FC2ブログ

ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

エクストリーム・ウエザー

昨日、我々の住むニューサウスウエールズ州では、洪水になるかも知れないというニュースが入っていました。北部クインズランド州の大雨はまだ止まらず、洪水になった地域にまだ危険が状態が続いています。夜、雨が音を立てて振っていて、朝、外に出てみると、ベランダのポットに、上まで水がたまっていました。P1040023.jpg
雨はまだ続くようで、ほんとに、この雨がビクトリア州に降ってくれればと、溜息が出てしまいます。というのも、ビクトリア州では、いまだに雨が降らないからです。BUSHFIREもまだ収まっていません。

★ ★
ついこの前まで、シドニーも大変な暑さでしたが、昨日は、カーデガンを着なければならないほどの鈴しさ。2週間前の40度から、恐らく20度以上は下がっています。穏やかな四季の移り変わりなどというのは、もうこれからはみられなくなるのかも知れません。エクストリーム・ウエザーの時代が来たと伝えられています。

☆ ☆
さきほど、韓国から電話がありました。前に、私が、競馬学校の宣伝に韓国に行き始めたときに、大変お世話になったRさんからの電話です。色々四方山話をしたのですが、実は、聞いてみると、彼が、私に連絡をしたのは、実は、私が急死したという噂があるからだというのです。Rさんは、日本で教育を受けているので、日本語が読めます。時々、私のブログも読んでいるので、どうしてしまったのかと、心配して、連絡をしてくれたというのです。主人に話したら、「そうです、死んでしまったのです」と電話で言えばよかったのに。ちょっと怖いですよね。でも、前に、冗談で娘たちに、お母さんが死んだら、携帯電話をお棺に入れてねと言ったことがあるのです。寂しくなったら、電話していいかしらって。いずれにしても、私はまだ死んでいません。こんな噂が立ったら、ゲンがついて、200歳まで生きちゃかしら!それにしても、あの世まで持っていける携帯って、いいですよね。こちらは、焼かないので、お棺に入れて、スイッチをいれておけば、死んでも携帯から連絡ができるかも知れないなあ。

☆ ☆
ブッシュファイアーはまだ燃えています。シドニーのこの雨が、ビクトリア州に降ればいいのですが。昨日、町がなくなってしまったメアリーズヴィルの生き残った人々が、バスで、町をおとずれたのだと言います。これは、grieving、つまり悲しみのプロセスで、実際に、無くなったのだということを、あるいは、亡くなってしまったのだということを、確かめることです。私が、かつて、ホスピスケアの研修をしていた時に学びました。grieving のプロセスの中には、怒り、否定もあります。なぜ、自分にだけこんなことが起きたのか。なぜ、自分でなく、他の人ではいけなかったのか。ここにいなければ良かったんだ。あるいは、いや、これは、現実ではないと、心が色々動いていく過程なのです。この過程を経ないと、私たちは、前に、いけないのだと、ホスピスに働く人たちを教育する先生から教えられました。涙もたくさん流さなければならないのです。できれば、このgrievingの過程が短く、一日も早く、ブッシュファイアーで被災された方々の生活が前に進んでいくことができますように。祈り。

☆ ☆
実は、金曜日に、私たちがブックエージェントをしている(色々なことをしているのですよ)、VICKIのことを考えて、彼女の本を出版してくれた出版社に連絡をとりました。先週の初めに、会議をすると言っていたのに、その結果の連絡がなかったからです。金曜日に電話をすると、出版社の方は「あら、今、メールを出したところです」。クリックしてみると、ほんとに同時ぐらいにメールが来ていました。この頃、そんなことが何回もあるのです。テレパシー。このテレパシーで、何とか、お金が入ってくるようにできないものかな。

☆ ☆
主人が、TOASTの本の企画のために、今週も、おいしい、TOASTを作ってくれました。昨日は、ツナ・チーズ・コーン ON TOAST. P1040016.jpg
今日は、サモン・エッグ ON TOAST 。P1040027.jpg
いずれも、私のバジルやイングリッシュパセリが役に立ちました。この頃、私はハーブオタクです。

☆ ☆
最後に、ブログに立ち寄ってくれるハイジママさんへ。私がアルゼンチンにいたのは、1981年から3年半。あなたのいうピンクハウス、つまり、CASA ROSADAの近くに私は住んでいました。だから、当時の軍事政権の軍隊と市民たちがぶつかるのは常にみていました。政治的なことを話したりすると、当時の秘密警察に連れていかれるから、絶対しないように言われていた時代です。アルゼンチンの思いでは、私にとっては、悲しい思い出。アルゼンチンの、あの頃の暗い時代に色取られています。
スポンサーサイト