも悪かったのですが。結局、また銀の鈴に行って、やっと落ち合いました。最近の東京駅は、めまぐるしく変わっており、やっぱり「銀の鈴」の待ち合わせが無難のようです。さて、落ち合ってから、川崎に出かけました。川崎競馬場に。MICHIOさんの知っている調教師の方とお目にかかるのが目的だったのですが、調教師の部屋に行ったら、何と25年ぶりで、「武井調教師」に会いました。髪の毛が白くなっているだけで、全く、昔と変わっていません。「俺、65になったんだよ」って。いや、50ぐらいにしか、いえ、私がお目にかかった25年前とほとんど変わっていなかったので、何だか狐につままれた感じがしました。そういう方もいるんですねえ。「あんとき、真理ちゃん、血統評論家の先生とよく喧嘩していたなあ」って、面白いことを思い出してくれました。そうなんです。あの当時、血統評論家の山野さんと、人前でよく喧嘩をしていたのです。私も若かったのだと思いますが。


☆ ☆

当時は、今では亡くなられたインターの松岡氏が様々な人たちをオーストラリアに連れていらして、武井さんもそのグループの一人でした。思い返せば、山野さんがオーストラリアに連れていらした方々の中には、日本の競馬界を代表するような方が大勢いらっしゃいました。戸山調教師のように、おなくなりになった方もいますが、まだまだ元気にされている方もいます。そういえば、ウオッカの谷水さんは、一家そろってオーストラリアにいらしたことがあり、一緒に、ピンクのリムジンでゴールドコーストを走ったのは、愉快な経験でした。今30歳になる娘のことを、この前「あのお嬢さんはどうしたかなあ。僕の膝の上で寝ちゃったよねえ」って。


☆ ☆
今日は、馬の世界でないKATSUMIさんに、築地の「三代目」というお店につれていっていただきました。午後の打ち合わせが終わり、KINKOSで仕事をしたら、ちょっと時間があったので、電話をしたのです。「今日はあいてます。美味しい魚の店に連れていきましょう」って。本当に美味しかった。大きな牡蠣から、ほたるいか、サーモンに、とりがい。「蕁麻疹の時には、生ものを食べないように」って漢方薬局の方から言われましたが、誘惑に負けておなか一杯食べました。このKATUSMIさんは有機農業をウイークエンドにしているのですが、彼と農業の話、私のアルゼンチンの時の話、中小企業の苦しい台所の話など、ありとあらゆる話をしました。楽しい会話と美味しい食事。ほんとうに、これにまさる喜びはありません。そうそう、彼は、身体障害者の方々と一緒に、こんど農業ビジネスをするプロジェクトを立ち上げるそうです。自分のことだけでなく、障害を持った方々のために、がんばる。本当に、いいですよねえ。私もぜひ参加したいです!

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