ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

1億600万ドル当たったら!

オーストラリアのロットで、1等がずっと当たらなくて、ロールオーバー。今夜、9000万ドルという超大型賞金になりました。と言っていたら、最終的には1等賞金が、1億600万ドルになるということでした。主人も買っていたようだし、私も、わずかですが、へそくりで買いました。番号はThe winning numbers were 12, 3, 38, 21, 23, 29 and 40, with 43 and 22 as the supplementary numbers. ということで、私は、3と38しか当たりませんでした。3は、主人の誕生日から、38は、私が結婚した年。あとは、全滅です。まあ、そんなものだと思ったけれど。先日、NZでもこの種の大型ロットがあって、二人の姉妹に、確か10000万ドルぐらい(不確か)当たりました。彼女たちは、当選前日、銀行から新しい車を買うためのローンを拒否されたのだそうです。そんな話を聞いたので、もしかして、私にも当たるかと思ったのですが。だめでしたね。

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主人に、9000万ドル当たったらどうするの?って聞いたら、そうだな、ワゴン車を買って、ホームレスの人がいるところで、キッチンをしてあげたい。オーストラリアが終わったら、日本に行って同じことをしたいって。娘がそれを聞いて、「えっ、私にくれないの。私も困っているじゃないの」そして、「私に、そのお金が当たったら、そのお金持って、外国に住むわね。もしかして、日本に」ふうむ。あまり意味が分からない。自分でも分からないのではないかと思います。私?まあ、色々、片付け物をしてから、考えようと思いました。仕事は止めたくないな。あるいは、主人と一緒に、ホームレスの人のためのキッチンを手伝ってもいいかなとも思いました。動物のためにお金を使ってもいいなとも思いましたけれど.......ほんと、我々夫婦は、バカがつくほど、能天気なのでした。

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テレビで、同じようなインタビューをしていました。回答は色々。「もう、会社にいかない」と言う人もいたし、「会社の人たちでシンジケート組んでいるから、もし当たったら、全員で辞めちゃうと思うから、会社は潰れるだろうなって」いう人も。社長さん可哀相ね。もっとも、私たち夫婦のように、能天気に、ホームレスの人たちのためになんて、馬鹿げた妄想をする人たちはいませんでしたが、一人だけ、余ったら、コミュニティのために使いたいって言う人もいましたね。笑っちゃうのは、オーストラリアの共産党の人。「当たったら、党員のために使いたい。資金があれば、十分な活動ができる」って。本当かな?

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先日、競馬で、20ドルをビッグ6というシステムに賭けて、25万ドル儲けた人がいました。過去に、テレビで経済の専門家たちに、何が最も確率の良い投資かって質問したら、株だの、為替だのという言葉が出てきましたが、結論は、何と競馬でした。今は、香港にいますが、オーストラリア人の馬券の専門家に、何年か前に、インタビューしたことがありました。「どうしたら、馬券で失敗しませんか」って。そしたら、「賭けないことです」って笑って言っていましたが、彼は、全レースに賭けないことだと言っていました。同じようなことを、その昔、馬券の専門家が、自分の著書の中でも言っていました。酒を飲んで賭けないことだって。そうういことではなくて、勝つための鍵を教えて欲しいのだけれど。

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私は、血統評論家の山野さんに言われたことを今でも、よく覚えています。「真理子さんは、人生の賭けで買っているのだから、馬券などで儲けようと思ってはいけない」って。時々、この教えを忘れて、競馬場で賭けることがありますが、いつも、山野さんの言葉を聞いておけばよかったって思います。いずれにしても、私は、人生以外のギャンブルはあまりしません。カジノに行っても、すぐ飽きるのです。パチンコも同じこと。そういえば、大学の時には、パチンコでタバコをとりに行ったことはあります。とれたのか、とれないのかあまり覚えていませんが。

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The safest way to double your money is to fold it over once and put it in your pocket. ~Kin Hubbard

Someone once asked me why women don't gamble as much as men do, and I gave the common-sensical reply that we don't have as much money. That was a true but incomplete answer. In fact, women's total instinct for gambling is satisfied by marriage. ~Gloria Steinemt-

If you must play, decide upon three things at the start: the rules of the game, the stakes, and the quitting time. ~Chinese Proverb




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今日は、調子がいいので、少し遅くまで仕事をします。えっ、ロットが当たっていたら、仕事をやっぱりしたのかって?もちろん。いや、やっぱり嘘かな。神様すみません。




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リターン TO シドニー

シドニーに戻りました。シドニーに戻ると、二人の芸能人の死亡のニュース。若いときにテレビでよく見たチャーリーズエンジェルのファラ・フォーセット。そして、もちろんマイケル・ジャクソン。主人が、「最近のトレンドなのかな」って。おまけに、テレビでマイケル・ジャクソンのニュースを何度も放送するので、私がテレビに向かっていると、お邪魔むしの主人が「おい、マイケルは Still Dead? まだ死んでいるの」って聞きます。彼はマイケルが大嫌い。死んだら、これまで子供たちを食い物にしたりした犯罪が帳消しになるっていうのかって。本当ですよね。

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木曜日にシドニーに戻り、私は、マイケル・ジャクソンと同じく、ほぼ死んだ状態でしたが、金曜日は、ああ忙しい。お昼は、先日日本に同行したBC3のジェイムスとランチ。今後のことを話し合いました。それから、何件も電話。ご無沙汰している人たちがたくさんいるので、しゃべくりまくり。そういえば、JRAファシリティーズからのメールでは、先日、日本でジョイントセミナーをしたKELATO社の製品に対する問い合わせがいっぱいだとか。嬉しいな。日本の皆さん、、馬の飼い食いがよくなるアペタイトAppetite_convert_20090628131500.jpg
とレース前や輸送前に馬が落ち着きエネルギーが出る、ハーブとアミノ酸が入ったヴォルテージ
をぜひ買ってくださいね。(お問い合わせはJRAファシリティーズに)

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シドニーに戻ってほっとしたのは、やっぱり食事。胃の調子が相変わらず悪い私のために主人が、スープを二日にわたって作ってくれました。マッシュルームスープとパンプキンスープ。今日は、ラムのキャセロール。皆、最高に美味しかった。ところで、シンガポールで、ドクター・タンのインタビューの時間を待っている間に、病院近くのショッピングセンターで昼食をとりました。センターのカフェには、白人の家族連れがいっぱい。シンガポールにはご主人についてきた子供連れのRICHな奥様方がいっぱいいることに気がつきました。カフェに空きがなかったので、私は、フードコートに。棚いっぱいに、野菜が並んでいるところに行ったのは良かったのですが、それをどうするのか、分かりません。P1040941_convert_20090627231916.jpg
とにかく、前の人のするように丼に野菜やきのこを入れました。列に並んでいると、そこにスープやヌードルを入れてくれるのです。ヘルシーな感じがしましたが、あまり美味しくありませんでした。なにか、食べるコツでもあるのでしょうか。誰か知っていたら教えてください。
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サリーと一緒に、早速散歩をしています。木曜日も、金曜日も、そして今日の土曜日も。青い空に、飛行機がつけた雲がひとすじ。27062009094_convert_20090627232242.jpg
ちょっぴり寒い風も、サリーと一緒なら大丈夫。「あっ、お母さん。それ、私の水でしょう」「台所においてあったグラスの水を飲もうとしたら、娘の声。「別にいいじゃないの」といったら、「自分でついだ水でなければ、他の人?のものだって気がつかないの?」おまけに、「私、他の人が口つけた水を飲むの嫌なのよ」ときた。WELCOME HOME!! 私は他の人なのね。おまけに、昨日は昨日で、会社に出かけようと思ったら、私の履いている靴を見て「お母さん、それを履いていくの?それはひどすぎる。とても、ビジネスをしている人とは思えない」と非難するのです。その靴は、前に仙台から買ってきたハッシュパピーズの自慢の靴。ウオーキングにぴったりの靴で、最近はこれを履いて、日本でも階段をドンドン徒歩で上っています。まあ、ビジネスには不向きかも知れないけれど。。。でも、やっぱり履き替えました。老いては子に従え。。かな。

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来週は、シドニーの異業種交流協会から依頼されてセミナーをします。私は普段シドニーにいないばかりでなく、日本の人とも交流がありません。だから、ちょっと心配。一体、どんなセミナーになるのやら。何でも30人もの人が集まるんですって。私は、口ほどにもなく、上がり性です。競馬の学校の卒業式の日には、スピーチがあるので、いつも胃が痛くなってしまいます。元女子アナとしては意気地がない。普通にしゃべるとべらべらしゃべるのに、人前に行くとあがるなんて信じられないといわれます。そういえば、女子アナ時代の思い出。生番組で、「では、雨の日には雨に気をつけてくださいね」といって、プロジューサーからイキナリ叱られたことがあります。女子アナ時代の思い出。カウント・ベーシー楽団の公演で前口上を言ったこと。ジョージ川口とBIG4のステージで、やっぱり前口上を言ったこと。そのBIG4には、まだデビュー前のタモリが来ていて、ステージの後に知り合いのジャズバーで、インターナショナル・マージャンをみせて?くれました。本当に転げるほど面白かったのを覚えています。ステージではなかったけれど、その頃デビューしたての井上陽水もスタジオにきて演奏していました。懐かしいな。宮城テレビには、その頃、若手で入社してきた竹鼻さんが、まだいるそうです。


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さっき、競馬ブックの原稿を終えました。明日も、色々ありますが、やっぱり家が一番。2週間ぐらいのシドニー滞在?を、make most of it!! できるだけ楽しむつもりです。ああ、皆さん、私の健康を心配してくださていますが、ええ、今のところだいじょうび!



































おおさむ、シドニー

30度近くあったシンガポールから、おおさむのシドニーへ。といっても、シンガポールは、ホテルからターフクラブに(TAXI)。ターフクラブからホテルに(TAXI)。ホテルのビジネスセンターで仕事してDR TANの病院まで(TAXI)。それから、ケネルクラブの事務所まで(TAXI)。そして、そこから空港。というわけで、ほとんど外に出ることがありませんでした。おまけに、シンガポールのビルは、エアコンが効きすぎていて寒いぐらい。夜、現地時間で8時過ぎにシンガポールを発って、かなり早い時間、5時半にはシドニーに着きました。普段は、長く並ぶ検疫所での列もなく、あっという間に到着ロビーに出ることが出来ました。と、おおおサム。サミー・デービス・ジュニアです。主人の顔が見えないので電話したら、「もう出たのか。俺はこれから家を出るんだけれど」というので、コートを持ってきてもらいました。

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飛行機の中では、ちょっと仕事をしてと思ったら、2時間もしてしまいました。自伝が結構進んでいます。飛行の中は、最高の自伝環境?です。一人で、東京渋谷の日赤で娘を産み、見事に未婚の母になったこと。それから、結婚すると言われて、アルゼンチンまで行ったところまでたどり着きました。オーストラリアまでたどり着くのはまだ先のことですけれど。編集者とも話したのですが、なにせ、やることなすこと変わっているから、それを全部書いていると、第何巻にもなりそうだし、書き終えるまであと何年もかかってしまいそうなので、とりあえずは、アルゼンチンまで行って、オーストラリアまで行くところまでにしようと相談しました。思い出すと辛いこともありました。どうして、今まで自伝を書いてみようと思わなかったのか、自分でもその分けが分かりました。自伝のタイトルのアイデア「金にならないことは全てやった」いうのはどうかと、編集者の方に言ったら、それはいいって喜んでいただきました。でも、友人に言ったら、それはちょっと。。。。やっぱり、「儚ランダの花」が良いって。あんまりロマンチックなものは、私に会わないな。そうそう、編集者に「がばり婆ちゃん」の向こうを張って、「やばい婆ちゃん」って言ったら、それも気に入ってもらいました。「いないいない婆ちゃん」も好きなんだけれど。

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飛行機の中のことです。仕事に忙しかったので、最初は、気がつきませんでしたが、私の5列ぐらい後ろの席に座っている子供の咳がひどいのです。最近は、誰かが咳をしていると、口を覆ってくれないかなと思うのですが、咳をしている子供にはその様子がありません。親は一体何をしているのかと、イライラ。それから、子供の咳がますますひどくなってきて。。。。私も思わずマスクをして寝ることにしました。寝ていても、子供の咳は一向に止みません。乗務員に言おうかと思っているうちにふと眠り込んでしまいました。気がつくと、機内を乗務員が全員マスクをして動いています。救急用の医療箱まで持ってきました。やっぱりそうでしょう。だって、咳がひどいし、なんだか吐いているような感じもしたもの。それにしても、こんな折なんだから、子供が咳をしていたら、旅行を延ばすのが親の責任なんじゃないのかしら。ふと、私の後ろの席にも子供がいるのに気がつきました。その子も咳を少し。着ているTシャツにフィリピンの字が。あっ、フィリピンでは確か子供が死んだんじゃなかったかしら。キャビンを降りると、我がキャビンには、何と10人ぐらいの子供が乗っていました。もし、あれが、豚インフルだったら、きっとこの子供たちに移っているなって思いました。私は、機中、ずっと免疫性を高めるハーブと薬を飲んでいました。大丈夫でありますように。それにしても、降りるまで全く何もアナウンスがないので、キャビンの他の客は全くマスクもしていないし、もらわないし。一体どうしたのだろうと怪訝な顔をしていました。

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車の中で、主人が、「いやあ、留守中、豚インフルにかかったようだ」って言うのです。ドキッ。何でも、豚インフルのほとんどの兆候が出たのだそうです。彼に言わせれば、一旦罹ったら、移らないということですが、本とかな。娘も大丈夫だし。まあ、彼の言うことを信じましょう。私も、ちょっとのどが痛いような気がしますが、兆候はそれだけなので、豚にはなっていないと思います。

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実は、競馬ブックの原稿を書く予定だったのですが、アグネスタキオンの急死で、私の原稿の掲載が遅れました。明日ぐらいまでは、休めそうです。まずは、寝ることだと思います。体が本当に疲れていて、今日は朝、起きるのが本当に嫌でした。寝れば、豚も怖くない。


























STC とSKC

シンガポールに昨夜着きました。今回は、私が入っているプライオリティークラブのポイントで、ホリデーインに泊まりました。前に泊まって、私が大好きになったインターコンチネンタルはポイントが使えなかったので、ホリデーインになりました。いずれにしても、ホテルチェーンのいいところは、どこに行ってもある程度のサービスを期待できるということ。まったく知らないホテルだと、行ってみるまでそのサービスや部屋や、ホテルのある環境が全くわからないということが多々あります。特に、最近は、WEBでブッキングしますから、WEBだと、どこも同じように良く見えるのです。ところが、実際は、行ってみたら、ホテルがある場所とか、実際のサービスとかが全くダメということがあります。そういう点では、こうしたチェーンは、クラスわけにしてありますから、バジェットに合わせて選べるのも利点です。ということで、今回は宿泊料がZERO.

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そういけば、前に、WEBで、ブルーウエーブという札幌のホテルを予約したことがあります。これは、ツアー会社のパッケージにあったのですが、ホテルだけは選べるのです。主人と娘と、友人の4人でした。ところが、行ってみたら、すすき野のひどい場所。変な看板が窓から見える。部屋の中の匂いも変。レストランもありません。部屋のカーペットには、タバコの火の痕が。壁にも煙草の痕があるのはどうして?とりあえず、チェックインだけして、2時間ほど会議をしてホテルに戻ったら、娘は荷物を開かず、このホテルには泊まりたくない、すぐ出たいというのです。ホント、私も泊まりたくありませんでした。そこで、全員でチェックアウト。2時間でチェックアウト。ホテルの人は、別に気にしない様子。おそらく、こんな例は我々だけではなかったのかも知れません。一緒に言った仕事の方は、「30年前は、まあまあでしたよ。それにしても、どうして、こんなホテルを選ぶのかと思っていました」って。先に言ってほしいな。それから、日本で、ブルーウエイブというとホテルを見ると、娘がからかいます。お母さんのヘマって。

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ホリデーインは、悪くはないけれど、インターコンチネンタルには(当たり前ですが)適いませんでした。クラスが違うとこんなにも違うものかと!まず、レストランの格が違います。食事の内容もサービスも全く違いました。働いている人たちは、皆親切で、よかったのですけれどね。。。。親切といえば、シンガポールの人たちは、とても親切です。どうでもいいようなサービスをするのは、国境を越えて働きに来た人。彼らも、もっとモチベーション高くすれば、ステータスもあがるし、チャンスもあるのではないかと思うのですが。いや、チャンスはないのかな。やっぱり出稼ぎとしてしか扱われないのかしら。無知な発言だったかも知れません。

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競馬ブックの取材で、今日は、Dr TANにお目にかかりました。世界的な肝臓移植手術の権威です。その彼が、大の競馬好き。どうやら、英国で仕事をしていた時に、競馬が好きになったのだそうです。学問があるだけに、血統もフォームもよく研究しています。日本の血統が大好きだと言っていました。朝は、シンガポールターフクラブに(STC)に、今日は、これから、シンガポール・ケネル・クラブ(SKC)に行きます。全く、CONFUSING ですよね。その後は、HOME SWEET HOME。また娘と喧嘩しに帰ります。サリーの様子を聞いたら、このところ痛そうにしていなかったけれど、今日は、また痛いといい始めたと言います。いったいどうしたのでしょうね。

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シンガポールは、外が暑いので、ホテルで仕事をしていますが、冷房が結構きついのです。のどが痛くなるので要注意。今日は、Dr TANに会いにグレンイーグルという病院にいきましたら、病院に入る前に、外国人は、質問に答えてくださいと言われました。結構、厳重な警戒をしていました。フィリピンで亡くなった人がいると言いますから、あまり軽く見てはいけないのですね。

温泉の効果

一昨日は、福岡から北海道に飛びました。理由は、登別温泉に行くためでした。いえ、温泉に入るためではなく、社台ファームのYさんと、その温泉のホテルをチェックしにいったのです。オーストラリアのお客様を送ってもいい場所なのかを確かめるためにいきました。行ってよかったと思いました。日本人には十分でも、外国人には十分でない場合があります。また、ホテルはとても重要。なんと贅沢なと思われるかもしれませんが、そこにはやはり文化の違いもありますし、ステータス感の違いもあります。いくつか回りましたが、これなら絶対喜んでもらえるという場所が見つかりました。細部に細かい配慮があり、これなら、外国の賓客でも大丈夫だと思いました。

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文化の違いがあっても、温泉だけは、絶対喜んでもらえるという自信があります。もっとも、温泉は天国のようなところだと言ったのに、登別温泉の入り口には地獄の守り神である、大きな鬼が金棒もって立っていました。P1040909_convert_20090621122028.jpg 天国の入り口が実は地獄だったなんて、おそらく、それも喜んでもらえるにちがいありません。地獄谷にもお連れしようと思います。ホテルを回っている間に、案内していただいた地元のマーケティングの方が、「子供の時は、悪いことをすると、地獄谷に落とすと言われた」と言っていました。親は、地獄谷に落ちると、すべて溶けてしまって、残るのは髪の毛だけだって恐ろしいことを言ったようです。それは、ちょっと脅かしすぎ。私の子供の時には、「サーカスの人に連れて行ってもらう」とか、「橋の下に捨てる」とか言われました。今では、そんな脅しが本当になっているからもっと恐ろしい気がします。さて、地獄だか天国だかわかりませんが、登別では、最後においしいソフトクリームを食べてきました。し・あ・わ・せ・でした。P1040939_convert_20090621122122.jpg


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その晩は、実は、我が息子JIN君の誕生日。ということで(というか、そうでなくてもその気でしたが)、一緒にカラオケに行きました。JIN君は、厩舎で足をけがして、札幌の実家に戻ってきていたのです。1時間のつもりが2時間。最後に、彼の得意な桜坂を歌ってくれました。そういえば、登別にも桜坂がありました。私は、いわゆるイケメンというのが嫌いなので、福山がイケメンでも別に興味がなかたのですが、この前テレビで初めて彼をみて驚きました。もっと、ごつい顔を想像していたのものですから。
私はシャンソンで最後を飾りました。サン・トワ・マミー。

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東京の宿について、3時から開場する温泉に入りました。体の疲れが溶けるようでした。温泉は、やっぱりいい!今日は、これから八王子の須崎先生にお目にかかり、夜はまた温泉に入って、明日はシンガポールです。そして、水曜日はシドニーに。

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さて、先日のクイーンズバースデーですが、コメントをいただきました。

Queen’s Birthday
以前、メルボルンに住んでいたことのある「やすを」と申します。
女王陛下の本当のバースデーは、4月21日です。
元々、ジョージ5世の誕生日が6月14日でしたが、
国王の死後、女王陛下の誕生日として、6月第2月曜日の
移動祝日になったものだと思います。
ちなみにWA州だけは、9月ですね。僭越ながら



そうだったのですね。長年オーストラリアにいて、知りませんでした。無知を恥じます。やすおさん、コメントありがとうございました。でも、どうしてこんなブログ知ったの?

東奔西走

千葉県、成田に到着後、茨城の美浦に行って、そのあと栃木のJRA競走馬総合研究所に。それから、福島の天栄トレーニングセンター、そして、夜に美浦に戻りました。美穂のトレーニングセンターの宿舎に泊めていただきましたが、残念ながらEモバイルは、圏外。翌日、美穂でセミナーをして、やはり美穂とまり。翌日、つまり昨日は、美穂から今度は、滋賀県の栗東トレーニングセンターに。午後4時から栗東でまたセミナーをしました。栗東でも、競馬会のゲストハウスに泊めていただいたのですが、とても、ゆったりしたいい部屋でしたが、残念ながらこれまたEモバイルが圏外。今、やっとインターネットにコネクトしています。やった!


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そして、今?は、実は、福岡です。栗東で朝の調教を見せていただいた後に、新幹線で福岡まで来たのです。今夜は、熊本から来てくれる九州動物学園の事務長と打ち合わせして、明日は???なんと、北海道です。そして、夜に東京!ふうう。これは東西南北、飛び歩いている私でも、さすがに、記録です。週末は東京ですが、月曜日はシンガポール。さすがに、今朝は、頭が痛くなって、体がぐらっときました。朝食を少し、減らして、味噌汁と梅干しだけ。外食が続いているので、おそらく、体だけでなく、体の中の胃も疲れているのだと思いましたから。

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福岡で、さっき、1時間のマッサージをしてきました。それから、お風呂に入って、今夜のミィーティングを待っています。よく、がんばるね、すごいねと言ってくださる方もいますが、いい気にならずに、週末は体を休めるつもりです。なんて言っても、60歳ですから。ところで、スーツケースの半分は、サプリメントです。免疫性を高めるもの。プロバイオティックで、外食で痛めた意を守るもの。ビタミンを補給するものなどです。

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栗東のセミナーに、馬主協会の事務局にお勤めのOさんに来ていただきました。真理子さんにお目にかかったところがあります。16年前にとおっしゃられて、あっ、谷水さんとご一緒にNZとオーストラリアにいらしたときにお目にかかったのだと思い出しました。あの時に、馬主協会の雑誌に記事を書かせていただことも思い出しました。お持ちいただいた雑誌には、私と谷水さんんの写真も。本当に懐かしい。栗東では、また、坂路で、元ミホノブルボンを調教した乗り役さんにお目にかかりました。戸山調教師はオーストラリアにいらしたことがあって、ミホノブルボンがダービーで優勝した時にお出しした手紙に、戸山師から丁寧がお礼状が来たことも懐かしく、思い出されました。あの坂路は、戸山師がよく使っていたのですよと、JRAファシリティーズの方が教えてくださいました。

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栗東では、また懐かしい人が来てくれました。グリーンウッドの田中さん。彼は、私が作った競馬学校の第一期生でした。卒業して、当時開業したばかりのグリーンウッド・トレーニングセンターに勤めたのです。もう40歳なんですって。真面目に勤めて、立派になった田中さん。これからもがんばってね。そういえば、先日は、やはり私が副校長をしていた競馬学校の一期生だった峰彦君が、東京のホテルに会いにきてくれました。彼は、川崎競馬場で働いていて、それから、オーストラリアの学校に。いろいろ苦労して、やっと騎手デビューしたのですが、お父さんが病気で日本に戻りました。今、日本で何をしていると思いますか。彼は大学に入りなおして、今、史学を学んでいるのです。卒業論文は、日豪の歴史だとか。感慨無量でした。先日は、北海道の吉澤ステーブルで働いている健一君にも会いました。みな、頑張っていて。本当にうれしい。学校を作ってよかった。そういえば、北海道には、メルボルンで働いているJIN君が、怪我した足の治療に戻っているので、彼とも会う予定。

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さて、そろそろ、英子さんが到着するころです。













Return to Japan Again

シドニーの自宅でおよそ10日間過ごして、また日本行きの飛行機です。この2ヶ月間に4回目のトラベリング。シドニー生活は、短かったけれど、それなりに充実していたような気がします。今回はあまり娘とも喧嘩しなかったし。出がけに、HUGももらいましたから。それで私も、十分にHAPPYです。通関の入口に入る前に、見送ってくれた主人に、愛してるわと言ったら、Good on you!と言われました。つまりそうか、それはよかったな、ってこと。いつものことですから、俺も愛しているよなんて言われるのは、逆に心配です。

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心配といえば、今回は少し心配しながら出てきました。それは、サリーのこと。ここ数日間、サリーの様子が変なのです。まずは、動きが悪い。朝方、これまでのように我々のベッドに上ってきません。また、ベッドに抱き上げて乗せても、今度は、ベッドからジャンプすることができません。この前、抱き上げようとしたら、ギャッと叫びました。こんなことが二度ほどありました。主人も、やはり心配していたようで、二人でどうしたらいいか相談しました。彼女の背中が悪いのではないかと思うのですが.....。明日、月曜日に主人がかかり付けの獣医師に連れていくと言っています。実は、私は、その獣医師のことを、あまり信用していないのです。薬を出して終わりになるのではないかと思うのです。できれば、サリーをバーバラのようなホリスティック獣医師か、 動物の理学療法士に連れていきたいのです。バーバラであれば、鍼を使ってもらえますし、動物理学療法士であれば、家でのDO or DONTを含めて、様々なアドバイスももらえます。必要があれば、レーザー治療や超音波治療もしてもらえるでしょう。でも、普通の獣医師は、単に痛み止めを処方するだけ。人間の普通の医者とあまり変わりがありません。もっとも、私はシドニーにいないので、主人に任せるしかありませんが。昨日、サリーをオフリードの公園に連れて行った時には、いつもよりは元気がなかったような気がしましたが、何とか走っていました。でも、今日、出がけの散歩では、階段を上るのも大変そうにしていましたし、降りるのは嫌がっていました。ゆっくり歩いていても、何度もSTOPしました。本当に心配です。

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動物たちは、痛みがあっても、痛いということができません。ペットであれば、飼い主が、その痛みを感じ取ってあげるしかないのです。痛みの管理は、人間でも重要です。昔、私が子供だったころに、転んだりすると、大人たちから、痛くない痛くないって言われたような気がします。考えると変ですよね。痛くないと思えば痛くなくなるということなのでしょうか。でも、痛いことは痛い。あの言い方は、スペイン語にもなかったし、英語にもないような気がします。つまり、痛いということを否定して、誰か、つまり親という権威者が痛くないって、当事者の痛みを否定するのということはありません。アルゼンチンにいた時に、上の娘のナニーが、Sana Sana Corrita de Rana, si no san ahoy, samara manana.....と歌っているのを聞きました。これはスペイン語で、蛙の尻尾の痛みよ、直って頂戴。もし、今日直らなければ、明日直ってちょうだい!という歌です。痛いところを、さすりながら歌うのです。日本語の痛くない痛くないも、もしかしてその類だったのかも知れませんが。やはりかなり国民性の違いがあるような気がします。つまり、痛みが存在しないという日本の思考方法と、痛みがあるけれど、早くその痛みが直って欲しいという、かなり大きな思考方法の違いがあると。

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ところで、犬であるサリーに、その言い方が通じるでしょうか。犬に痛くないよと言っても分かるでしょうか。子供が動物とあまり変わらないとすれば、痛くない痛くないというのは、子供には通じないのではないのでしょうか。子供は、こんなに痛いのに、どうしてお母さんは痛くないっていうのだろうと思うはずではないでしょうか。

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十年以上前に、私は、オーストラリア・ジャパン・ヘルスケア・ネットワークというビジネスを立ち上げました。それは、当時、日本ではまだ、緩和ケアやアルツハイマーケアが知られていなかった頃です。緩和ケアは、当時ホスピスのケアの中で学びました。ホスピスに来る人たちは、当時で、平均滞在期間が20日余り。ホスピスは、彼らが最後の時を過ごすホテルのようなものだと教わりました。治療はしない。しかし、痛みを抑えて、レジデントがQOLを持って生きていけるようにする。したがって、痛みを抑える緩和ケアは、非常に重要なケアでした。痛みは、それを持っている人、動物で泣けば分かりません。また人間は痛いと言えるけれど、動物は痛いと言えません。ジャパンヘルスケア・ネットワークは、現在は、友達が継いでいます。彼女とももう長いこと連絡していませんが、今はどんな活動をしているのでしょうね。

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さて、そろそろシンガポールに着きます。さっき、ご飯を食べながら、Revelationary Road を観ました。私の好きな二人のアクターが。ケイト・ウインズレットとレオナルド Di Caprio。悲しい映画でした。たった一度の人生をどう生きるのがいいのかという映画。私は、そのRevolutionary Roadを歩んできたのですが、その道を歩もうと思いながらできなかった二人の物語。Revolutionary Road は、棘の道でしたが、私は歩んで来てよかったと。。。。

テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

メルボルンに行ってきました

先ほど、メルボルンの出張から戻ってきました。朝、シドニーを発つときには、結構寒いと感じたので、おそらく、メルボルンはもっと寒いだろうと思っで出かけたら、思ったより寒くありませんでした。タクシーの運転手が、昨日は5度ぐらいでしたから、寒かったですよって。そうか、5度じゃ、寒いですよね。それにしても、シドニーにいると、ほとんどコートを着る機会がありません。私の冬のコートは、日本においているほどなのです。今朝は、メルボルンに、久しぶりにコートを着てでかけました。十年以上前に買った赤いコートです。このコートを買った時のことをよく覚えています。デパートのバーゲン売り場で(バーゲンしか買いませんので)、試着をしていたら、傍にいた女性が「あら、お似合いだこと」って言ってくれたので、買ったのです。傍にいた女性は、お店の人ではありません。最近、日本の人は、知っている人でない限り話しかけないようですが、そのときは、その女性が声をかけてくれて、とても嬉しかったのを覚えています。

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昼にミーティングをして、昼ごはんが出るのかなと思ったら出なかったので、次の約束まで、サウスバンクに行って、一人で遅いランチをしました。このところ、胃がよくないので、スープを食べました。リークとポテトのスープ。HEART WARMING心まで暖かくなるような美味しいスープでした。それから、大好きなマキアートを飲んで、次のミーテイングまで、30分ほどですが、ゆっくりしました。メルボルンの食べ物は何でも美味しい!コーヒーも、シドニーとは問題にならないほど美味しいのです。曇り空のメルボルンの市内を見ながら、サイモンとガーファンクルの冬の道?を思い出しました。
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メルボルンは私の大好きな場所です。食べ物も美味しいし人も優しいし。メルボルンは最近、世界で二番目に住みやすい町に選ばれたようです。一番は、カナダのバンクーバーだとか。シドニーが確か、9番目ぐらいで、シドニーの人はWHY?って。当たり前でしょう。町もきれいだし、食べ物が安くて美味しいし、交通もTRAM(市電)が走っていて便利だし。AFLのフットボールはあるし、競馬も盛んだし。シドニーよりずっといい町です。いつか、必ず、メルボルンに行って住みたいと思います。P1040848_convert_20090611222957.jpg


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メルボルンのミィテーィングの最後は、メルボルンのタラマリン空港で。オーストラリアン・ディンゴ・ファウンデーションのリンさんと、アデレードからやってきた動物学者のブレットさんと一緒に。リンさんは、最近、外国から、DINGOに多くの関心が寄せられるようになったと喜んでいました。今夜も、英国のBBCとドキュメンタリーの打ち合わせなのだそうです。先日は、アメリカの科学委員会が、論文を発表したし、こうして、外国からの関心が高くなれば、オーストラリア国内でもDINGOの保存に力を尽くす人たちが増えてくるのではないでしょうか。リンさんの思惑は、外国からのプレッシャーです。先日、日本で、スティーブ・オースティンは、これまでトレーニングした中で、DINGOが最も頭のいい動物だといっていました。DINGOのトレーニングは、猫のトレーニングと少し似ているところがあるとも言っていました。なぜなら、彼らを決して無理して教え込んだり、パニッシュ(罰)を加えたりしたら、もう絶対人を信用しなくなるというのです。DSCF2208_convert_20090611230459.jpg
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これは、昨年みどりさんの家に行った時にとった、トラちゃんと私。トラちゃんもモモちゃんも元気かしら?これをみれば、DINGOが獰猛な動物ではないことが分かっていただけるでしょう。

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今朝ちょっと気がついたのは、目の中に蚊が飛んでいるような黒い点があること。疲れているのか、目の病なのか。まあ、年のせいかもしれませんが。日本から戻ったら、眼科に行く必要があるかも知れません。とまあ、あと2日のシドニーです。来週は、千葉・福島・茨城・滋賀、そして福岡、北海道、シンガポール!これってすごいですよね、やっぱり。千葉や福島・茨城・滋賀など在を回るのは、馬のセミナーです。今回、オーストラリアのKELATOという会社の製品を日本市場に上陸させたために、彼らとプロモーションのセミナーにいくのです。KELATO社は、オーストラリアの馬のサプリメントの会社です。これを、JRAファシリティーズが扱ってくれることになりました。とても効きめのある、いいサプリメントです。馬関連の方は、ぜひJRAファシリティーズから買ってくださいね。(宣伝!)

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今日は、韓国から、珍しい電話がありました。前のように、「私が急病で死んだ」という噂を聞いたから、という不吉な電話ではなく、競馬ブックで私の記事を読んで懐かしくなってというものでした。嬉しいですよね。電話の主は、Iさん。私の長い間の友人です。今度、彼は、KRAの理事になるのだそうです。彼ほど、韓国の競馬に尽くした人はいないので、彼が理事になることは本当に正しいと思います。がんばってくださいね。(韓国語でなんというのかしら?)


















Queen's Birthday

今日は、オーストラリアの祝日です。クイーンズバースデー。オーストラリアはいまだに共和国ではなく、立憲君主国。エリザベス女王がオーストラリアの女王ですから、今日は彼女の誕生日なのです。かつて、君主制を廃止して、共和国にしようという動きがあり、国民投票をした結果、わずかな差で、共和国にはなりませんでした。今、その運動のリーダーだったマルコム・ターンボル氏が、野党である保守党の党首です。労働党はほぼ共和制を支持していますから、仮に将来、保守党に政権交代しても、オーストラリアは全体としては、君主国をやめて、共和制になるに違いありません。もっとも、ということは、6月に三連休がなくなる可能性があるのかも知れませんね。日本と違って、あまり祝日がないオーストラリアですから、ちょっと残念?

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金曜日にシドニーに戻ってから、山のようにすることがありましたが、もっぱら体の復調に努めました。胃も含めて、体全体の調子がよくありませんでしたから..........。元気よ!などといっていますが、二ヶ月に3回の日本出張ではやはり体にきつすぎます。さて、土曜日は、我がAFLのチーム、セインツの今シーズン11戦目のゲーム。実は、これまで10戦して10勝しているので、今回は11戦連勝がかかっていました。そして、1897年に創立されたセインツの歴史の中で、初めての11戦連勝なのだそうです。enc240_240px.jpg
1897年とは、かなり古い歴史を誇っています。もっとも、AFL(オーストラリアン・フットボール・リーグ)は、リーグ化された世界で最も古い歴史を持つスポーツなのだそうです。どうりで、メルボルンの人にとって、AFLは、スポーツではなく宗教だと言われるはずです。ということで、私も、今週は、仕事を忘れて、AFLの試合に大声をあげました。(あまり大声なので、主人に叱られましたが)とても、いいエネルギーの発散になりました。

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そして、昨日は、ロックスまで、髪結いに出かけました。あっ違う。髪染めでした。派手に染上げた私の髪ですが、時間が経つと白髪が見えてきます。それを染めにいきました。ロックスには三連休なので、いつもの時より人がいるような気がしましたが、それでも、かつての勢いはありません。オーストラリア全体に人が来なくなったのでしょうか。とりわけ日本人はほとんどみかけません。ここは、シドニーには珍しく、路地があって、散歩が楽しい場所なのですが。P1040840_convert_20090608164043 (1)

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シドニーは午後5時になると、もうすっかり暗くなります。散歩も、したがって早めにいかなければなりません。サリーと久しぶりにボールを持って、近所の公園に行きました。雨かな。家に戻ると、ダブルレインボーが。P1040843_convert_20090608163552.jpg

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今日も、主人が映画を観にいこうというので、仕事をせずに出かけました。私は、マイケル・ケインのIs anybody there?という幽霊の映画を観たかったのですが、主人がスートレックに行こうというので、主人に従いました。主人からクリスマスに買ってもらった香水もつけて、紫色のアイシャドーも濃くして出かけました。そう、家にいるときには、できるだけ主人の好きなことをしてあげると決めたからです。香水は?これもまた演出です。愛の演出かな?紫色のアイシャドーは、主人はあまり気がつきませんでしたけれど、一応「あなたのためにつけているのよ」ということを強調したかったのです。スタートレックは、大変楽しめました。実は上の娘はスタートレックの大ファン。おそらく全てのスタートレックを見ていると思います。TVの番組のことです。でも、私は、時々みるぐらいで、あまり人物もこともストーリーも知りませんでした。それでも、大変楽しむことができました。宇宙に心を飛ばせて。

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下の娘とは、あまりうまくいっていません。何をいっても、叱られっぱなし。とりわけ、昨日、「お母さん、明日何しているの?」と聞いてきたので、嬉しくなって「何も予定ないわ。何かアイデアがあるかしら」と言ったら、「そうね、そろそろパンツ買わなければならないんだけれど」というので、「ああ、ごめんなさい。お母さん、今、ちょっとお金に不自由しているの。ここ2,3ヶ月は無理だわ。他に何かする?」って聞いたら、NOという冷たい返事。そうか、私は、単なる財布なのね。他にも、いろいろ。結構傷ついています。彼女が、ああ、あんなことお母さんに言って申し訳なかったな、と思う頃には、私はいないのでしょうね。

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無理して、仕事をしないって、結構大変です。頭の隅に、仕事のことがあるからです。でも、今週は、メルとブリスベンに日帰りで飛んで、日曜日には日本に発ちますから、絶対体を休める必要があります。といいながら、今夜は少し、仕事をしてから寝ようと思ったのに、主人が、早く寝て、明日の朝に早く起きて仕事をしろって。どうしようかな。

シドニーのミニ滞在

Travelling Again!


東京にいる時にあった高校の同級生たちと、成田に行くまで携帯メールで連絡を取り合いました。私の日本の携帯メールは、日本でしか通じないのですが、まあ、しょっちゅう行くので、次に日本に着いたら、また来たよって言えば、メールチャットできるかも知れません。オーストラリアから持っていった携帯は、これまで通じることがないと思ったのですが、実は、SOFTBANKが通じることが分かりました。空港にあったSOFTBANKのカウンターで知ったのでした。何気なく、カウンターの前を通ったら、3という文字が見えたのです。オーストラリアではこの3(スリー)を、電話のキャリアとして使っていますから、ダメモトで聞いてみました。何でも聞いてみるものですね。オーストラリアの携帯が使えるのはラッキーです。日本の携帯がどんなに便利でも、オーストラリアに携帯メールが打てないからです。うっても、イチゴイチゴ、英文字を拾わなければなりません。無理です。

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実は、日本を発つ前の前の晩に、編集者のKAZUMIさんに会いました。実は、動物の本の話をさせていただきたいと思ってお会いしたのですが、彼女は、私のライフストーリーに興味を持ってくださいました。確かに、20歳年上の、不良外交官に出会って、未婚の母になって、アルゼンチンまで追いかけていって、別れて、オーストラリアに行って、ごちゃごちゃ。というのは、結構、飛んでるなって思います。今のフツーのオバサン感覚からすると、何であんなことできるの?と思ってしまいます。この文章も、飛行機の中で書いているのですが、KAZUMIさんが面白いかもと言ってくださったので、映画を観るのを止めて、少し、書いてみることにしました。映画も、あまり観すぎて、あまり新味がなくなったのも理由です。 50 of The Greatest Rock ‘n’ Roll Love Songs という音楽を聴きながら書くと、ペン(というかキー)の進むこと! ただし、足も腰ももぞもぞ動くし、ハミングもし始めて、傍からみると、バカかも知れませんが。 今、The Everly BrothersがBye Bye Love を歌っていて、次は、The Drifters のSaturday Night At The Movies です。うううー。うううー。(歌っているのです。トイレで苦しんでいるのではありません)

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昨晩は、八丁堀で温泉に入りました。夜、カラオケに行きたかったのですが、体も頭も無理。とくに、頭の中が、ほとんど真っ白になっています。ローソンで、夕食を買って、一人寂しい食事。ああ、早く家に戻りたいな。食事の後は、優駿の原稿を書いて、ずっと待っていてくださったKさんに送りました。忙しくて、これ以上かけそうもないのに、今朝は愛犬の友の編集長に連絡しました。「また、何か書きますから」って。これをするので、なかなか自伝がかけない。少し、優先順位をつけて動かなければ。というわけで、ここしばらくは、時間をみては、ライフストーリーを書こうと思っているのです。飛行機の中で、マヌエルと初めてあったいきさつを書きました。彼との逢瀬のところでは、書きながら、誰かに見られているかもって、ちょっと緊張しました。隣は、中国人の女性だし、後ろは、インド人の若者だし、見られても平気なはずなのに。私は、根がまじめなのかも知れません。なんちゃって。

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私が、アルゼンチンに飛んだ時には、36時間かかりました。VARIGブラジル航空で行ったのですが、東京からロスへ。ロスで、トランジット。それから、真夜中のリマ。そして、サンパウロ。リオで乗り換えのはずが、天候の関係で急遽変更になったのです。マリヤは、まだ1歳と8ヶ月。泣きもせず、ぐずりもせず。時々、VARIGのスチュワーデスにあやしてもらいながら、無事、ブエノスアイレスに着きました。空港に着いて、恋焦がれていたマヌエルを探しましたがいません。絶望的になる寸前に、「セニョリータMARIKOか」と、若い男性が寄ってきました。彼のセクレタリーだというのです。こんな時に本人が来ないなんてと不安なままホテルに。えっ、ホテルに。彼のWIFEは、離婚の準備のためにNORWAYに戻っていて、私は、彼の家、つまり、総領事邸に直行できるはずでは。また、不安に。ホテルに着いてまもなく、マヌエルがやってきました。どうしてホテルなのかと聞くと、彼女は、つまりWIFEは、NORWAYなのだが(嘘)、ベネズエラからTIA(叔母さん)が来ていて、彼女は、JAPONESA(ハポネサ)に少し、偏見を持っている。自分が、少しずつ説得するから何とか、待ってくれというのです。まあ、私の英語の力もソココソでしたから、本当にそう言ったのかどうか。100%正確ではありませんでしたが。それから、二週間ほどして、ホテルから、アルゼンチンの大統領官邸 CASA ROSADA (ピンクの館)近くの、アパートに移りました。アパートと言っても、フロア一つの大きな家のようでした。NYに行っている(当時、アルゼンチンの金持ちはほとんどがアメリカやヨーロッパに行っていました)金持ちの女性の家でした。

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アルゼンチンは、当時、軍事独裁政権でした。ガルチエリ大統領。そう、フォークランド戦争を起こした張本人です。南米の明るい国を想像していただけに、国の全体、そして人々の全体が、うつむき加減。人々は、常におどおどして暮らしていて、全てに、暗い雲がたれてこめているようでした。私もつらい時期でしたから、つい最近まで、そこでの暮らしを思い出すのはとてもつらくて、心の隅に隠していたのです。パンドラの箱かも知れません。その箱を今、開けようとしています。ブエノスアイレスの街は、10月の末になると、JACARANDAで紫色に染まります。スペイン語では、ハカランダと呼ぶこの薄紫色の花が、雨で歩道に落ちるころに、ブエノスアイレスに夏が来るのです。暗かったブエノスアイレスの思い出の中で、一つ私の心を明るくしてくれた希望の花でした。 ハカランダというサウンドは、あの頃の私の心模様にぴったりでした。
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オーストラリアにもJACARANDAがあるのです。私は、この花をシドニーで初めて見たときに、ブエノスアイレスを思い出して泣きました。オーストラリアではジャカランダ。薄紫色は、英語でMOVEと言いますが、この色は亡くなった母の最も好きな色でした。そして私の大好きな色です。今では、JACARANDAが咲くころになると、愛犬のサリーと一緒に、幸せいっぱいの気持ちで歩きます。カーリーが元気だったころにも、彼と一緒に幸せいっぱいで歩きました。DSCF3020_convert_20090605151935.jpg


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さて、あと2時間足らずでシンガポール着です。音楽は、今、PAUL ANKA のDIANA。この前、高校の時に憧れていた山田君の話をしましたが、あれから、このダイアナを聞くと、高校の頃が思い出されます。彼は、結構日本人離れした顔をしていて、鼻が高かったと思います。いつもうつむいて彼を見ていたので、よく覚えていないのですが。その鼻の穴が大きくて、同級生のポッコちゃんがつけたあだ名でした。そういえば、そのポッコちゃんが、クマモトさんの家をいつか訪ねてきたのだと言います。ある政治団体のことを話しに。高校の時から、すでに、45年近くの日々が流れています。皆、いろいろな思いや経験をして、この年まで辿りついたのですね。

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今朝、主人の迎えで、家まで戻りました。四時間ほど寝て(サリーが一緒に寝てくれましたよ)、会社に行って今さっき、家に戻ったところです。買ってきたせんべいをかじっていたら、娘に「うるさいわね」って、しかられました。これを聞くために、家に戻ってきたのです。ああ嬉しい(泣)

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