ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

また会いましょう

この前、九州動物学院の学生さんたちをシドニーに迎えたと思ったら、実は、明日もうお別れです。あまりにもあっという間に時が経ってしまったので、付き添いの先生に「何だか、こんな風に時が過ぎるのだったら、もしかして気がついた時にはお墓に入っているかも知れない」と言ってしまいました。一緒に、学生さんたちと行動して、きっと楽しすぎたのかも知れません。楽しすぎると時間はあっという間に経ってしまいますからねえ。

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どうして楽しかったのかって?それは、動物という共通の「関心」を持っていたこと。彼らが、動物に会う度に喜びの声をあげたこと。笑いがあったこと。「うわあっ」という彼らの声を聞いたり、その笑い顔を見たりして、私も本当に、たくさんの元気をもらったのです。今日は、シドニーのタロンガ動物園に行きました。繁殖プルグラムが成功して生まれたばかりの小象も見ました。P1050825.jpg お母さんの陰に隠れた写真を生まれてすぐに、新聞でみましたが、今日は、一人遊びもしていました。P1050824.jpg

対岸のシドニー市内をバックにキリンがいました。P1050831.jpg
爬虫類の大好きな学生がいて「ニシキヘビがネズミを飲み込むところを見て、本当に嬉しかった」と興奮して語ってくれました。実は、今日はタロンガ動物園の特別プログラムで、彼はまた蛇と対面したのです。カーペットパイソン。大きな大きな蛇でした。学生の中にはたくさんの爬虫類ファンがいて「きゃあ、可愛い」って声が上がりました。蛇の名前は、セバスチャン。飼育係の人が「セバスチャンは、今日はちょっと機嫌が悪いのよ」って彼をぐるりと首と身体に巻いて説明をしてくれました。「触っていいわよ」というと、ほとんどの人が触りました。

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その他に、教育係の方が連れてきてくれたのは、「コアラ」です。コアラは水を飲まない。コアラという言葉は、アボリジニーの言葉でNO WATERという意味だということを、教えてくれました。コアラが水を飲まないということは私も知っていましたが、これがアボリジニーの言葉だということを実は今日知りました。ちなみに、コアラは一日20時間も眠るのです。ユーカリの葉にはエネルギーを与えるような栄養分が入っていないからなのです。コアラと一緒に写真を撮るときに、係りの人が「臭いを嗅いでみてください。ユーカリの臭いがしますよ」って。コアラの毛はユーカリのオイルに包まれています。だから、雨が降っても濡れないのだとか。ところで、そのコアラ、係りの人に抱かれながら、「うううううー」という叫び声をあげました。これには係りの人もびっくり。これは雄のマコーリーというコアラだったのですが、メスを呼ぶときにこうした声を上げるのだそうです。学生さんたちにめんこい女性徒たちがいたからかなあ。それにしても、私もオーストラリア在住26年目にして、初めて、コアラの鳴き声を聞きました。長生きしていて良かった!

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長生きしてよかったと思ったのは、今日はエキドナと呼ばれるハリモグラに触ったこと。ハリモグラは、普通、怖がったりするとその針を立てるのだそうですが、係りの人はこのモグラは人を怖がらないの。だから、触っても大丈夫って。これも、私、初めての体験でした。ハリモグラが去った後に、落ちていた針。学生の一人が、大切にしまっていました。すごいお土産ね。

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さあ、明日が最後の日。また会いましょうね。SEE YA!



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RSPCA

RSPCAはhe Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals (RSPCA) 動物に対する虐待を防止するための団体として、1800年代に創始されて、それから英国王室からロイヤルというステータスをもらって大きくなり、今では、世界的な組織になっています。今日は、九州動物学院の元気な学生さんたちと一緒に、シドニーのRSPCAを訪ねました。昨年も感じましたが、九州動物学院の学生さんたちは、動物の保護や福祉に大変関心を持っています。皆、熱心にノートをとり、虐待とは何かを学びました。知らないで虐待している場合も多いからです。例えば、今日勉強したことの中には、十分な食べ物をあげないこと、動物が快適に暮らせる場所を提供しないこと。動物の行動に不自然なことを強要すること。例えば、犬の身体を締め付けたりするような洋服を着せたりすることもその一つです。動物をつないでおくときには十分な長さの紐でつながないこと。例えば、オーストラリアでは3メートルが理想的な長さです。日本では、30センチ位のくさりで、夜昼となくつながれている犬たちをみました。それは、当然虐待です。
また、24時間、鎖でつないでおくことは、オーストラリアでは禁止されていることも学びました。P1050821.jpg


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他にも、シェルター、つまり日陰を作ってやること。鶏や牛で、食料用として飼われている動物でも、必ず、住む場所を含めた快適な環境を作ってやること。九州動物学院の映子先生は「日本で、豚を檻に入れて運んでいるのをみました。それも二段重ねでギュウギュウ詰めにして。なんてひどいことをと思ったのですが、やっぱりあれは虐待だったのですね。動物はものではないですものね」と語っていました。今日は、インスペクターと呼ばれる係官の話も聞きました。虐待のケースを調べたり、それを訴追したり、虐待されている動物を救助したり、インスペクターの仕事は尽きないようです。私は、このRSPCAのような組織を日本に作るのが夢なのです。なかなか実現しそうにない夢だと思いますけれど......。とりあえずは、トレーニング・コーディネーターで獣医師のナレルさんを日本に連れていきたいと計画しています。午後は、RSPCAの中にある獣医クリニックで、猫の歯の手術をみました。これは外部から来ている患者だそうですが、10歳の猫の歯を全部抜くんですって。食事食べられるのかしらって、自分のことのように心配になってしまいました。P1050812.jpg



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RSPCAでは、CHOOSE WISEというポスターを見ました。これは、スーパーなどに貼っておくそうで、動物を大切にしている会社から商品を買いましょうという趣旨のものです。例えば、鶏の卵を買うのでも、フリーレンジと言われる場所の卵を買ってくださいという呼びかけなのです。フリーレンジとは、ケージに入れて鶏を飼っているところでなく、農園で自由に鶏を遊ばせて、彼らの生活のQOL(クオリティオブライフ)を大切にしているところ。卵もそこから買いましょうねということなのです。つまり、たとえ、最後に食用の肉になるのだとしても、最後まで彼らの命を大切にしてあげましょうということだと思います。学生さんたちは、RSPCAで多くのことを学んで日本に帰ります。日本にはこうした大規模な動物保護団体がありませんが、個人で動物を救助している人たちは、多くいると聞いています。学生さんたちがそうした団体にぜひ力を貸してあげることができますように。P1050784.jpg
動物の命の大切さや、動物の愛護の精神を、ぜひ社会に伝えていく人たちになりますように。

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RSPCAのようなシェルターに行くと、私はいつも泣いてしまいます。今日も、保護された犬の中に、うちのカーリーに似たジャックラッセルと見つけて、泣いてしまいました。うちのカーリーは、私たちに愛されて大切にされ、その命を終えましたが、彼とそっくりのまだ11ヶ月のその犬は、もしかして里親が来なければ、命を絶たれてしまうのです。彼は、その運命を知っているように震えて座っていました。私は涙が出て困りました。家に戻り主人に言ったら、もし、彼がそこにいる間に里親が見つからず、安楽死になりそうだったら、うちで飼おうと言っていました。P1050786.jpg 私も、これから長期で日本に行こうとしているのに、本当に2匹も家で犬が飼えるのかどうか心配です。だから、一番いいのは彼に幸せな里親が出てくること。神様に祈ります。





ジャカランダ

またジャカランダの季節がやってきました。ところで、昨日の朝、熊本から九州動物学院の29名の学生さんたちがシドニーに到着しました。シンガポール航空で。学生さんたちは、興奮して眠れなかった様子。バスの中でも眠そうでしたが、なんちゃってガイドの私の話を、よく聞いてくれました。あの紫色の花は、ジャカランダよ。オペラハウスから植物園を通って、オペラハウスとハーバーブリッジの見える岬までみんなで歩きました。植物園ではジャカランダの前で、学生さんたちは、花と一緒に記念写真を撮っていました。紫色が綺麗ですねって。25102009211.jpg シドニーは、彼らのいる一週間、ずっと雨模様の予報なのですが、昨日は、夕方まで何とか天気が持ちこたえました。途中、ホテルまでの間は、ざあざあぶりでしたけれど....。バスのドライバーが、この辺、つまりレインコーブ国立公園と呼ばれる辺りは、なぜか雨が多いんだって教えてくれました。だから、緑が濃いのかも知れませんけれど......。熊本の学生さんたちは、実にハートフルな学生さんたちでした。身体の調子が悪くなったクラスメートをみんなで助けてあげて。うちの主人が、「20年ぐらい日本人の若い人を見ているけれど、彼らはベストだよ」って言っていました。

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今日、九州動物学院の学生さんたちは、大雨の中、ブルーマウンテンズにピクニックに行きました。うちの会社のひろみさんが添乗。私は、このところずっと身体の調子が悪く、特に、喘息がひどくなっているので、今日は休んで医者に行くことにしました。もう20年以上も診てみらっているドクターPHOONのところに行きました。ドクターPHOONは、中国人ですが、中国語が出来ません。オックスフォードやケンブリッジ大学を出て医者になり、オーストラリア人と結婚しています。下の娘が20歳になったと言ったら、感慨深げに「本当か。驚きだねえ」って。今、私が飲んでいる抗生物質は、胸の細かい菌には効かないので、もう一種類の抗生物質を飲むように言われました。ゆっくりと直す暇がないので仕方がありません。

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午後、我々の住む北部地区は少し雨が小降りになったので、サリーを連れて短い散歩に行きました。咳き込まないようにゆっくりと歩きました。ジャカランダの花が雨で歩道いっぱい広がっていました。26102009212.jpg
ここ何日か雨で散歩が出来なかったので、サリーは大喜び。26102009214.jpg もっとも、散歩中に、ウンチを3回もしました。かなり硬いウンチです。恐らく、雨だったので、外に行くのが嫌だったのでしょう。我慢していたようで、硬くなったウンチを出すのが大変そう。仕方がないので、引っ張って出してあげました。主人に言ったら、「そうか、君がそんなに親切なら、今度僕が苦労している時にも頼むよ」って。「もちろん」って答えておきました。娘が、「ああ、そんなキタナイ話やめてえ」と叫んでいました。

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上の娘から二日ほど前に携帯メールが入りました。「今、あの人の、80歳の誕生パーティーしているって、ティコのFACE BOOKで言っていた」と。あの人とは、30年近く前に別れた娘の父親のことで今、ノルエーにいるのです。ティコというのは、彼女のハーフブラザー。そうか。あいつは80歳になったのか。えっ、そうだよねえ。私より20歳も上だったのだから。ブエノスアイレスで、彼と一緒に暮らしていたとき、ジャカランダの花を見ました。スペイン語でハカランダと言います。あの頃は本当に悲しかった。紫のハカランダの花がいつも胸に染みていました。あいつは、妻と離婚して、私と結婚すると言っていたのですよ。でも、それは嘘だったのです。心にもないことを言い続けていたのです。紫の花は、いつも私に悲しいあの頃を思い出させます。その花をこうして毎年見るなんて、これも運命なのですね。

バート・カミングス調教師

年齢って何だろう?バート・カミングス調教師は、もうすぐ82歳ですが、現役の調教師なのです。でも、彼は、自分の年齢のことなど考えていないに違いありません。彼の年齢のことを言うのは、周りの人ばかり............実は、バート・カミングス調教師は、先日、コーフィールドカップで、1着と2着をとったばかりなのですが、今日は、’また’オーストラリアの競馬で最も格式のある、WSコックスプレートステイクスというレースで、勝ってしまったのです。今朝の新聞に、彼のライフストーリーが特集してありました。お父さんは有名な調教師、でも、自分はあまり調教師になることに乗り気ではなかった。厩舎を持ったのだけれど、二年間も1勝もできなかった.............やめたいと思った........それから勝ち始めたけれど.................名誉も財産も出来てから,,,,,,,,,.およそ十年前に,自分が関与していた大型のシンジケート(共同馬主会社)が倒産をしてしまって大きな借金を背負い、その債権者たちとの話で、彼の収入の4分の3が、支払いに充てられることになり、何とか、引き続き調教師を続けられることになった.........。考えてみれば、あの当時、私はそのニュースを聞いて、債権者たちも、かなり無理をしているなと思いました。バート・カミングス調教師は、もう70歳を過ぎていたのですから。今日の記事で、バートは言っていました。「引退するお金がないからね。調教を続けるしかないな。金はともかくとしても、病気にでもならない限り、調教を止めるつもりはないけれどね」と。病気といえば、彼は、重度の喘息やアレルギーを持っているのだと言います。なんだなんだ、私は、60歳で、日本に長期出張することに、涙なんか流しちゃったりして。彼から比べたら、私なんか、まだ、ひよっこじゃないの......と思いました。

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スペイン語で、ムリール・コン・ロス・サパートスという言葉があります。靴を履いたまま死ぬって意味です。つまり生涯現役という意味。まあ、私も引退する気がないから、ムリール・コン・ロス・サポートスですね。そして、バート・カミングス調教師も。彼のような人は、まさにインスピレーションを与えてくれます。日本語だとインスピレーションって、何だか第六感というような翻訳をすることが多いのですが、英語だと、He is inspirational とか、He is an inspiration to us all. 彼によって、私たちは励まされるとか鼓舞されるとか感動を与えてくれる人とか使うことが多いのです。バート・カミングス調教師、彼は、本当に、インスピレーショナルです。


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このところ、ずっと風邪っぽくて、いよいよ抗生物質を飲むことにしました。抗生物質を飲み始めたら、今度は、胃が痛くなりました。したがってGUT'S CAREというカプセルに入った、善玉菌を飲みました。レモン汁に蜂蜜を入れて飲み、更に、生姜に蜂蜜を入れたものも飲みました。実は、明日までどうしても元気にならなければならないのです。明日は、熊本から九州動物学院の学生さんたちがシドニーに研修に来るからです。私、寝てなんかいられません。

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そうそう、この猫の写真は、先日、フレミントン競馬場のダニー・オブライエン厩舎で撮ったもの。P1050754.jpg
ネズミ退治のために、厩舎に何匹もいるんですって。猫たちは私の顔をみて寄ってきました。動物が好きなことが分かるのかも知れません。厩舎の人たちに名前を聞いたら、フレディ・ナンバーワン。フレディ・ナンバーツー。フレディ・ナンバー........名前ぐらいちゃんと付けてあげればいいのに。P1050756.jpgP1050753.jpg

ターニングポイント

ビジネスが、スムーズにいかないので、色々と考えていました。何が原因なんだろうと。ふと、気がついたのは、日本にベースがないことでした。しかし、私がこちらにいながら、日本に、二つ目のベースや会社、事務所をおくということは、大変お金がかかるだけでなく、信頼できる人をおかなければなりません。けっこう、これが大変そうです。私と主人は、これまで将来のことを、あまり話しませんでした。しかし、ビジネスの今後の発展を考えると、話をしないわけにはいきません。様々なプロジェクトやオポチュニティー(好機会)があるのに、このままストップしたら困るからです。したがって、あまりこういう話をしなかった我々ですが、ここ何日か珍しくしました。そして、結論は...........


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結論は、私が、落ち着いて、ビジネス機会のフォローが出来ないのが、行き詰っている原因だということ。そして、それを解決するためには、私が日本に、長期的に滞在することが必要だということになりました。ふうむ。二人でその結論達したのですが、結構つらいものがあります。私は、日本が苦手なのです。つまり仕事の場としてはいいのだけれど、生活の場としては、やはりオーストラリアがいい。ちょっと涙が出てしまいました。しかし、とりあえず、1月の末から長期で日本に滞在する計画を立てています。

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涙ぐんでいる私に、主人が「いや、これは、ポジティブに考えたほうがいい。これまで、年に十回以上も行っていたことを考えたら、日本に一ヶ月いても、そのあと、オーストラリアに一ヶ月いられるんじゃないか」って。でも、あなたの作ったご飯が食べられないといおうとしてやめました。一ヶ月も長期的に、オーストラリアを留守にすることに色々心配があります。しかし、心配しても、この機会を逃せば、行き詰ることは目に見えています。60歳にしてターニングポイント!

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今日は、涙ぐんでいる私をよろこばそうと、主人がTボーンステイクスを作ってくれました。食べると元気になるのを知っているのです。22102009210.jpg
「やっぱり、ステーキは、Tボーンだな」って、主人。キャベツを刻んだコールスローサラダに、何と、インスタントヌードルを混ぜてカリカリとしたサラダをつけてくれました。ミニトマトとネギのサラダもあっさりして、「うまかった!」この前、主人が作ってくれたステーキは、ポーターカット。アニアン(玉ネギ)ソースに、カリカリ・ポテトチップ。そうか、一人暮らしだと、食べ物がつらいなあ。P1050603.jpg
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主人は、今、トーストの本を書いていますが、一人の時には、俺のレシピで作ればいいって。60の手習いかあ。実は主人の作った食事を食べていれば、私は100歳まで元気で生きていけると思っていたのですが、考えてみれば、主人も100歳まで生きて、私のために食事を作ってくれないと、そうはなりませんよねえ。やっぱり無理な計画だったようです。

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泣いていた私を見て、サリーが心配して身体を寄せてきました。私は主人に身体を寄せました。「おいおい、まだ当分いかないんだから、DON'T TAKE ADVANTAGE  何も今からいい思いしないで欲しいな」って言われました。とはいっても、11月初めから日本。12月にまた日本です。




シドニーびより

「空と海が綺麗だったよね」と吉田照哉夫妻が言っていましたが、今日はまさに、そのシドニー日よりでした。お二人がいらしたときに、お連れしたのは我々が住んでいる近く、シドニーノース(北部)のバルモラルビーチ。私もシドニーにいる時間があまりないので、暫く足を運びませんでしたから、久しぶりに見るバルモラルビーチは本当に綺麗でした。家から一番近いので、娘はよく友達誘って日向ぼっこにいきます。あれ、ビーチで日向ぼっこっていわないのかしら。サンベイキング。今日は、夕方近くまでミーティングがあったので、公園に行く時間がありませんでしたが、メルボルンに行く前に出かけた公園は、こんな感じ!14102009188.jpg
海も綺麗だったし、ノースブリッジという橋の向こうでお日様が輝いていました。14102009186.jpg
もちろん、うちのサリーもHAPPYです。

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今日は近所を一緒に歩きましたが、夕方の風に甘い花の香りがいっぱい。この白い花の名前なんだろう?20102009197.jpg
あとで調べてみます。天国には香りがあるのでしょうか。あれば、天国の香りはこんな感じのような気がします。

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さて、20102009198.jpg
これは、今夜のディナー。外食が多かったので、主人が、シンプルなディナーにしてくれました。ハーブのオイルでマリネしたラムチョップと、野菜とチーズがいっぱい入ったマッシュポテト。パンの上に乗っているのは、私の手作りのミニキャロット。留守の間に大きくなったので、主人が刈り取って(?)いてくれました。人参の中にまだ青い部分があって、齧ったら、その青い部分が美味しかった!

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娘が、今夜、コンピューターいじりながら(我々は並んでコンピューターに向かっているのです)、Mum, do you love me? 私のこと愛してる?って聞いてきました。私がいつも彼女に聞くと、彼女は、にんまりしてMAYBEって言うので、私も同じことしたら、今度は娘がにんまり。変な親子です。上の娘から電話があって、「忙しいのなんのって。電話できなくてごめん」いえいえ、知らせのないのは本当にいい知らせです。珍しく、母親になったような気分がしました。

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JINさんからもらった徳永のCDと貸してもらったDVD。「真理子さん、携帯をきって、しっかり観てくださいね」ってJINさんから指示がありました。そういえば、JINさんは、厩舎の人に私を彼のお母さんだと紹介。そうしたら、同僚の厩務員が、いや、そんな筈がない。彼女は45歳にしか見えないって言ってくれたんですって。ヒヒヒ。16歳で車の陰で悪さして僕が出来たんだって言っておきないさいとメールしました。ところで、DVDは、来週末に観ます。今週末は九州動物学院の人たちがやってくるのです。それから、CDは、レイニーブルーより、壊れかけのラジオがいいって、JINさんが教えてくれました。ごめん。まだ聴いていないんだ。これも来週聴くからね。

メルボルンを後にして

今朝は朝、3時半におきて、メルボルンを発たれる吉田照哉夫妻の見送りをしました。ええ、私も疲れていますが、ご夫妻は、メルボルンからシドニー、そして東京、千歳と飛行機に乗られるのです。今頃、千歳のご自宅に戻られているのかしら。疲れているでしょうねえ。もっとも、昨日は、社台ファームが生産したレッドディザイアーが秋華賞に優勝したというニュースが入り、昨日の晩は、海の見えるレストランで祝勝会をしました。お二人は、「コーフィールドカップが駄目だったので、もしかして勝てるかも知れない」と思ったのだといいます。そうか、そういうこともあるのですね。全部のレースに勝つということはないということを長い競馬経験から知っているのかな。人生も同じかも知れない。きっと。

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メルボルンで泊まったホテルは、ライフスタイルホテルと言われるブティックホテル。17102009190.jpg
「まるで家にいる感じで落ち着くわね」と、吉田照哉さんの奥様は喜んでくださいました。滞在中は忙しくてとても行く暇がありませんでしたが、フィットネスセンターやSPAもついていて、長滞在にはとてもよさそう。ホテルはLYALL HOTEL。(ライヤールホテル) メルボルンのトレンディ地区、サウスヤラにあります。なのに、ととても静かで(予想外!)、窓から眺める景色はちょっとしたリトルパリって感じでした。18102009191.jpg 本当は、メルボルンの街中のホテルをと思ったのですが、薦められてここにして良かったかも知れません。

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メルボルン。コーフィールド。宴の後。17102009189.jpg
寒くてもいいようにと、数年前に安く買った中国風のコートを着て、レースに出かけました。帽子はどうしようかと考えましたが、持ち運びに不便だし、被っていくのも面倒なので、コートの色に合わせた髪飾りにしました。私は髪が短いので、なかなか選び方が難しかったのですが、まあ何とか値段も形も色もあったものが見つかりました。そして、今は、あまり見返したくないレースブック。競馬ブックに記事を書かなければならないので、思い出したくないと言っても無理ですけれど。それにしても、80歳過ぎて、神業を見せるバート・カミングス調教師は、凄いです。彼の7回目のコーフィールドカップ。しかも、ワンツー。これでメルボルンカップをとったら、彼の13回目のメルボルンカップ優勝となります。オーストラリア流に言うと、ベーカーズダズンをもらうのかな。ベイカーズダズンというのは、つまり、ダズンは12個だけれど、ベーカー(菓子屋)がおまけして13個になるという意味。さて、負けたチーマデトリオンフは、マキノンステイクスに出走させるとルカ・クマーニ調教師は言っています。今回勝ったヴュードは、昨年このレースに勝ってから、メルボルンカップを勝っているのです。だから、もしかして、このレースで甦って......などと、私はまだ夢を見ているのですが。

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家に戻ったら、娘が美味しいまぐろのステーキを作ってくれていました。お代官様、ありがとうごぜいマスだ。サリーが、今日、ネズミをとってきたそうです。お代官様がキャーと騒いだとか。私が、サリーに、いえ、サリーが私にキスしようとしたら、娘は、「あっ、お母さん、キスしちゃだめ。サリーはネズミの鼻を食べたばっかりだから」彼女がくわえてきたネズミの鼻がとれていたそうです。それにしても、彼女はどうして鼻を食べたのでしょうねえ。はな(鼻)はだ、疑問です。

C'est la vie!

コーフィールドカップ。残念ながらチーマデトリオンフは大負けでした。本命に押されていたけれど、だめでした。 C'est la vie!! セ・ラ・ヴィー。それが人生。吉田照哉さんは「何百頭も持っていても、なかなか勝てないのだから、仕方がないよ」って。そうですよね。と相槌を打ちながら、「真理子さんが一番がっかりしたようね」って、吉田照哉さんの奥様の千津さんに言われました。そうかも知れません。

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コーフィールドカップを勝ったのは、昨年のメルボルンカップの優勝馬、ヴュード。2着はローマンエンペラー。両方とも、バート・カミングス調教師の管理馬でした。カミングス調教師は、オーストラリアの競馬の歴史に残る調教師ですが、80歳過ぎてもこの活躍。もしかして、90歳になっても100歳になっても記録を残すかも知れません。そのカミングス調教師も、何年か前、破産してしまったことがあるのです。バブルの時期に馬を買いすぎて。それを乗り越えて80歳過ぎてもまだこうして歴史を塗り替えているのです。

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それにしても、やっぱり、がっかり。もしかして日本馬の方がよかったかも知れないなあ。とまた愚痴。
締め切りぎりぎりに、私が馬券を買ったのがいけなかったのかしら。などとまた反省。ちょっと今日は元気がありません。一晩寝て頭を冷やしましょう。そういえば、日本馬のジョリーズシンジュがシンガポールに売られてオーストラリアに遠征に来ていました。心臓の調子があまりよくなかったのですが、獣医師から大丈夫と言われて今日、走りましたが、やっぱりだめでした。ふうむ。競馬とはそういうものだ。セ・ラ・ヴィ。

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今回泊まっている、サウスヤラのライヤルホテルの隣に、メルボルンで最も美味しい朝食を食べさせる店があるというので、明日の朝は、そこでブレックファースト。美味しいものでも食べれば元気が出るかなあ。

コーフィールドカップ その2

木曜日に、吉田照哉夫妻がオーストラリアに着き、そのままライトジェットで、ハンターバレーに。その昔ハンターバレーによく行っていた時代には、ヘリコプターや軽飛行機を使っていましたが、そのどちらも、天候が悪くて苦い経験があります。シドニーはいい天気でも、ハンターバレーには、雲が低く垂れ込めていて、行くはずの牧場からかなり遠いところに緊急着陸なんてこともありましたし、風に向かって木の葉のように揺れる飛行機に乗ったこともあります。まああれから航空機事情も変わったらしく、今度はライトジェット。多少のゆれはあったものの、ヘリコプターでは1時間20分かかる距離が、ライトジェットでは20分から30分。すごいものですねえ。それにしても、シドニーからハンターバレーは、300キロ以上あるんです。東京から名古屋ぐらいの距離ですが、牧場の人たちは、車で一日で往復します。朝バレーを出て、シドニーの競馬場に行って、それからまたバレーに戻る。オーストラリア人は距離を乗り越えるのです。

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ハンターバレーでは、クールモア牧場に行って、それから、スコーン空港というローカルの小さな空港。そこから車でアローフィールド牧場。そして、ダーレーオーストラリア牧場と行きました。「すごいねえ。世界中の一流の種牡馬がオーストラリアに来るんだねえ」と吉田照哉氏が驚いていました。彼のような方に驚かれるのは、別に私の牧場ではなくても、オーストラリアに住んで、オーストラリアの競馬を紹介している私は、ちょっと溜飲が下がります。なんだ、オーストラリアなんてこんなものかって言われるよりは。

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オーストラリアの競馬もサラブレッドの生産も本当に変わりました。昔は、ノーザンダンサー血統など全くいなかったのが、今ではノーザンダンサーだらけ。南半球と北半球をシャトルして種付けをしているシャトルスタリオンのおかげです。これも、航空機の発達と、獣医学の発達でしょうか。いや、このシャトルスタリオンというコンセプトを実現させたのは、故ロバート・サングスター氏でした。彼のような人をヴィジョンの人というのでしょう。故吉田善哉氏ももちろんそうですけれど。

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明日はいよいよメルボルンへ。コーフィールド競馬場でのコーフィールドカップ。チーマデトリオンフはついに、本命になってしまいました。勝てるといいのですが。せっかく吉田照哉ご夫妻が来ているのですから。

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最近、忙しくて、娘とほとんど話をしていないので、さっきコンピューターに向かっている娘に、はあい、と言ったら、娘は「ジーザス・クライスト」といいました。まあ、「こんちくしょう、なんてこった。ひゃあ、驚いた」などという悪い表現です。全くねえ、「お母様、忙しくしていらして、大変ですね。お体大丈夫でしょうか」などという言葉を聞きたいものですね。ARE YOU OK? 元気?って聞いたら「何で、そういう馬鹿なことを聞くのよ。大丈夫じゃないはずがないでしょう。なんでそんな当たり前のこと聞くの?」と言うのです。ははあ。お代官様。そういえば、この前、お代官様に叱られましたねえ。「ちょっと、お母さん、ROSE HIPのTEA飲んだ?」「はああ...」叱られると思ったから、口を濁したら、もう一度大きな声が返ってきて、「お母さん、ROSE HIPのTEAだけれど、一体飲んだの」「はい」「言っておくけれど、あれは、オーガニックで作られたTEAよ。ということは高いのよ。飲んだ分、お金払うか、新しいの買っておいてくれない」がみがみがみ。へへえ。お代官様。

コーフィールドカップ

競馬を知らない人は、コーフィールドカップと言ってもピンとこないかも知れません。コーヒーカップかしら?なんて思われるかも知れませんね。これは、メルボルンのコーフィールド競馬場で開催される大きなレースで、1879年に創られたレースです。G1という格式のあるレースにも関わらずハンデキャップ。オーストラリアは、このコーフィールドカップも、そしてさらに大きなレースであるメルボルンカップもハンデレースなのです。なぜ?それは、オーストラリア人が、昔から賭けが大好きで、いい馬が勝つのを見るよりも、ハンデレースで馬券を楽しもうとしていたからだと言われます。このレースは2400m。オーストラリアの血統の馬にしては長すぎる距離。代々、NZの馬が勝っていました。そして、最近は、このレースとメルボルンカップを狙いに、日本からも遠征に来ているのです。

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2006年にこのレースに出走したデルタブルースは、コーフィールドカップで3着、一緒に走ったポップロックは7着でした。CIMG1139.jpg
この写真は、レース前に撮った写真。コーフィールドカップ(まさにカップ)と、デルタブルース。コーフィールドカップには、岩田騎手が日本での騎乗のために乗ることが出来ず、オーストラリアのナシュ・ロイラー騎手が騎乗しました。ロイラー騎手は、レース後、メルボルンカップにも、ぜひ自分に騎乗させてくれと泣いて(ジョウク)頼んだとか。実際、その後、メルボルンカップで、デルタブルースは優勝していますものね。そして、7着だったポップロックも2着。長い距離を走らせれば、世界的に優れている日本の馬の強さを見せ付けたものです。

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それにしても、オーストラリアの競馬にはアルコールがつきもの。スポンサーもアルコールメーカーがたくさん付いています。コーフィールドカップのスポンサーは、BMWですけれど。最近は、未成年まで飲んでいるとの批判を受けて、18歳以上であるという証明がなければアルコールが買えないために、競馬場に入るとこうして、成人であることを証明する腕バンドをもらっています。だからと言って、いくらでも飲んでいいというわけではありませんけれど、飲むんですよねえ。CIMG1117.jpg
女の子たちは、お洒落して競馬場にやってきますが、彼女たちは、朝から飲んでいますから、競馬終わる頃には、ベロンベロン。ああ、「うちの娘たちじゃなくてよかった」というのが私の感想です。CIMG1151.jpg
コーフィールド競馬場は、数年前に、大改築して、雨でも風でも競馬が楽しめるガラス張りの大きなスタンドを作りました。ということは、雨や風が多いということなのです。今年は、何でも洪水という予想も出ているとか。(暖かくしていかなければ!)しかし、雨が降っても風が吹いても、オーストラリアでは、競馬の日は、まるでカーニバルです。音楽やら娯楽やらが、一日中提供されています。CIMG1145.jpg

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今年は、検疫の関係で、日本からの遠征馬はいませんが、吉田照哉氏がヨーロッパで所有しているチーマデトリオンフという馬がコーフィールドカップに出走します。調教師は、英国のルカ・クマーニ調教師。これまで何年もメルボルンに遠征馬を連れてきて、2度もメルボルンカップに2着馬を出しました。今年は、このチーマデトリオンフが、3度目の正直になるかも知れません。ということで、この木曜日から吉田照哉氏が奥様とオーストラリアにやってきます。メルボルンが初めてのお二人。ぜひ楽しんで行っていただきたいと思っています。もちろん、チーマデトリオンフが勝てば、もっといいのだけれど。

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ところで、コーフィールドカップとメルボルンカップのダブルを獲った馬たちは、結構います。ただし、コーフィールドカップで勝つと、メルボルンカップでハンデが課せられるので、それがネックになってだめになる馬もいます。最近は、 Let’s Elope (1991), Doriemus (1995), Might and Power (1997) and Ethereal (2001)などが、コーフィールド・メルボルンカップのダブルをとっています。この二つの賞金を合わせると、日本円でも3億円はとうに越してしまいます。

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