ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

増井光子先生のシニアトレーニング

金曜日の夜は、編集者のKさんと写真家の関さんと一緒に、遅い夕食をとってから、ホテルに戻りました。この日は、阿見から鉾田、それから舞浜、そして東京駅近くでの夕食、長い長い一日でした。土曜日は、久しぶりに目覚ましをかけずに寝ました。本当に深く眠りたかったので、強めのSLPEEING TABLETを飲んで、ゆっくりと寝ていたら、オーストラリアのクライアントからメッセージ。テキストなのですが、音がする。メッセージはいつ電話していいかって。こんちくしょう。返事をしないで、また寝ました。夜は、フリーダムライディングクラブ(FRC)の定例会に出させていただきました。今月の講師は、あの増井光子先生です。

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先月の講師は?私だったので、ちょっとくすぐったい気持ちで会場に行きました。あらって。何人かの人が。そこで、かの有名な増井先生にお目にかかって、シニアライダーのトレーニングという題のお話を伺いました。P1060405.jpg増井先生をご存知ない方のために。先生は現在73歳。日本で二人目の女性獣医師。女性で初めて、上野動物園の園長になった方なのです。現在は、横浜のズーラシア動物園を始めいくつもの動物園のアドバイザーをされています。先生はまた大変な競馬ファン。ご自身は、エンジュランスライダー。何と68歳で、ドバイのワールドカップに出走されたとのこと。その彼女が、シニアライダーのトレーニング方法をご教授されました。

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先生は、冒頭こんなことを....いえ、自分が若かった時には、年寄りをみて「ずいぶん年をとっているな」と思ったけれど、自分が年をとると、別に何でもなくなってしまう。つまり、自分が年をとっているなんて感じないというのです。それって、私も同感です。が、私などとちょっと異なること。それは先生は戦うシニアなのです。「年をとればとるほど、長くなくていいから軽い運動をできるだけ毎日欠かさずすることが必要になる」と言って、先生は、一日一時間の運動を絶対欠かさないそうなのです。また、食事は玄米を朝からどんぶり一杯。なぜかと言うと、フランスでエンジュランスの大会に出たときに、「光子は痩せている」と言われたからだというのです。痩せていたほうがいいと思っていた時代があったのだそうですが、馬にそのために重いハンデをしょわせてしまう。人間の重さであれば、馬は耐えられるのだけれど、人工的な重みはデッドウエイトになるから、馬に負担がかかってしまうと気がついたのだといいます。先生は今55キロぐらい。でも、決してそうみえません。

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先生が乗っている馬は19歳のマーチス。このマーチスで100キロを乗るのです!彼女は、最近は「年寄りに優しい」なんとかというフレーズが多いが、「年寄りには優しくするな」と。そうそう、先生はマラソンもするようで、走ったり歩いたりするって言っていらっしゃいました。それから、バランスディスクに30分。スクワットもするとか。これをし始めてから、落馬がなくなったといいます。今年は馬で500キロ乗ることを目指したい。最終目標は5000キロだといいます。(先生は既に3500キロ乗っていらっしゃいます!)増井先生が他にしているのは、加圧トレーニング。でも、これは、FRCのリーダーの田中さんは、結構危険なトレーニングなので、誰にでも合うわけではない。出来れば、スロートレーニング(スロトレ)が好いのではと解説をしていました。

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年寄りが「年寄りに親切にするな」って言うのは気持ちがいい!年よりももっと自立すべきだからです。私は、何年か前に落馬してから馬に全く乗らなくなりましたが、馬には乗らなくても、歩いたり、スロトレしたり、食事療法で頑張りたいと思います。昨日は、先生の話を伺って、とても元気になりました......といいながら、実は昨日、食事の後に倒れそうになったのです。目の前が真っ暗になって、汗がでてきて、下痢と吐き気。会場に女性トイレが一つしかなかったのですが、それを長い間独り占めしてしまいました。ごめんなさい。もしかして16年ものだと言って、新橋亭の呉社長が振舞ってくださった紹興酒をぐいぐい飲んだからか、旧正月の前祝だといって出してくださった珍しいお餅(氷水につけて食べる!)P1060406.jpg
を食べ過ぎたのか、あるいは、ランチで食べた牡蠣があたったのか......珍しく倒れそうになってしまって早々にホテルに戻ってきました.....でも出すもの出したからでしょうか。大分落ち着いて、そのあと温泉に入ったらまあまあ回復。あれは一体なんだったのでしょうね。化粧もない青い顔で、それでも、松井光子先生と記念撮影をしていただきました。P1060408.jpg

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うちに帰りたーい。さびしーい。今日は、ホテル近くのスーパーで、玄米ご飯を買ってきて、ホテルでランチしました。玄米ご飯とごぼうのサラダ。梅干と減塩の昆布。そうそう、納豆。今夜もそんなものです。他に食べたいものがありません。


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昨日、電車の中で読んだちょっといい話を。「前の職場の上司はかなりの慌て者。携帯電話をトイレに落とし、うっかり流してしまった。動揺した上司は携帯の在り処を確かめようと。携帯に電話をかけてみた。すると、....電波の届かないとこにあるか、かかりません....受話器の向こうで自動音声が聞こえてきた....」という話。朝日新聞に出ていました。私も携帯が見つからないと、電話をしてみます。たいていは、自分のハンドバックの中から携帯の音が聞こえます。

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潮来のイタロウ・ちょっとみなれば

今日は潮来に行ってきました。潮来は、私たちの世代にとって、ちょっと憧れの場所です。今回ずっと運転をしてくれたMICHIOさんは64歳。つまり、私とあまり違わない年代。運転しながら「潮来のイタロウ・チョットミナレバ」って歌ってくれました。潮来といえば、確か駒鳥姉妹だったでしょうか「潮来花嫁さんは、潮来花嫁さんは...]と歌っていたのを思い出します。霞ヶ浦を横に見ながら、潮来を通って、目的地は鋒田のビッグレッドファーム。そこに、オーストラリアの私の競馬学校に、ずっと前に来てくれた、YASUさんに会いに行ったのです。今日は、たまたま休日だったのですが、奥さんと子供二人連れて会いに来てくれました。P1060394.jpg 赤ちゃんを抱かせてもらいました。なんちゃって婆ちゃんになった気分でした。YASUさんは、オーストラリアから、日本に戻り、ビッグレッドファームで仕事を始めました。あれから、何年経ったのでしょうね。ところで鋒田のビッグレッドファームは、想像した以上に素晴らしい施設でした。P1060393.jpg 4ヶ月だという坊やの目の大きいこと。じっと見つめられて、何だか心を見透かされそうな気がしました。

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ビッグレッドファームでは、ラフィアンの社長である岡田紘和さんにも会いました。そのうちお時間くださいとお願いしていたので、そこで会えたのはラッキーでした。多分忙しかったのだと思いますが、色々とお話を伺ウことも出来たし、また私が売り込みに行った商品のことも熱心に聞いてくれました。話の中で、彼が考えるこれからのビッグレッドファームの将来のことなどを伺って、何だか、とても頼もしく思えました。紘和さんは、アメリカで学び、更に、オーストラリアの競馬学校に来て異なる競馬の仕組みや馬作りを学びました。オーストラリアでの紘和さんの思い出は、いつも厩舎作業を一生懸命にしていている姿です。今日は彼の話を聞きながら、こういう人がラフィアンのトップに立ち、日本の競馬を国際化していくのだから、まだまだ日本の競馬も捨てたものじゃないなって思いました。

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潮来では、途中、道の駅によって、MICHIOさんが「本当に美味しい」と勧めてくれた「乾燥芋」を買って食べました。我々団塊の世代にとって乾燥芋はなつかしのおやつ。当時、おやつといえば、この乾燥芋か、かりんとう。私たちは、筍の皮に梅干をいれてチューチューすったこともあります。ああ、すっぱ。そういえば、干し柿もあったかも知れません。夏だったら、とんみぎ(トウモロコシのこと)とスイカ。そんなことを思い出しながら、地元の野菜が並んでいる道の駅に入りましたが、様々な乾燥芋があり、驚きました。MICHIOさんが、「丸っこい芋の方が美味しいんですよ」と教えてくれたので、まるで、うんちのような形の乾燥芋を買いました。やばいな、車に長く乗るのにおならでないかな。さて、お味の方は、やっぱり、お・い・し・かった!人口甘味料の甘さでなく、自然の甘みがあって、VERY GOOD!潮来にいらした方はぜひお試しあれ。

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もっと、色々な話があるのですが、今夜はこれぐらいで。ながいながい一日の終わり。さて、これから一風呂浴びてきて、寝ることにします。そうそう、お・な・らは、幸い車の中では出ませんでしたが、ホテルに戻ってから景気よく!

うんだから

いやはや、方言は難しいぜよ。一緒に仕事をしているSATOSHI さんは独身だと思っていたのに、数日前に、話の中で「連れが」と言ったので、「あっ、もしかして結婚したのかしら」と思って聞いてみました。いえ、独身です。えっ、でも昨日、連れって言わなかった?あっ、それは、大阪弁で友達の意味です。ああ、そうなんだ。私は連れ合いの連れかと思ったなあ。その昔、仕事の同僚に、「うちの娘あまり言うこと聞かないのよね」と言ったら、「しばき上げればいい」って言ったので、えええ。縄でしばっちゃうの。そんなひどいと出来ない思ったら、どうやら大阪弁で、軽く叩くという意味だったと言うことが分かりました。方言は、難しい。

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そういえば、宮城県では、「ください」という意味でケロって言います。だから、東京から来た人にケロって言ったら、蹴られたという嘘のような本当の話がありました。宮城県では、ダカラといっって、ウンダカラから生まれた「だから」があって、それは「そうだ、そうだ」の意味になります。仙台弁と言えば、私は、よくホデナスと呼ばれていました。これは、いい加減な人間とか、馬鹿という意味です。さて、私は、どこかに行くと3日でその土地の言葉になってしまいます。この特技は結構外国語を勉強する時に役立ちました。まあ、基本的にはおしゃべりなので、人と話したいという気持ちが、言葉の学習能力を上昇させるのだと思うのですけれど。

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今夜は茨城の阿見というところに泊っています。明日は、茨城のほこだと言うところに行きます。マイネルの牧場ですが、そこで、かつてオーストラリアに来て勉強したYASU君と会います。もう二人も子供がいるんですって。私も年をとるはずだ。だから。

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オーストラリアの主人に電話。実は昨日は電話で険悪になりました。仕事についての意見がかなり別れてしまったのです。これ以上続けると、電話代がかさむだけでなく、やばくなるなと思ってきりました。そしたら、こちらの時間で10時頃、あちらの時間で12時頃にSMSメッセージが入りました。ごめん。って。ヒヒヒ。正義は勝つのじゃ。だから。

NEBANEBA・GIVE UP

オーストラリア人、とくにうちの主人は、「ぬめぬめしたもの」が大嫌いです。塩辛とか、納豆とか、海草とか、とろろとか.....それらを、彼は、HORRIBLE TEXTURE 気持ち悪い口ざわりと称しています。それらを食べた体験はかなりのトラウマになっているようです。とろろを食べた時なんか、一度食べて、ああ、これはUNCHIか、って吐き出してしまいました。なのに、私は、「日本食はあまり....」なんていいながら、日本食のこのぬめぬめしたものが大好き。ねば。ねば大好き人間です。さて、今日の夕食は....赤飯に、おくらと豆腐、納豆。豚汁でした。もちろん、テイクアウト。東京のホテルの近所に、手作り弁当屋があるのです。そう、主人のCOCKINGとは暫くSAYONARA。

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今日は、大阪から滋賀。滋賀から京都。京都から東京にやってきました。明日は茨城、千葉。もう完全に行商のオバサンです。でも、実は楽しいし、今回の出張も楽しかった!なぜ楽しいかと言うと、自分が売っている商品がいいものであることを信じていること。この商品で、世の中を良くすることができることを信じていること。労働力の節約。環境に貢献することもできる。などなど。いいものを、それを知らない人たちに紹介することは、非常にエキサイティングです。信じるものは救われる。私は、THIS IS IT! これだって思ったら、突き進んでしまいます。誰が何と言っても負けません。このしつこさは、やっぱり、ネバネバした食べ物から来ているのでしょうか。私は負けません。NEVER GIVE UP!えっ?ネバネバ・ギヴ・アップ。分かるかな?

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有楽町の西武がなくなるんですってね。JALも潰れたし、一体日本はどうなっちゃっているのでしょう。JAPAN AS NO1!のJAPANは一体どこに行ったのでしょうか。そして、これから、その日本をベースにして仕事をしようという私。AM I CRAZY?

おいしいトースト

今朝は、大阪から明石に出かけました。明石乗馬協会に行ってきたのです。大阪駅から新快速で西明石。それから普通に乗り換えて大久保。大久保の駅で、協会の送迎バスに乗って協会のある場所まで行ってきました。送迎バスを待つ間に、15分間だけ、近所の喫茶店に入りました。昔風のいわゆる喫茶店で、とうのたったお姉ちゃんたちが何人か働いていましたが、とても落ち着いたいい雰囲気。「できるだけ濃いコーヒーをお願いします」と言って、ついでトーストを頼むと、それはそれは美味しいトーストが出てきました。〆て400円。トーストには、バター以外、何もついていないのですが。キチンと焼けている。パンの全部が美しい狐色でカバーされている。日本では普通、半生のようなトーストが多いのですが、ここは美味しかった。これに砂糖を撒いてシナモンを振り掛けると更に美味しいですよ、とアドバイスをしてしまいそうになりましたが、やめました。「おおきに」と言って店を出て明石乗馬協会に出かけました。

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この場所は、かつて私が最初に作った競馬学校の宣伝に15年ぐらい前に来たことがあります。公園の中の素敵な場所でした。当時お目にかかった三木さんはお亡くなりになっていましたが、息子さんたちが立派な乗馬クラブにされていました。ここから、そのあと、大阪に戻り、今度は、三重に出かけました。一日動いていました。お口も一日動いていました。三重に行くときに、伊賀や甲賀の地を通り、一緒にいたSATOSHIさんに、オーストラリアで、その昔、隠密剣士が大人気だったことを説明してあげました。かつてオーストラリアには大きな侍、忍者ブームがあったのです。大瀬康一がオーストラリアに来たときにはビートルズが来たときよりも大勢のファンが空港に詰め掛けたとか。信じられますか?

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明日は、早朝から滋賀です。しがない旅....言うと思ったでしょう。病気なのです。私の駄洒落は。

信じられへん

今、大阪でっせ。昨日はあったかかったけれど、今日はさぶいなあ。ミィティングが夕方なので、今日はホテルにいて原稿書いてます。近所にええ、スーパーマーケットが見つかったので、ちょっと買い物に行きました。二度も行ってしまいました。そしたら、何度も、自転車に轢かれそうになってしまいました。信じられへん。自転車が歩道を堂々と!走っているんでっせ、日本では。オーストラリアでは考えられまへんな。

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昨日、ホテルにチェックインしたら、100円野菜カレーで一日のエネルギーを!ってフロントに書いてあったので、「カレーねえ」「朝からカレーねえ」って二度も考えましたが、しかし100円のカレーってちょっと興味がありました。そこで、朝、勇んでレストランに行ったら、おばはんがいて、悲しいカレーをヨソッテくれました。悲しい?だって、野菜カレーっていうから、玉ねぎに人参にブロッコリーにマッシュルームに....、と想像するでしょう。なのに、中身は人参しかないのよ。だったら、人参カレーって言うべきだと思う。そういえば、元?玉ねぎだった欠片がちょっとありましたが、あれは、その昔、早稲田大学の学食にあった玉ねぎ2枚のカレーとほぼ同じぐらい悲しい!そこで、食欲をそがれた私は、人参だけ食べて部屋に戻りました。昨夜は午後9時半から、夜鳴きソバ。これは、まあまあいけてる。無料だし。ということで、日本のデフレ状況を実感しています。

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部屋で仕事をしていたら、10時半にはお腹がすいてしまって、スーパーに買い物に行きました。そしたら、あれもこれも欲しくなって、本当に困りました。特に、納豆は色々あって、本当に全部欲しかった。その昔あった、三角納豆もありました。さて、午後になって、今度は、肩が痛くなって、ホカロンを買いにスーパーに。(理由をつけて!)でも、また食べ物を買ってきてしまいました。二度目の外出時には雨が降ってきていましたが、ママチャリが、なんと、傘さして自転車を走らせているのです。それって、子供に何かあったら、「あんたら、殺人やでえ」。本当に、本当に、自転車の縦横無尽さには、信じられまへん。あれを許している日本、変なのとチャウか。オーストラリアではちなみに、ヘルメット被らなければ自転車は運転できません。自転車は歩道を走ることができません。

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JINさんから貸してもらった徳永のライブのDVDを見ましたが(途中で動かなくなってイライラ。やっぱりダビングは難しい?)、観るんじゃなかったな。彼、変よ。手をぶらぶら動かして歌うのよ。あれは一体何?観てるほうも、あれはイラつくな。声だけ聞いているといいのに。それから、「時代」はやっぱり中島みゆきの方がいい。彼の歌はいいものもあるけれど、簡単に歌いすぎてたくさん聞くとバックグランドミュージックになってしまう。綺麗な歌い方をしすぎると思う。とはいいいながら、今、彼のVOCALISTをバックグランドにして仕事しています。


BYE BYE シドニー

おかしいな。昨日からコンピューターのキーボードが変になっています。早慶の新年会と入れたかったのに、変なしるしが出てきて入力できませんでした。今、このブログに文字をいれようと思ったら全く動きません。じゃじゃーん。変な予感がします。まさか.,,,,まさか、壊れたのでは?コンピューターが壊れたら、私は生きていけません。ということで、USBのキーボードで、今、とりあえず、入力しています。困った。


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いよいよ明日の朝、シドニーを発ちます。かなり早いです。早くいって、通路側の席をとらなければ! 本当は昨日発つはずだったのですが、最初の仕事の予定が月曜日の午後になったので、変更料は、かかりましたが、一日延ばしました。一日延ばして、洗濯して、掃除して、フツーの生活を一日中していました。原稿を書かなければならなかたのですが、あまりの暑さにかけませんでした。だって、今日のシドニーは40度ぐらいあったんですよ。フェーン現象のような、乾いた暑さ。洗濯物は乾きましたけれど、P1060364.jpg 午後になって、今度は20度ぐらい気温が下がって、雨になってしまいました。スコールのような感じです。洗濯は三回。出張に行くと、洗濯物を外に干しにいくことが出来ません。これが、寂しい。もう一つ寂しいのは、ベランダの野菜やハーブたちと話ができないこと。P1060334.jpg
くれぐれもお世話を欠かさないように、主人に頼みました。それから、食べてくれるように。


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シドニー  SO.KEI ニューイヤーパーティー

先ほど、シドニーの早慶、つまり早稲田の稲門会と、慶応の三田会の合同新年会に出てきました。参加者ほぼ60名。しかし、稲門会の方が出席者の数が多く、時世だなと感じてしまいました。前は、慶応の方がずっと多かったのです。日本経済の勢いがなくなって、駐在員の数が減ったのが原因なのでしょうか。つまり、銀行やメーカーのオーストラリア進出企業には慶応出身が多かったのではなかったのでしょうか。

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ワイン一杯で結構酔っ払った私は、挨拶で、「私が身体を許したのは慶応の人でした。結婚してくれるかと思ったのですが、彼には、ガールフレンドが30人ぐらいいて、私は結局振られました。慶応がにくい」と言ってしまいました。まあ、ずっと昔の話ですけれど.....。考えtてみれば、あの時私は25歳。早く経験したいと焦っていた節があります。真理子さんは、そんなに遅かったの?と言われましたが、私は、結構初心だったです。信じられないかも知れませんけれど。そういえば、最初のキスも22歳でした。卒業前のコンパで、同級生と....酒をかなり飲んでいて頭がぐらり。あ、もしかしてブランコに一緒に乗ったかも知れないな。「君は覚えているかしら、あの白いブランコ」って歌が頭の中で響いていましたから。

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年齢から言うと、私は、もう稲門会の会員名簿の、上から4番目になってしまいました。先日大先輩が一人亡くなりましたから、そうか、順番でいくと、あと4番目に私がいなくなってしまうのでしょうか....寂しい.


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お代官様が、昨日里帰り。お母さんがいなくなるから、その前に顔見に、なんてシオラシイことを言っていましたが、それは嘘。私が家に戻ったら、私のパジャマのパンツはいてテレビを観ていて、「どうしたの、そのパンツ」と言ったら、「しかたないじゃないの。ここには私のパジャマがないんだから」って。お母様、お母様のそのパンツお借りして宜しいでしょうか、なんてこともないのですよね。おまけに口もあまりきいてくれないし。一体何のための里帰り?と思っていたら、実は今夜も来ているのです。まったく、どっちの家に住んでいるのよ?

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早稲田の後輩のおっちゃんたち(すみまへん)とカラオケの話をしました。イルカの歌。越路吹雪。加藤登紀子。島倉千代子。ああ、歌いたかったな。それから、おっちゃんに「わせだ、わせだ。しあわせだ」という歌を教えてもらい、一緒に歌いました。中野サンプラザが創ったというのですが、中野サンプラザがどうして「わせだ」の歌を作ったのかしら。よく分かりまへん。あさっては、大阪です。それから、東京、というより、茨城に直行。厩舎まわりです。



お代官様の里帰り

そう、お代官様こと下の娘は、月曜日に家を出ました。でも、今晩、里帰りをするようです。いえ、私が出張に行くので、その前に私の顔を見たいんですって。ホントかしら。今朝ほど、お代官様から主人に電話。「お父さん、家具を運んできた人が、私の大切なランプを壊したの」私の大切な?それは、私の大切なランプで、主人が私に買ってきてくれたものです。それを、お代官様が「貸して」って自分の部屋に持っていったきり、返してくれなかったもの。「それで、壊したものはどうするのよ。壊した人たちが弁償するの?」「知らないわ」って。いい気なもんだ。

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もっとも、主人は、3日ぶりの娘の里帰りにるんるんしていて、「おい、ベッドに新しいシーツ敷いてやれよ。やっぱり家が一番だと思わせるために」ですって。まったくねえ。そういえば、彼女が部屋の整理をしているときに、母の着物がみつかりました。この着物は、かつて日本舞踊の師範をしていた母の形見です。他の多くの着物は、どうやら生活に困った時に売ったんだって言っていました。このたった2枚の着物と帯は、かつてアルゼンチンからニューヨーク経由でオーストラリアに来た時に、私もお金にしようと、ニューヨークの友達の手元においてきたものです。でも、暫くして、「売れなかった」と連絡があり、引き取ったものです。「母が戻ってきたようで」とても嬉しくなりました。今手元にあるのは、その売れなかった母の着物です。しかし、今後こうした懐かしい形見を一体どうしたらいいものかしら......2枚の着物を1枚ずつ娘たちに残していくのでしょうけれど、彼女たちにとってはあまり意味がなくなっているかも知れませんね。とはいうものの、お代官様が持っていった食器の中に、母からもらったガラスの器がありました。「あら、私のお母さんのだわ」と言ったら、お代官様が「そうなんだ。大切にするか持っていてもいい?」って。ちょっと嬉しかったなあ。あのガラスの器は、母が夏にはつめたいお茶を煎れていたものでした。大切にしてちょうだいね。

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そういえば、家を出る前に、お代官様が「お母さん、あのマルマルもらって好いかしら?」って聞くのです。マルマルというのは、何だか忘れてしまったのでマルマルって書いていますが。「でも、今、お母さん、それ使っているのよ」と言ったら、お代官様は「今じゃないの。お母さんが死んだ時に」って。ああそうですか。ちょっと頭にきたけれど、「死んだら、全部あなたとお姉さんのものよ」と言いました。でもまだ、殺さないでよ。


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今日のシドニーは急に暑くなりました。頭がくらっときます。日本からは「寒いですから」というメールがたくさん来ていて、どんなに寒いのだろうと心配しています。とはいうものの、前も日本は寒いと聞いていったら、ぜんぜーん。どうやら皮膚感覚がもう日本にいる日本の人たちとかなり異なってきています。日本はどこに行っても「あつい」電車の中も暑くて汗をかいています。ホテルだともっと暑い!主人は、今、汗をかきながら、お里帰りされるお代官様のために、今夜の特製パスタを作っています。「おい、お前のバジルはどこだ」って。私の可愛いCHILLIも使ってくれたよう。さあ、今夜はお代官様のお里帰りです。下に、下に。

OZの王子様

今、英国からプリンス・ウイリアムがシドニーに来ています。あのダイアナ妃の息子です。ダイアナ妃が死んだ日、私は、ちょうど仙台の弟の家にいました。一緒にテレビを観ていて、彼女が事故で死んだことを知りました。弟が、そのニュースを観ながら「殺されたんじゃないか」と言ったことが記憶に残っています。あんなに美しく生まれてプリンセスまでなったのに、幸せが見つからなかった彼女。その彼女の不幸せの一部始終を感じて育ったウイリアム王子はどんな人なのでしょう。オーストラリアでは彼を、DOWN TO EARTH ダウントゥーウース、つまり庶民的だって言う表現をしています。彼は、NZに先に行ったのですが、その時にG'DAYグデーと言ったというニュースが入りました。WAIT! グデーは、NZの挨拶ではなく、オーストラリアの挨拶なんだけれど。ところで、日本の方で、グッドデーという発音をする人がいますが、間違い。グデーです。グもグとガの中間ぐらい。

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ここからは、髪の薄い人は読まないでください。かなり、OFFENSIVEになりますから。(傷ついてしまいますから)さて、27歳のウイリアムズ王子。後姿を見たら、何と、BOLD PATCH かなりの広さの禿げがあります。確かに白人は髪の薄い人が多く、若くても禿げている人は結構いるのですけれど....。主人の弟も20代前半から禿げていたと言います。うちの主人の頭の後ろもかなり薄くなってきていますが、彼の場合は、もう60歳だから、別にねえ。でも、20代の禿はちょっと可哀想。何とかならないものでしょうか。なんて心配してあげています。

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オーストラリアは、実は立憲君主国なのです。ウイリアム王子は、オーストラリアとNZの王子様でもあります。ちょっと変な感じがしますよね。あんな遠く離れた国に、オーストラリアを司る王家が済んでいるのですから。前に、オーストラリアで王政を廃止しようと、国民投票が行われたことがありましたが、僅差で王政が支持されました。今回も、ウイリアム王子を見ようと、彼のいくところいくところ総勢何十万人もの人がいたそうです。ロイヤルウワッチャーがウ結構いるものですねえ。私は、小学校の時に、上野の駅で、当時の皇太子殿下と美智子妃殿下を見かけたことがあります。ご家族で那須にご静養に出かけられる時のことでした。やはり、MEMORABLE DAYとして記憶に残っています。記憶は自分で選別することが出来ませんが(多分)、そのことが私の記憶に残っているのは不思議な気がします。

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会社の近くで働いているお代官様が、今日、事務所にやってきました。家を出たといっても、近くで働いているので、会おうと思えば毎日会うことができるのです。安心なことは安心です。「昨日の晩どうだった?」とお代官様に聞いたら、「ゴキブリがいっぱいて、怖くて眠れなかった」って。おまけに夢にまでゴキブリが出たんだそうです。主人がゴキブリ退治を買ってきて、色々と退治の仕方を教えていました。仕事の合間に家に戻ってきて、食事をしていました。食事が終わった彼女を主人は家から、つまり我々の家からピックアップして、仕事場へ連れていったようです。家に戻ったら、皿が洗わずに置いてありました。ちょっと待ってよ。これじゃあ、あんまり変わらないじゃないの。独立っするんだって言ったでしょう。それから、台所の食糧倉庫の半分が空になっていました。「お母さん、シャンプーとリンスあげるわ」と言っておいて言ったものをみたら、中身はほぼ空でした。空かうな。

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前に一緒にMR ZENを持っていた草山さんが、ついに結婚したのだそうです。新婚旅行でシドニーにいらしたと聞いています。連絡をお待ちしていたのですけれど、なぜか、ありませんでした。草山さん、どうされましたか?忙しかったのかな?お嫁さんの世話で!それから、このブログにリンクしているJINさんの競馬のソナタ。何と一日のアクセスが300以上になったんですって。悔しい。それ凄いよね。オーストラリアオープンをフォローしているからかな。さすがに、私は、テニスに興味がありません。それから、ゴールドコーストのBさん、マジックミリオンズのレースはどうでした?目いっぱいお洒落しましたか?オーストラリアのレースの醍醐味は、酒とお洒落、馬は二の次。それにしても、いつかゴールドコーストでお目にかかれるといいですね。

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早稲田大学の先輩の渡辺さんご夫妻が、我々のJAPANガレージセールに品物を持ってきてくださいました。年末に大掃除したら、かなり色々出たのでって。捨てるのもなんだし、いくらで売っても構いませんと置いていかれました。奥さんの着物、すし桶、とっくり、塗り物の住所録、松花堂弁当のセットなどなど。本当に、要らないものが、どこの家にでもあるものですよね。今日は二人ほど客がきましたが、彼らはおしゃべりだけして帰っていきました。主人が「寂しい人年寄りには気をつけろ」って。誰かとしゃべりたいから入ってくる人たちが多いからって。そうかも知れない。HIROMIさん、気をつけましょうね。

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