ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

DO-KECHI 娘

お前は、KECHIだ。DO-KECHIだって、昨夜、娘に叫んでやりました。娘はDon't talk to me in Japanese.「日本語で話さないでよ」って。どうして?Becuase I don't understand (分からないからよ) って。だったら日本語の勉強したらいい。ってまた叫びました。

というのは、昨夜、冷蔵庫を空けたら、「あっ、夢にまで見たブルーベリー」の箱が二箱あったんです。実は、先日、日本から「ブルーベリーで目がよくなる」という本を買ってきて読んだばかりなのです。読んだというか、ざっと目を通しただけですが。それで、最近気になる「飛蚊症に、ブルーベリーを試してみよう」と決心して、スーパーに行ったら、な・なんと、小さな箱が一箱で7ドルもするのです。そこには20個位のブルーベリーが入っていたでしょうか。本で言っている量の、目にいい栄養素を摂ろうとすれば、それを一度に何箱も食べてしまわなければなりません。ということで、私は、買わなかったのです。だから、冷蔵庫に、夢にまで見たブルーベリーを見つけて、ああ嬉しいとばかりに、手を出そうとすると、娘が、居間から「お母さん、冷蔵庫のブルーベリー食べちゃだめよ」って。一体、どこに目がついているのでしょうかね。

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「食べないわよお」なんていいながら、ブルーベリーを何個か掴んで手にとったら、娘が台所にやってきて、「その手の中に入っているのは何?」と聞くのです。私の家はまさに、警察国家。「何も」と言ったら、「知っているわよ。私のブルーベリーとったでしょう」って。私は、「NO」と言いながら、仕事部屋にいって、手の中にある、ブルーベリーを急いで口に入れました。ふうう。

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彼女のDOーKECHIぶりはそれだけではありません。昨日の朝のことです。私が台所にいたら、娘が、朝起きてきて、「お母さん、そのバナナ食べちゃダメよ」って言うのです。そうか、バナナいいなって思って、「どうして食べちゃだめなのよ」と聞くと、彼女はにんまり笑いながら、ホラって、そのバナナを私に突きつけました。たった一本のこっていたバナナには、彼女の名前書いてあるのでした。お母さんが、きっとこのバナナに手をつけると思ったから、昨夜、ちゃんと書いておいたのって。シェええ(おそまつ君のように)。信じられない。本当にDOーKECHI娘だ。きっと、主人の血統に違いない! そこで、私は、今日、仕返しをすべく、スーパーに行って、「私だけの」バナナを買いましたが、そのバナナの全部に、「食べるな」と書いておきました。娘は、バッカジャナイカという顔で見ていました。食べるなよ。食べると死刑にするぞ。

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昨日の夕方、近所の公園で、久しぶりにペリカンを見ました。夕焼けが、海に映っていました。素敵でしたよ。オーストラリアで初めてペリカンを見た時には、本当に驚きました。その大きさに。目も大きいし、クチバシモ大きい。子供の頃に本で、ペリカンという鳥がいるのを知って、そのペリカンのクチバシニはたくさんの魚が入るんだってと、驚いたことを思い出します。それが、オーストラリアには、ペリカンが普通の公園やビーチにいるんです。今回は一羽だけでしが、夏になるとたくさんやってきます。28072009111_convert_20090731192442.jpg 日本だとペリカンって、ペリカン便の広告で知られているぐらいですかね。そもそもペリカンは日本に生息しているものなのでしょうか。知っている人がいれば教えてください。
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今日もサリーと公園に行きました。28072009109_convert_20090731193038.jpg
途中でおなかが痛くなり、主人を呼んで、迎えにきてもらいました。変な話ですが、下痢が.....。体の節々が痛くて、頭痛がして、下痢。主人が、豚インフルエンザではないかって言うのです。よく分かりません。咳も出ないし、気管支も悪くありませんから。そういえば、この前、日本に行くときに、掛かりつけの医者に、豚インフルが心配だからタミフルをくれってお願いしましたが、彼は、「困ったもんだよ。タミフルの在庫が、たくさんあるので、政府が、タミフルは効かないって言わないんだよね。タミフルは豚インフルエンザには効かないんだよ」って。そうでしたか。

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今日は、久しぶりに、ドクター須崎と電話で話しました。彼と話すと本当に楽しい。息子と話をしているようでもあるし、それだけでなく、とても勉強になります。何が勉強になるって、話し方とか物事の考え方とか。年齢も息子の年なのに、本当によく出来た方です。11月にオーストラリアにいらっしゃるというので、とてもとても楽しみにしています。

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ゴールドコーストにいるモモちゃんのママからのコメント。おならで離婚した人がいるんでしょうか、彼女のご主人も爆弾のようなのをするって。いえいえ、おならが自由にできるご夫婦は、仲のいいご夫婦でしょうって答えました。亡くなった森瑤子さんのご夫妻は、トイレの話もしなかったって。それだと、ちょっと無理があります。人間は、食べたら出すし、それを隠しながら生活するのでは、夫婦の中には嘘が出ると思います。これから結婚をしたいと思っている方は、好きな人の前でぜひおならをしてみてください。笑ってくれたら、その人は必ずいいパートナーになれますよ。あっ、私、結婚相談しようかな。おならによる相性診断なんて、受けそうだな。

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最後に、DO-KECHIと書いてから思い出したことがあります。それは、オーストラリアのテニスプレーヤー、イリーナ・ドケッチ。彼女の場合は、DOKICと書いて、ドケッチと読むのですが、これから、うちの娘も、ドケッチと呼ぶことにします。またまた最後の最後に、主人が、今日、スーパーマーケットから、ブルーベリーを買ってきました。「お前に」だって。娘に虐待されている私のために でも、値段を聞いてまた泣けました。やっぱり7ドルだって。
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眠れないままに

今夜は、一度ベッドに行ったのですが、眠れないので仕事に戻ってきました。主人も、サリーもいびきをかいて寝ています。主人のいびきはゴーゴー。サリーはスースー。その昔、娘たちに読んであげた「ねむれない、ねむれない」の絵本を思い出しました。眠れないといえば、英語の国では、眠れないときには、羊を数えると良いっていうようですが、羊でも馬でも、一から数えて三十ぐらいまでいくと、かえって目が冴えてしまいます。

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いびきと言えば、この前、夜中に目が覚めたら、主人が本を読んでいます。「眠れないの?」「うん」私は、そのまま寝てしまいました。それについて、数日後に、主人が言いました。「あの夜のことだけれど、俺が、本を読んでいただろう?」「ええ」「どうして眠れなかったか分かるか?」NO!主人が言います。「あの晩は、お前のいびきが凄くうるさかったんだ。それだけじゃないぞ。突然、お前が歌い出すんだ」「何の歌?」「I don't know! それだけじゃないぞ、お前は、ワンワンって吠えたんだぞ」ヒヒヒ。そんな作り話して。嘘でしょう。「ホントだ。だから、そこにサリーがいるのかって、聞いただろう?」そういえば、あの晩、主人が、確かに聞いたような気がする。えっ、ワンワンって日本語で言ったの?バカ。お前は、サリーのように、ウーウーって感じで吠えていたんだぞ。信じられますか。私が、眠りながら、いびきをかいて、歌を歌って、犬のように吠えたって。いやあ、それが本当だったら、私って,,,,,,,,,,,やっぱり変だ。

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ある晩、やはり主人が本を読んでいました。「眠れないの?」「そうだ、お前のおならがうるさくて」ちょっとまってよ。また作り話するんだから。「冗談じゃないよ。それも、一つ二つじゃないぞ。爆弾でも落ちたかと思って、本当に驚いたんだ」と、結構ムッとして言うんです。「あのね、寝ている間は、私は、責任負わないわよ。わざとやったわけではないし」と言いながら、やっぱり、あれは主人の作り話っぽいなって思っています。

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愛犬サリーも、おならがひどい。昨日、カウチに一緒に座っていたら、いきなり、くさいのを一発。私は、あまりのことに、カウチから飛び上がってしまいました。傍で、主人が「サリー、よくやったぞ」って、ニンマリ。娘たちもひどいんです。上の娘ですが、先日、ゴールドコーストの彼女のアパートに泊まりに行ったら、バンバーンという音を立ててするんです。しかも、ボーイフレンドの前で。私は、「もう少し、控えめにしたら。彼に嫌われるわよ」って言ったら、私を愛しているなら、私の全てを愛するべきだわって。何と言うお言葉。彼はそれを聞いてにやにや。それは、やっぱり愛なのだろうか。下の娘は偽善者です。私が若いときには、母親の前でおならをするなんてことは絶対なかったのに、コンピューターに向かいながら、ブー。なのに、私がすると、「Mum, you are disgusting!! お母さん、何て下品なの」と言うのです。彼女は、本当に偽善者です。

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真夜中に、もっと高尚な哲学的な話でもしたかったのですが、眠れないままに、本当に不調法な話をしてしまいました。ところで、今朝もまた、競馬学校の卒業生から電話。このところ頻繁に電話がかかります。嬉しくて、また長電話してしまいました。皆、息子のように感じられるのです。電話をしてきたのは、現在タスマニアのロンセストンで騎手をしている西谷泰宏君。日本に2週間ほど休暇で戻り、先週復帰後すぐに勝利を挙げたのだとか。ブログを始めたって言っています。

http://ameblo.jp/yassygoyassy/  彼は、私が、大学辞めさせてオーストラリアに連れてきたので、ぜひ成功して欲しいと思っています。それから、JINさん、あなたのブログまだ更新してないわよ。早くしてよね。



アメリカの現実

先日、北海道のセレクトセールで、日系のアメリカ人に会いました。公務員を退職して、今は、好きな馬の写真を撮りながら旅行しているのだとか。うらやましいな。と、その彼が、私にこんなことを聞いてきました。「オーストラリアでは、日本人だということで差別はありませんか」ええ。30年近く住んでいますが、全くありません。その人は驚いたようですした。「でも、オーストラリアは白豪主義では?」それは、昔のことですと私は答えました。その方は、アメリカ生まれ(戦時中に収容所で生まれたのだそうです)にも関わらず、今でも人種の差別を感じるのだと言います。彼女の娘にもだから学歴をつけて差別されないようにと言い聞かせていると言いました。60年も彼はアメリカに住んでいるんですよ。しかも、アメリカ人としてアメリカで生まれているのに、まだ差別されるなんて。

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今朝、アメリカのケンタッキーから電話がありました。アメリカからなんて、すごく珍しい。トレインテックを何年か前に卒業して、今アメリカで働いているSHIN君からでした。「実は嬉しいニュースがあるんです。アメリカのグリーンカードがとれました」って。何でも、彼は、二年前に、グリーンカード・ロッタリーに4千500円払って登録したんだそうです。それが、当たったんですって。書類の整備や面接など、最終的にカードがもらえるまでに、まだしなければならないことがたくさんあるようですが、とりあえず、それに当たるということが、まさに「宝くじ」に当たるようなものらしいんです。そうか、ロッタリーだから、宝くじに当たったんだ!もっとも、彼が伝えるアメリカの現状は、ちょっとイケテいないような感じです。英語の分からないメキシコ人と働くのも、どうやら大変そうだし、オーストラリアにあるような暖かいコミュニティーというのも、アメリカにはないらしい。馬のことも「勉強になる」って言うけれど、それは、アメリカの馬は壊れやすいから、そういう意味で勉強になるということらしいのです。「オーストラリアの馬は丈夫だったから」そういう意味では、ケアなどあまりしなくても「もった」といいます。電話代が大丈夫なのかと思うほどの長い電話で、彼がいかに、会話に飢えているかが分かりました。グリーンカードと、オーストラリアに戻りたい気持ちの間で、気持ちが揺れているような感じもしました。

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昨日の夜偶然、主人と話していたことがあるのです。近所の公園でサリーを散歩させていたときのこと。たまたま一緒になったアメリカ人が私にこういいました。「オーストラリア英語を日本語なまり(Japanese accent)で聞くなんて、interesting! 主人は、怒って、piss offと言ったかといいます。つまり、「ナに言ってやんでえ。あっちいけ」っていう感じかな。主人は、あいつらは(アメリカ人)は、まともに英語も話せないくせに、自分の言葉だけが良いって考えている。世界には何十もの英語のアクセントがあるんだぞ。って、言っていました。私はオーストラリアに約30年間住んでいて、一度だけ、酔っ払いに絡まれたことがあります。中年の女性で、彼女はちょうど日本レストランから出てきたばかり。日本人が、オーストラリアの土地を買い捲っていたころです。彼女は、you are not welcomeって私に言いました。酒でも飲みすぎたんだなって、思いました。オーストラリアに人種差別がないとは言いません。でも、アメリカほどひどくないことは確かなようです。

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数年前に、オーストラリアに長く住んでいるアメリカ人が、「アメリカは、まだ女性や黒人が大統領になる準備が出来ていないのよね」と言った言葉を思い出します。黒人の大統領が出て、アメリカが変わったと思うのは、恐らく、幻想なのでしょうね。

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今朝は朝一番で、歯医者に行ってきました。昨夜から、歯が痛くて痛くて。いきなり高い治療費を払わされて、財布もかなり痛い。来週もまだ治療が続きます。歯は、まだ痛んでいます。痛み止めを飲みましたが、まだ直りません。痛くて涙を流しています。さっき、残間さんのブログ読んだら、彼女も、何だか気が沈んでいるようです。仕方ないなあ。人間だから。



お嬢様・お代官様

お嬢様の声が聞こえます。'Mum, could you come here please' 「お母さん、ちょっとここに来てくれない」お母様ならぬ、下女の私は、すごすごと仕事場から出ていきます。はい、お代官様(お嬢様)なんでごぜえますでしょうか。「あのね、さっき、このカップでお茶を飲んだら変な味がするのよね」「へい」(頭を上げないように答える。でないと、表情を読み取られるから。。。)「よくみたら、カップの底にミルクがあるじゃないの」「へえ」「いつものことだけれども、食器を洗うときには、気をつけて洗ってくれない。プンプン」「へえ、お代官様。分かりましたでございまする」そして、娘は、今度は、お殿様に言いつけに行く。「お父さん、お母さんって、またちゃんと食器あらわないのよ」お代官様、そんなに、オラの洗い方が気に入らないのであれば、どうぞ、ご自分で洗ってくだせえますか。おっと、そんなことを言ったら、首を切られるかも知れねえので、オラは、何にも言わずにすごすごと仕事場に引き返します。(涙)

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お嬢様の声がまた聞こえます。今度はナンでしょう。すごすご。台所の薬棚を開いて、お代官様は、おっしゃいます。「あのね、このフィッシュオイルは、私が自分のお金で買ったものなのよ。だから、これには手をつけないでね」というわけで、うちの薬棚には、フィッシュオイルが二つ並んでいます。一つはお代官様のもの。もう一つは奴隷の私が買ったもの。あっ、またお代官様の声が。「お母さん、ちょっと来てくれない」またすごすご。「はい、今度は何でごぜえますか」冷蔵庫のドアを開けて、お代官様はおっしゃいます。「このイチゴだけれど、私が、自分のお金で買ってきたの。いいものだから、手をつけないのでね」あっ、いけない。もう手をつけてしまった。首を切られるだろうか。もっとも、お代官様は、きがついてない様子。ほっ。というわけで、家に戻ると、私は、お代官様の声に、いつもびくびくして暮らしているのです。そして、時々、「自分で買ったもの以外」は、一体誰が買っているのか、お代官様は考えたことがあるのかと.......

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ところで、昨日、お代官様が、何やら美味しそうなものを買ってきて一人でお召し上がりになっています。なんだろう。「お母さん、食べてみる?」いえいえ、めっそうもない。「美味しいわよ、食べてみれば」今日はなんと、お優しいお言葉。涙をこらえて「では一口」いや、まあそんなに美味しいわけでもないなあ。お代官様は「ゼンブ食べていいわよ。私はもう食べ終わったから」と、お優しく言われます。いえ、いえ。「食べてよ。食べないっていうの」お代官様の声が大きくなります。「いえ、私は一口でもうたくさんです」「いいから、食べなさいよ。私は人が口をつけたのを食べるのは嫌なのよ」あああ、私は、人なのか。単なる人なのでしょうか。お代官様、いえ、お嬢様。あなたは、私の体から生まれて(あとの過程は詳細を記しません。また、ロボットサーチで変なコメントがどっさり来るからです)、私はあなたのあのくさいウンチを綺麗に拭いてあげたこともあるのですよ。それを、私を「人」つまり「他人」と言うのですか。(涙、大涙)

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今日のお嬢様は、ソファーに横になってはリー・ポッターの最新版を読んでいらっしゃいます。何でも、私の日本出張の時に、ハリポタを三度も観にいったらしいのです。「つまらないわ」って言いながら。主人が、一緒に行こうかって言ったのだけれど、NOって言われたから、彼は、私に一緒に行こうって言っています。ゴールドコーストにいる上の娘も観に行ったらしいのですが、やっぱり、がっかりしたって。彼らは、つまり、ハリポタと一緒に成長しているので、成長してくると見方が変わってくるのに気がついていないのですよね。

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昨夜は、主人の作ってくれた美味しいスープ(まだ胃が変なので)とトーストを食べながら、我がチームセインツの試合を見ました。なんと、17戦連勝。昨日は、ランキング3位のチーム、ウエスタンブルドッグとの対戦で、恐らく、我がチームはやられるだろうと言っていたのです。いつかは負けるものだと、誰も思っていました。が、また勝ってしまいました。それも大勝!チームキャプテンの、ニック。リーウオルト様は、私たちの希望の星です。昨日も、自分のゴールを犠牲にして、チームメイトにチャンスをやって、チームを勝利に導きました。ところで、そのリーウオルトは、うちの主人の昔の仕事仲間で、ゴールドコーストに住んでいる友人の息子の友達だったらしく、よく、彼らの家に遊びに来たんだそうです。もっとも、その頃はまだ洟垂らしだったようですが。長じて、我らが希望の星になるとは。r263713_1100154.jpg


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昨夜も今日も、シドニーは冬らしい天気になりました。昨日の昼は20度近くまで気温が上がって、春の感じもしたのですが。今日は、朝からヒーターにしがみついて、仕事しています。この写真は、うちのサリーが、ヒーターの前で、「おおサムこサム」しているところです。それにしても、彼女のこのハラ。見てください。メタボです。飼い主とおんなじ。何とかしなければ。P1050193_convert_20090726114956.jpg

追伸  JINさん、オーストラリアに戻ってきたんだから、競馬のソナタを更新してくださいよ。

売れるのに売らない日本

その昔は、南アメリカのパンパ(草原)にまでものを売りに行ったと言われる輸出国日本。でも、今は、メジャーな会社を除いてはちょっと悲しくなるぐらい、輸出べた。先日、うちの娘が、「世界で最も美味しい味噌汁」といった会社に、メールだしてみたけれど、返事なし。まえにも、新潟のお菓子の会社に、オーストラリア人の知人に頼まれて連絡したけれど、「どこのだれだ」って言われて、おしまい。味噌汁なんかは、最近、オーストラリアのスーパーで見かけるけれど、あの英語とパッケージのデザインじゃ売れません。また、プラスチックの袋に、ドロッとしたまま入っているのも、こちらの人には、「うんち」に見えてしまいます。日本の輸出、どうして努力が足りないんでしょうか。

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ローソンから買ってきた味噌汁。娘が、「世界で最も美味しい?」ってまた言ったので、その会社のウエッブにアクセスしてみたのです。企業理念に「海外市場開発」ってありましたが、肝心の英語のウエッブがありません。海外市場開発っていうからには、海外に討ってでようという「気」があるのだろうと思うのですが、マーケットの第一歩も踏み出していないようです。それで、社内では、「なかなか売れないよね」なんて、ぐずぐず言っているのでしょうね。それにしても、ローソンそのものがオーストラリアに進出してこないものでしょうか。

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売れるのに売れない、あるいは売らない日本の品物って、オーストラリア人の目からするとたくさんあります。売らなくてもいいのであればいいのだけれど、売りたいのに売れないっていう場合には、WHY? HOW?って考えるのが普通だと思うのですが。どうでしょう。WHY? HOW? 日本の会社にはそれがない。これは、海外市場の話とはちょっとずれますが、大阪梅田の地下街。毎週木曜日には全店閉めるんですよ。どうして?どうして、全店閉めちゃうの?木曜日には、梅田駅には人がこないんですかね。売れているから、閉めるんでしょうかね。売れているといえば、うちの会社の九州というレストラン。オーストラリア人にすごい人気で、何でも、オーストラリアで最も流行っている日本レストランだとか。ここは、さすがに、月曜日と火曜日の二日間店を閉めます。ここは、儲かっているから、いいのです。

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何事にも興奮することのない、うちの主人が、やっぱりローソンから買ってきた「れんこんチップ」を、これは今までで最高の味だ!って興奮して言ってきました。娘は仙台のZUNDAが良いって言っています。XUNDAってご存知ですか。枝豆を摩り下ろしたもので、仙台地方の名産です。最近は、東京の大丸や、品川の駅中の名店街にもあります。もっとも、日本のいいものが、そのまま外国で売れるわけではないので、そこはまあ専門家に相談するのがいいのでしょう。でも、日本人は、この専門家に相談するということもあまりありません。せいぜい、外国にいる日本の企業に聞いたりするだけ。コンサルタントは胡散臭いと思っているのでしょうか。あるいは、どのようにコンサルタントを使っていいのか分からないのでしょうか。それとも、企業内でやればいいと思っているのでしょうか。でも、企業内に人材はいるの?どんな人?

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JETROって、昔は、海外からくる人を手助けするようですが、最近は海外を目指す日本企業の手伝いも始めたって聞きました。ほんと、誰かが手助けしなければ。そうそう、地方自治体でも、最近、海外市場戦略を手助けするっていうようなところありますよね。確か、シドニーにも地方自治体の統合事務所があったなあ。今もあるのでしょうか。さて、かつて、宮城県でも、県産品の輸出を手助けするということで、MBA(宮城ビジネスアンバサダー)というのを作りました。宮城出身の私は、それでは、助けたるか。。。。。。などと、わざわざ仙台まで行ったことがあります。でも、MBAの仕事って、単にオーストラリア市場のレポートを書くだけで、しかもそのフィーが7千円だと言うのです。やる気が出ませんよね。そこで、自己推薦をとりさげました。当時の浅野知事にも、よろしくって頼まれたのですが。ヤメマシタ。

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シドニーは今日は18度。午後にはだいぶ涼しくなりましたが、久しぶりに早く家に戻り、暗くならないうちに公園に行きました。美味しいパスタを主人が作ってくれました。主人は、それで足りなかったのか、今、亀田製菓の、赤穂の天然塩をかけたサラダせんべいを主人がボリボリかじっています。「ちょっとFISHY(魚くさい)けれど、この触感が最高」って。ほら、亀田さん、売れるでしょう。頑張れば?





もう夏?のシドニーから

昨日、シドニーに着きました。実は、シドニーまで眠りっぱなし。ホテルから、東京シティーバスターミナルから、リムジンバスに乗りましたが、バスの中でぐっすり寝てしまいました。(普通は全く寝ることはありません)成田空港でかなり時間がありました。UCのコーヒーショップでちょっと仕事。飛行機に乗る前に、夕食を済ませ、午後9時10分のブリスベン行きに乗りました。飛行機は、日本行きとは異なり満員でした。今回は、横になることができません。でも、ほぼ着陸直前まで、直立不動のまま寝ていました。ブリスベンで1時間の待ち合わせ。シドニー行きに乗り継いで1時間半。また寝てしまいました。シドニーに着いても、まだ眠い。とりあえず、会社には行きましたが、早めに家に戻り、夕食まで眠りました。夕食を済ませて、仕事?と思いましたが、やる気が出ません。今朝まで、またぐっすり眠りました。スリーピングタブレットを飲む必要もありません。今日も、会社から午後早めに戻り、また眠ってしまいました。サリーとの散歩が出来ませんでした。

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今朝は太陽がきらきら。昨夜洗っておいた洗濯物を干しに庭に出ました。洗濯物を干すのは、私の最も好きな仕事の一つです。車の中で、娘が、「まるで夏が来たようね」といいました。7月と8月は、オーストラリアは最も寒い季節です。この季節に夏が来てしまったら、本当の夏はどうしてしまうのでしょう。恐ろしい予感がします。

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成田空港は、とても国際的な空港とはいえません。飛んでくる人たちや飛んでいく人たちに便利なサービスが何もないからです。今回は久しぶりにカンタスで飛んだので、ターミナル2に行きました。ターミナル2は、全くひどい。Eチケットをプリントアウトしようと思ったので、TIラウンジというラウンジに行きました。小さなラウンジで、えっ、こんなところにビジネスセンターがあるのかしらと心配しました。そして、心配は本当になってしまいました。私が、ダイナースカードなどの会員であれば、無料だったらしいのですが、会員ではないので、1200円ほどとられました。まあ、とられても、そこでゆっくりしたり、仕事ができれば全く問題はありません。コンピューターは?あそこに一台です。それがオドロキ桃の木、コンピューターは囲いも何もない、ラウンジの真ん中にあるのです。そこには荷物を置く場所もありません。周りには人が座っています。とりあえず、ウエッブメールをチェックしようと思ったら、今度は、コンピューターがフリーズしてしまうのです。何度やっても同じ。おまけに、「これは、他の人から読み取られる心配があります」とのメッセージ。受付の女性に聞いたら、「ああ、それは出るんですよね」って。どうして出るのか説明してよ。.周りの人が私をじろっと見ます。

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Gメールをあけたら、妹からのメールが入っていたので、返事を出そうと思いました。でも、送信ができません。受付の女性にまた聞きました。「ええ、時々そんなことがあります」「ちょっと待ってください。そういうことがあるのなら、なぜ直さないんですか」ラウンジにいた人たちが、私たちを一斉に見つめます。可哀想に、あの叔母ちゃんに苛められているなって感じで。「コンピューターがあるから、ここに来たのです。お金を払うのは全く問題がありませんが、誰か、コンピューターのことが分かる人を呼んでください。でないと、入室料は無駄になるでしょう」「それが、いないんです」分かりますか。私の怒り。どうやら、私だけでなく、前に、他の人からも、同じような質問があったり、文句があったりしていたような言い方をします。なのに、その問題を解決していない。彼女たちの責任ではないかも知れません。結局、「入室料を返します」と言われましたが、それが問題なのではなく、役に立たない人間を雇って、役に立たないビジネスをしていることが問題なのでしょう。

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成田空港には、コンピューターからプリントできるような場所がどこにもないのです。つまり、ビジネスセンターなるものがありません。もっとも、ビジネスピープルは、エアラインのラウンジを使っているからという発想なのかも知れませんが。それにしても、成田空港のサービス不足は話しになりません。きりがないほど、色々。さて、シンガポール空港も、何度か訪れてみると、あまりサービスがよくないことが分かります。レストランも、最近ではほとんど食べるところも食べるもののなくなりました。お金を払って(約30ドル)借りることのできるラウンジがありますが、これもまあ並程度。それでも、成田と比べるとトップクラスに見えてしまいます。それぐらい、成田のラウンジはひどかった。

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文句はこれぐらいにして、成田空港に、美味しい中華料理の店がありました。創作中華のような感じです。四川定食を食べましたが、麻婆豆腐がとても美味しい。小さな担々麺もついています。食事の後にまだ時間があるので、鉄観音のお茶をいただきました。これも美味しかった。店の作りも、働いている人たちも感じがよく、成田空港のトップレーティングの店です。機会があればぜひ。


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娘が電話で「大きな花が届いたわよ」って言ってきました。どうやら、サングスター兄弟からの贈り物。やっぱり洒落ているなあ。問題は、そんな大きな花束を飾るようなスペースが私の家にはないこと。それって、サングスター氏には分かってもらえませんね、きっと。明日は、このところ、ずっと痛かった歯をみてもらいに、歯医者に行きます。治療をしてもらうのはいいのですが、きっと治療費がすごく高いのではないかと頭痛がします。いずれにしても、私の人生は痛みだらけです。

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最後に、コメントをいただいている方々へ。私がそのコメントに返事をしようとすると、書込み禁止がされていますというコメントが出て、返事が出来ません。無視しているのではないので、お許しください。時間のあるときに、どうしたらその書込み禁止が解けるのかワークアウトしてみます。それにしても、どうしたのかしら?前はちゃんと出来たのに。



家族

さきほど、仙台から戻ってきました。午後に行って、お墓参りをして、弟と妹と食事をして東京に戻りました。私が北海道にいる間、妹から電話があり、私は、もしかして、仙台にいる家族に何かあったのではないかとちょっと心配していました。結局は、私のブログが原因で、彼らが、私に何かがあったのではないかと心配をしていただだけだと分かりました。お互いに心配していたのです。そこで、せっかく、今日は何も仕事の約束がないので、東京の宿で、ダラダラと仕事をするよりは、「今」したいことをするべきだと思い、家族に会いに出かけることにしたのです。

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仕事なしで、日本にいるのはつらい。家族が傍にいないから。あっ、私には家族がいた。家族に会いにいこう。と、仙台に出かけました。着いた仙台は雨。緑がとても綺麗でした。弟たちと待ち合わせをした、青葉通りにあるエクセル東急ホテルの前には、七夕飾りが飾られていました。私が子供の頃は、市民の皆が、あの飾りを作ったのです。市内の中心部だけでなく、夫々の町に、七夕飾りが飾られていました。「晴れて嬉しい、星空見れば.........」と七夕音頭の歌が思い出されました。そういえば、日本舞踊の先生だった母から指導してもらったなって、それも懐かしく思い出されました。18072009106_convert_20090719000013.jpg


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弟夫妻と私は、寿司を食べに行きました。甥っ子とは、会いたかったのに会えませんでした。オバサンが行くよ。会いましょうね。ウンと言っていたのに。どうして、会ってくれなかったのかなあ。弟夫妻とは、ほんのわずかな時間でしたが、昔話と今の話をちょっぴり。KENちゃんの話もしました。私と1歳違いで、子供の頃に良く遊んだKENちゃんは、最近亡くなったという知らせがあったのです。KENちゃんは、目が大きく、目の小さな私とは対照的。本当に兄弟のように喧嘩しながら良く遊びました。彼は、アメリカに留学して、それから、海外生活が多かったらしく、最後は香港で亡くなったのだと知りました。香港に住んでいると知ったときに、アメリカなら無理だけれど、香港ならもしかして会えるかも知れないと思っていたものです。50歳代で逝くなんて早すぎる。

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この写真は、珍しい家族全員の写真です。珍しいというのは、父は、私たちが子供の頃から外国に仕事に行っていて、ほとんど家にいることがなかったのです。だから、我が家の、家族全員の写真は珍しい! この写真は、父の従兄弟たちのいる鎌倉・由比ガ浜で撮った写真です。今、私のパソコンの壁紙になっています。父はベトナムでの仕事から戻ってきて、鎌倉の従兄弟の家に間借りしていました。私たちは、夏休みになると、仙台から出て行って、鎌倉でひと夏を過ごしたのです。この写真をみて、うちの娘たちが、「お母さんの家系から、大根足をもらった」って、怒っています。そうですよね。四人が全員、大根足ですよね。弟は、やせていて、仙台弁で「やせ・ひんたこ」って言われていました。私は、人生のどの部分でもやせていたことはありません。

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今、私のアルゼンチン時代のことを書いています。編集の方と話しをしたら、私のライフストーリーでは、やっぱりそこが中心になるだろうって。アルゼンチン時代のことは、同じ大変さでも、オーストラリア時代とは完全に違います。色彩が違います。アルゼンチンの時代は、戦争、独裁者、裏切り、別れ。あの時代は、私にとっては、まさに灰色の時代でした。でも、アルゼンチンでは、私は、たくさんの音楽に出会いました。悲しかった時代を、音楽が慰めてくれました。メルセデス・ソーサ。アタウアルパ・ユパンキ。日本で根強いファンがいるというバンドネオンのピアソーラ。彼らを、私は生で聴いているのです。ブエノスアイレスにいた3年半は、音楽と演劇に、私は悲しい心を慰めてもらっていたのです。そして、かの地には、街角のあちらこちらに、音楽と演劇がありました。ところで、今日は、仙台駅近くのタワーミュージックに行ったのですが、メルセデス・ソーサのCDはありませんでした。ユパンキを買ってきました。虐げられたインディオたち。彼の歌う歌は、軍への抵抗だと思われました。フランスに亡命せざるを得なかったユパンキ。歌は、インディオたちの抵抗の証でした。

☆ ☆
LOS EJES DE MI CARRETA 牛車に揺られて


心棒に油をさしながら
おいらはろくでなしだとさ。。。
音の立つのが好きなのに
油なんかさしてやるものか

これはあんまり退屈だ
わだちたどって、のろのろと
道をたどって、ごろごろと
楽しみひとつあるわけじゃない

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車軸に油をささないで、車輪の音を聞きながらパンパを行き来する荷車の御者。彼を、人は無精者だという。孤独を歌った不滅の名作だと言われます。アルゼンチンのパンパは、寂しすぎる場所です。何もない。虚無の世界です。

☆ ☆
明日の夜に、シドニーに戻ります。

日本の男性は.............

日本の男性は,,,,,,,本当に不親切だし、何と無礼なんでしょうと書くつもりで、千歳から羽田までの飛行機から降りてきました。というのは、私がまだ立ち上がる前に、窓側に座っていた男の人が、何も言わずに、私の前を通って出ようとしたのです。オーストラリアだったら、当然、私が出るのを待つか、何かの理由でどうしても出なければならない時には、EXCUSE MEと言うはず。そしたら、私はPLEASEと言い、彼を出してあげたでしょう。それがマナー。ところが、何も言わずに、無理やり通ろうというのは、ちょっと信じられません。

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その無礼な男性を、むっとして通してあげた後に、私は、上にあげてある荷物を出そうとしていました。後ろの男性が、自分のものをとっていたのですが、私がとろうとしているのを見ても何も言いません。これがオーストラリアだったら、Would you like me to help you? 「とって差し上げましょうか?」と、十人中十人が言うはずです。ところが、その人は何も言いません。他の男性も何も言いません。私は椅子に飛び上がって、荷物をとったのです。まあ、ほとんどこんな状態なのでいつものことなのですが........。でも、シンガポールだったら、シンガポールの男性は、助けたでしょうし、韓国だったら、年取った女性には格別に親切です。この国、日本では、私がに椅子に飛び上がれない年寄りだったとしても、絶対、誰も助けてくれないだろうなと、噴飯もので飛行機から降りました。年寄りに不親切な日本の男性!

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そういえば、6月に、オーストラリアの人たちと一緒に、滋賀県まで言った時に、お婆さんが(とっいっても、あまり私と違わないかも知れませんが)優先席の前で立っていました。優先席には、サラリーマンらしき30代の男性が二人。おしゃべりに熱中して、おばあさんに席を譲る様子もありません。遠くから見ていた、オーストラリア人の連れが、彼女のところまで行って、自分が座っていた席を譲ろうとしました。彼女は、ありがとうございます、でも結構ですといって、そこに立ち続けていました。その馬鹿な男たちは、政治問題などしゃべっていましたが、「お前らに、そんなことを言う権利はあるのか。政治問題より、身近なマナーを実行するほうがもっと大切だろうが」と、私は、心で叫んでいました。もっとも、立っているおばあさんも、席を譲るように、彼らに言ってみてもよかったかも知れませんけれど。そのための優先席なのですから。

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羽田からリムジンで箱崎のバスターミナルまで行って、そこからタクシーに乗りました。タクシーの運転手さんは、とても親切で、私の大きな荷物を嫌な顔もせずに、後ろに運んでくれたり、出してくれたりしました。ワンメーターなのに.......ホテルに着いたら、荷物をわざわざホテルのドアまで運んでくれました。ふうむ、日本の男性は.......不親切とも言えないなと思いました。そういえば、今回、北海道で、私たちにずっとつきっきりでお世話をしてくれた、ドライバーの川上さんも、とても礼儀正しく親切でした。仕事だと言えばそうですが、仕事というだけでなく、その人柄のよさがにじみ出ています。一緒に座って話をさせていただいても、本当に、楽しい会話ができました。日本の男性は、こうした会話もなかなか出来ない人が多いですよね。それにしても、日本の男性の中にも、親切な人もいるのですね。と、またまた日本人バッシング!!

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ジョン・シングルトン氏はセリに来られなくなりましたが(競馬ブックの今週号に記事を載せています。買って読んでください!)、その代わりにダンカン・グリムリーさんが来てくれました。彼は、もともと、ロバート・サングスターの仕事をしていたようで、今回、別口で、社台ファームが招待したアダム・サングスター氏とは、彼が子供の頃から知っていたようなのです。あまりの偶然に驚きました。P1050160.jpg
運命の出会いという感じででした。今回のセリで、彼らは馬を買うことはなかったのですが、アダム・サングスター氏は、日本で馬を走らせたいといっていました。サングスターファミリーは、これまで世界22カ国169個のG1レースに勝っているそうです。もちろん、それらを生産して。今朝は、吉田照哉さんとの話しに花が咲いて、「あなたのお父さんが馬に進出してくるまでは、社台がヨーロッパやアメリカのセリでドミネートしていたんですよ」と、笑って話すと、アダム氏が「すみません」と返し、世界のサラブレッドの生産のトップファミリーメンバーの”凄い”対談となりました。それにしても、彼らは、照哉さんと千津さんご夫妻のホスピタリティーに感動していました。アダムさんの弟のサムさんは、「何て美しい牧場なんだろう」と感動していました。そうか、社台ファームは、世界のサングスターファミリーを感動させるような牧場なんだと、あらためて、そんな牧場にお邪魔できる幸せを感じました。P1050169_edited.jpg

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さて、明日は、いくつか仕事をして、土曜日は....まだ決めていません。かなり疲れているものですから。そして、日曜日にオーストラリアに戻ります。









セレクトセール

セレクトセールに来ています。毎日、朝から晩まで仕事をしていて、寝る間もありません。まるで天国のような場所に泊っているのに。泊っている場所は、登別の滝の屋というホテルです。吉田家の遠い親戚がされている宿だと伺いました。今回、オーストラリアからのゲストは、社台の吉田照哉氏の招待です。オーストラリアを代表する実業家で、オーナーブリーダー、マジックミリオンズのオーナーの一人でもあるシングルトン氏の代理人。そして、サラブレッドの近代化の父とも言えるロバート・サングススター氏の息子で、アダムとサム・サングスター氏。セリの2日目ですが、まだ慎重に構えているのは、二つの理由があります。

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彼らは、日本の血統を知らないこと。イヤリングを今、買っても、日豪の間で検疫協定が結ばれていないために、オーストラリアに直接連れていくことができないこと。オーナーの権利が取れる可能性が、まだ分からないことなどです。しかし、今日は、社台スタリオンセンターに行って来て、ディープインパクトを始め、ダイワメジャーなどのスタリオンを見て、「ああ、だからあのような姿の仔ができたのかと納得した」と言っていました。あまりにも、オーストラリアの馬と日本の馬が違っていたのにもかなり驚いていたようです。でも、スタリオンセンターからの帰り道、オーストラリアから繁殖牝馬も送りたいなどとも話しており、世界の人と手をつないで仕事をしたいという照哉さんの気持ちが伝わったような気がします。

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昨日は大雨で、ずぶぬれになりながらのセリ。今日は、カンカン照りで、一時頭がくらっときました。寝てないので、そのためだと思います。明日は何でも雷雨だとか。天気予報が当たりませんように。

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セリでは、懐かしい人たちに出会いました。「僕、覚えていますか」と言われ「あなただ誰?」と聞いたら、「鷲尾です」って。ああ、鷲尾健一君か。私の立ち上げた三つの競馬学校の二つ目の学校で、学んでいた鷲尾君です。今は、ビッグレッド。ちょうど岡田さんが最高価格の買い物をしたあとでした。「仕事が充実している」し、幸せな家庭も持っているようです。真理子さんと、一生会えないかも知れないと思ったって、言われて、胸がジンとしました。競馬の学校作ってよかったな。それから、前田さんにも会いました。前田さんは、ミスターゼンのオーナー。十年近く、一緒にゼンを走らせた人です。今は、地方競馬のオーナーで成功してるって言っていました。他にも、セレクトセールでは本当にいろいろな人と出会いましたし、随分声をかけられました。それにしても、私の顔を見て避けるのではなく、わざわざ寄って来てくれるって、なんて奇特な方たちでしょう。

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そろそろ、寝ます。あと5時間しか寝る時間がありません。




なぜ..........

自分の身に災難が降りかかると、私たちは「なぜ自分に」と考えてしまいます。昨日の私は、「なぜ」を連発していました。でも、答えはないのです。昨日実は、明日、オーストラリアから日本にやってくる予定になっていて、私と合流するはずだったジョン・シングルトン氏の秘書から緊急の電話が入りました。私に緊急のメールを送ったのだけれど、返事がないので、事務所にいた主人まで連絡をとって、主人が、私の携帯にメッセージを入れてきたのです。ちょうど、ブリスベン空港に着いた時でした。急いで、秘書のダイアナさんに連絡をとると、シングルトン氏が、トレッキングをしていたノーザンテリトリー(北部準州)で、大怪我をしてしまったというのです。私は、声を失いました。

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とりあえず、一命はとりとめたようですが、不便な場所での事故ですから、ダーウインからヘリコプターを飛ばせて、まず病院に運ばれているということでした。秘書のダイアナさんも、それ以上は分からないらしいのです。シングルトン氏は、吉田照哉さんと今年のマジックミリオンズで意気投合して、13日から始まるセレクトセールに来るはずでした。オーストラリアでは、知る人ぞ知る実業家ですから、半年前から日程の確保をして、慎重に準備をしてきたのでした。それが、こんなことに。

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吉田照哉さんにも早速連絡をとりました。照哉さんも、シングルトン氏が来るのを楽しみにしていましたので、その心はどんなだったでしょうか。命に別状がないということを知ってホッとしていたようですが、訪日直前だけに.........。私は、どのように説明をしていいか分かりませんでした。社台ファームの、たくさんの人々の努力が無になってしまうのではと、私は、心が真っ暗になりました。なぜ、こんなことが起きたのでしょう。答えはありません。幸いなことに、セリには、シングルトン氏の代理で、彼の所有するストロベリーヒルズスタッドのジェネラルマネージャーは予定通り来ることになっています。しかし、本人が来るのとは、やはり違います。だから、私の胸は沈んだままです。

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昨年も、似たようなことがありました。オーストラリアの鉱山王、ネイサン・ティンクラーがセレクトセールに来るといいながら、土壇場で来ないと言い出したのでした。何日かして、すぐキャンセルを撤回して、来てくれましたが。あの時も、私は、電話の前でへなへなと座り込んでしまいました。今回は、キャンセルではなく、事故が原因ですが、しかし、やはり。

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一昨日は、実は、歯が痛んで、ほとんど眠ることが出来ませんでした。主人が、日本に発つ前に絶対DENTISTに行くべきだというので、会議の時間を見て、予約をしていました。ところが、今回の、シングルトン氏の件で、歯痛どころではなくなったのです。歯の痛みは、一時的に止まってしまいました。母まだずきずきとうずいていて、熱いものも冷たいものも食べることが出来ません。でも、胸のうずきのほうが強い。今夜は、久しぶりに、新橋のホテルにいます。明日は、羽田から北海道です。胸が痛くて、痛くて。

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千歳は雨のようです。私の心のように。








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