ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

MOCHIRON

昨日、福岡からナント36人しか乗らないプロペラ機で、出雲に着きました。出雲?出雲大社、出雲のお国。それから、...エエッと....ということで、私は.あまり、出雲のことは知りません。出雲空港から、タクシーに乗って、松江まで....と思ったのですが、料金を聞いたら驚き。そこで、運転手さんに宍道の駅まで連れていってもらい、汽車で松江に行きました。松江....小泉八雲かな?.......やっぱり後は、あまり知りません。

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松江で、私は、二人の若者たちとその家族に会いました。二人は、23歳の若ヤスヒロ君とと16歳のミキコちゃん。二人ともジョッキーになりたいんですって!島根から二人もトップジョッキーが生まれるかも.....と言ったらミキちゃんのお父さんが、あの今をときめく、テニスのスーパースターNISHIKORI君が島根出身だと教えてくれました。しかも、お父さんは、松江市のテニス大会で、小学生だった彼と一緒に参加したんですって。そうか。だったら、ヤスヒロ君も、ミキちゃんも、競馬界で世界に羽ばたいてほしい。とても楽しい学校説明会でした。

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出雲から大阪に、また小型機で飛びました。伊丹から新大阪駅まで今度はバス。新大阪駅で、獣医師のイズミさんに会って、リハビリの話をひとしきり。それから、新幹線で東京に戻ってきました。さすがに疲れてしまい、新しいパソコンを使って原稿を書けたのは1時間ぐらい。あとは、寝て....ではなく、実は、新しいホビーに熱中していたのです。新しいホビーは、携帯メールの送信。最近買った二台目のソフトバンクの携帯だと、携帯メールが出しやすい。そこで、大量にメールを送ってしまいました。オーストラリアに、日本に。また、送った人から、メールもいくつか送られてきました。メールが届くと、すごおい!絵が飛び出してくるんですよ。(そうか、日本の人は知っているわね)ホビーというより、携帯メール中毒になっているかも知れません。トホホ。

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列車が、名古屋駅に近くなったときのことです。女性車掌(というのでしょうか)が、やってきて、「もしかして、名古屋で人が来るかも知れません。そのときには、お座席においてある鞄を移動していただいていいですか?」私は、瞬間、その人が、何を言っているのかとよく分からなかった。それって当たり前でしょ。という意味で「モチロン」と言ったら、女性車掌は、目を点にしてSILENT.そこに、私は追い討ちをかけるように「Of course」オブコースと答えた。女性車掌はホウホウの手でその場を立ち去った。私も暫くは、ボーっとしていた。まず、私が驚いたのは「誰か人が来たら、鞄をどけるのは、常識でしょ。それを、まるで私がそれを理解していない人間のように、つまり子供のように、わざわざ言いに来るとは何たることだ」と思ったのです。と、彼女は、他の客にも同じようなことを言いました。ああ、これは日本の習慣なんだなと理解しました。でも、おかしい。子供でも分かるようなことをわざわざ、言いにくるなんて。JR東海よ、あんな馬鹿ことを言わせるな!実際、言う人もヘンダし、言われる人もヘン。それとも私がヘンなの?



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さあ、明日もまた夜まで仕事。がんばろうー。
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いい湯だなあ

一昨日は、大阪でナント、4回も風呂に入ってしまいました。午後4時にチェックイン。すぐ風呂。6時から仕事で9時に戻ってきて、また風呂。部屋で食事をとってから、仕事をして、寝る前にまた風呂。そして、翌朝、出発時に、また風呂。風呂付きのホテルはそれだから止められません。そろそろ、日本出張2週間目になりますが、この風呂がなければ、オバサンは、今頃、行き倒れになっているかも知れません。今日は、朝、サウナにまで入りました。と.....サウナにテレビがあるのです。スゴーイ。今までサウナに入っても、ジーッとしているのが退屈で、「ああ、本でもあればいいのにな」と思っていたのです。本はなくても、テレビがあれば!

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このホテルは、ジャーミー(パジャマ)とスリッパで、ホテル内がウロウロできるという実にリラックスした憩いの場所。今朝も、朝風呂のあと、エレベーターに乗ったら、既に、コートを着て仕事の鞄を持ったおじさんたちに囲まれてしまいました。ちょっと気が引けましたが、知るか。人生は、風呂じゃ。

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オバサンのジャーニーは、まだ続きます。今日は、島根に行きます。実は日本海側に行くのは、40年ぶり。結構ワクワクしています。東京を出る前に、小さなコンピューターを買いました。列車内や飛行機内で原稿を書こうと思ったからです。電源なしで5時間使うことができます。本当は、パナソニックのレッツノートが欲しかったのですが、高くて買えません。そこで、これまで聞いたことのないKOJINSHAというところの小さなPC買いました。列車の中で「ナンちゃって、作家」。

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福岡の人は、元気でいい人が多いように思いました。タクシーを運転している70歳のドライバーは、ピンピンしていました。70歳でまだ現役。私もまだまだ頑張らねば。

雪 IN SENDAI

仙台は雪でした。叔父さんのお墓に花を買ったのだけれど、いつも叔父さんに「金もねえくせに、見栄張るなよ」って言われていたし、千の風の話もされていたので、白い雪のような花に、春の花を添えた小さな花束を用意しました。叔父さん、ズンダ餅食べるかしら、って、おいしそうなズンダ餅と、ズンダケーキを買いました。弟と妹が車で迎えに来てくれて、お墓に行きました。弟が墓の前で「叔父さん、ここにはいないんだからね」って。花を花さしに入れようと思ったのですが、水がありません。「この水使えるかしら」「アラ、お姉さん、それ、お供えした酒ですよ」皆で大笑い。叔父さん、相変わらず、私はドジです。「来るなよ」って、言い続けてい叔父。「お姉さんから電話があると、電話あったぞ。来るなって言っておいた」って、すぐ連絡があったと、妹から聞きました。なのに、最後に会えなくてゴメン。「仕方ねえべえ。オメーは、ホデナスだから」買ったズンダ餅は、カラスが来るからって、墓から持ち帰りました。弟たち夫妻に持って帰ってもらいました。

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「雪が降る」というのは、私が若い頃に、良く歌っていたアダモの歌です。「雪が降る町を」というのは、父が最も好きだった歌の1つです。確か、高英夫というシャンソン歌手が歌っていたと思います。雪が降ると、この二つの歌を必ず思い出します。子供頃の仙台は、本当によく雪が降っていました。カマクラも作ったし、雪合戦もしました。今では、あまり積もらないんですってね。

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仙台で、キングガイアの嬉しいニュースを聞きました。中央でデビューしたけれど調子が出ず、園田に行って4連勝。5戦目は2着で、5連勝ならず。でも、また中央に戻るんですって。「オーストラリアの馬は、段々よくなるのかもしれないね」って、馬主の菅原さん。彼は、もう1頭、オーストラリアで買ってくださったテールオブザキャット産駒を持ってくれています。これも、もうすぐデビュー!千の風の話になりました。菅原さんの弟さんが「いやあ、昨年、母が死んだときに、千の風を思い出して呆然としました。えっ、それじゃあ、母さんは、これからも、ずっと、俺たちを監視するんだって」と言いました。それから、彼、お兄さんに向かって、「あの馬がさ、走らないのはさ、多分、母さんが、一緒に馬の背中に乗っているからじゃないの」大笑い。

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叔父の墓参りの時に、父と母の墓参りもしました。昔、父の建築事務所で働いていた人が、突然、この前、父の墓参りにきたのだそうです。「最近、仕事がうまくないのは、もしかして、墓参小さな蕎麦屋に行きました。木町通り小学校の近くにまだありました。そういえば、昔は、蕎麦屋に行くというのは特別なときだったような気がします。今回も特別な時間になりました。

最優先事項

スティーブ・オースティンと成田空港に検疫探知犬のフォローアップに来ています。いつもそうですが、ドッグトレーニングを見ていると、人生が分かります。昨日は、スティーブと麻薬犬のトレーニングセンターを訪れました。そこで、スティーブは、こんなことを言いました。「麻薬探知犬にとって最も大切なことは、麻薬を見つけること。それ以外は、重要ではない」えっ、お行儀がいいとか、そういうことは関係ないの?「NO」検疫探知犬のことを、動物検疫所の方々に説明しました。「検疫探知犬にとって、最も大切なことは、肉を見つけ出すこと。それ以外は重要ではないのです。彼らは、専門家であり、アーチストです。自分が最も得意なことをしていれば、他のことができなくても構わないのです」と、動物検疫所の方が「つまり、天才のようなものですね。天才は1つのことに優れているけれど、実生活などはあまり構わない」。スティーブの答え.....「YES」

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私たちは、時々、自分が何が得意なのかを忘れて、得意でないことにも手を出したり、それについて悩んだりしていないでしょうか。今、自分にとって何が重要なことに集中せずに、つまらない周辺のことで悩んだりしていないでしょうか。考えてみれば、何でも出来る人っていないのです。何でも出来る人は、もしかして、何にも出来ない人と同じかも知れません。えっ、私の得意なこと?「しゃべくり」かな。

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世界でも稀な馬鹿な行為を成田空港でまた発見しました。成田空港から外に出るゲートのことです。ゲートの外に信号があります。実は、その信号にあわせて、ゲートが、何人かのガードマンによって、手で開け閉めされるのです。別に、開け閉めしなくても、いいでしょうに。開けておいて、必要があれば、交通をストップすればいいのです。なのに。3分間に一度ずつゲートが閉められ、開けられる。最低4人のガードマンがいます。意味がない。意味がないことをどうしてするの?そう、成田空港のパスポートチェックと同じ。「すみませええん」とやってきて、「ハイ」と瞬間、パスポートを見る。名前も年齢もチェックするわけではありません。チェックするなら、もっとチャンと見てよ。

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今週末は、仙台です。亡くなった叔父の墓参りに。来週は、大阪、福岡、熊本、島根、大阪、そして東京。旅の一週間です。島根は初めて。でも、数時間の滞在です。この工程を言うと、皆に「大変ね」って言われますが、私は実はワクワクしているのです。旅をしながら、原稿書こうかなって思っていますから。実際は、寝ていたりして....




ON THE PISS

今夜の私は、ON THE PISS. これはオージー英語で、「酒によっちゃったあ。てなもんや三度傘」って感じかしら。PISSって言うのは、日本語でションベン。当然、品の悪い英語です。それが、ナンジャモンジャ。でも、仕事の後に、楽しい仲間たちと、ON THE PISSになるのは、ホント、愉快痛快軽快。私は、中ジョッキーを2杯飲みました。そして、最後に、ウメッシュで仕上げ。私にしては、かなり、豪快に飲んだ方です。いえ、若いときには、もちろん、もっと飲みました。ウイスキーのボトル半分あけるなんてことは、朝飯前。でも、いつしか、結婚して、大人しくなって、ちょっとアルコールが入って煩くなると、主人に、にらまれるので、飲むのを止め手しまったら。ついに、ビール2杯で、ON THE PISS! 何たること。

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今夜はついでに歌いました。かなり上手な、若い人たちが、ビートルズだの、トム・ジョーンズだの、横文字の歌を滔々と歌う中で、私は、暗く、加藤登紀子の「この空を飛べたら」いるかの「なごり雪」や、山口百恵の「コスモス」を歌いました。もし、もっと歌えたら「しょうろう流し」や、「ラストダンスは私に」や「枯葉」や「愛の賛歌」などを、嫌がられながら歌ったでしょう。30年前に、日本を離れた私の歌は、30年前でピッタリ止まっています。演歌を歌うことはあまりないのですが、歌うとすれば、その頃はやっていた「津軽海峡冬景色」になります。仙台の地元ソング「青葉城恋歌」を歌うこともあります。私のような、オバサンやオジサンがいるので、昔のCDが売れるのでしょうね。


JRA鷹野騎手!

今日、電話で話をしたら、鷹野騎手は、43歳なんですって。彼と、奥さんと娘さんが、オーストラリアにやってきたのは、2000年だったのだって、言っていました。高知競馬の鷹野騎手が、今度JRAに移籍が決まりました。嬉しいニュースで、早く連絡をと思っていたところでした。美浦に移ってきたよって、二ノ宮調教師に教えてもらったので、早速電話をしたのです。私は奥さんの美穂さんとも仲良し。高知競馬が危ないから話題づくりをしましょうって、高知から、当時私が、副校長をしていた学校に来てもらいました。田舎の競馬場だったけれど、騎乗もしてもらいました。鷹野さんは、若い人たちが、続々外に移籍する中で、自分は騎手会の会長だから、自分だけ助かるような真似は出来ないって....今まで頑張っていたのです。

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高知のグループが、オーストラリアに来た時には、本当に参ったな。高知の橋本知事から、NSW州知事への手紙が、海外遠征反対組(なんて、愚かな人たちがいた!)の手によって隠されて、怒った私は、あの時、知事にまで電話しました。「あなたの手紙が、盗まれましたよ」って。そしたら、知事の秘書から電話があって「あっ、それは見つかりました」つまり、盗んだ人をお咎めなしにするために、一旦無くなった手紙を、見つかったことにして、遠征組みに手渡したのです。政治的解決ってこういうことなんだと思いました。

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あれから、すぐ私は、その学校を辞めました。オーナーから契約違反をされて、家一軒分のお金を取りそこなったのです。あの時には、もう駄目かと思ったものです。でも、神様は(仏様は)助けてくれた。今の、トレインテック2000という学校に、また招聘されたのです。それにしても、悪いことは出来ない。私からお金を盗んだ、その当時の学校の経営者は、他の人にお金を盗まれて、学校をつぶしてしまいました。因果応報。そんなことを、鷹野さんとの電話で思い出してしまいました。

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考えてみれば、あの頃、オーストラリアに来た騎手は、全部JRAに入ってしまいました。赤木高太郎騎手。彼は、ほぼ1年ぐらいオーストラリアに住んでいました。頭脳明晰な、素晴らしい青年でした。彼を頼ってきた小牧も今はJRA.鷹野騎手は、鷹野騎手は、インタビューで、2000年にオーストラリアに行って、新しい世界を見たことがとても役に立ったと語ったというこちとです。真理子さんのお陰だとは奥さんの言葉。一人でも二人でも、そんなことを言ってくれる人がいれば、私は本当に満足。ほとんどの人には、クソババアって言われていますから。

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鷹野騎手のお嬢さんは、医学部に。息子さんは、JRAの騎手学校に。鷹野ファミリー、頑張れ!

猫とネズミ

昨日、TV東京のポチたまで紹介された、シドニーの猫とネズミ。猫とネズミが仲良くするのは、トムとジェリーの映画の中だけだと思ったら、現実に、仲良しの猫とネズミがいるのです。シドニーのキャシーさんが飼っている猫は、パクチョイ。ネズミはドット。CatAndMouse08.jpg
猫は、ネズミにあまり関心がなく、チョロチョロするから、仕方なく相手をしてあげてるだけ。時々、追いかけっこもして、遊ぶそうです。それから、このパクチョイのオーナーのキャシーさんが、パクチョイのために作ったDVDを日本で販売します。このお店で売りますから、猫を飼っている方は、ぜひ、お試しを。猫のお店家で置きっぱなしにされることの多い猫ちゃんにピッタリです。

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世の中には、常識を覆す不思議なことが一杯ありますよね。そして、こんな不思議なことを知るだけでも、私は、APPYになってしまいます。さあ、次の不思議なことなにかな。

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シドニーは、夏だというのに、何だか秋の気配です。風も心地よい。昨日、彼の地にに逝ってしまった洋叔父さんのことをたくさん考えながら、サリーと散歩しました。風の中に、叔父さんがいるって本当です。私には、国子叔母さんとニコニコしている洋叔父さんの顔が見えました。お葬式には行けないけれど、叔父さんのこと、ずっと考えていますね。合掌。

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さあ、明日は、成田に出発。来週は成田で、検疫探知犬のキャンディとクレオに会ってきます。元気だといいのだけれど。久しぶりなので、本当に楽しみです。

アンクル・ヒロシ

ヒロシ叔父さんは、母の弟です。ヒロシは、太平洋の洋と書きます。県庁に長く勤めて、それから、建築会社で営業をして、考えてみたら、65ぐらいまで働いていたと思います。「おじさん、いくつで仕事やめたんだっけ」聞きたくても、叔父さんはいません。来週、仙台に会いに行こうと思っていた矢先に、今日、午後亡くなりました。先週まで日本にいたのだから、会いに行けばよかったのに、来週からまた日本だと思い、油断して会いにいかなかったのです。

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子供がいなかった叔父夫妻は、墓を守ってもらうために、養子をとりました。オーストラリアでは考えられない習慣ですが、叔母の弟夫妻を養子にしたのです。墓を守って貰う事が彼にとってとても重要だったのでしょうが、最近、その叔父がこんなことを言っていました。「墓なんか意味がないぞ。お前は、千の風って知ってるか。死んだら、墓に入るんじゃなく、風になるんだ」って。叔父は、今、大好きだった叔母のところに行ったのです。叔母は、もう大分前に亡くなりました。「俺は、国子の分まで生きるんだ」って、一人で一生懸命生きてきました。

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「来るなよ」っていうのが、叔父の「顔見せろ」でした。「来ることないぞ」というのも、「来いよ」ということでした。言葉が悪く、会いにいくと、いつも、悪口を言われました。その悪口が聞ける間は、元気な証拠だと思っていました。前に電話で「顔見せろ」と言ったことがあって、「おじさん、怖いな。あまり優しくしないでね」と言ったことがあります。最後に話したのは電話で、「おじさん、来月仙台に行くからね」「来るな。こねでもいい」「そう言われると、また行きたくなる。行くからね」これが最後の会話でした。

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年をとったら、周りに一杯死がころがっているだと分かりました。そして、そのうち、私たちも、その死の仲間入りをするのだと感じています。気を落としている私に、主人が、FOOTYだぞと、贔屓チームの試合を見せてくれました。そうね。私も、いつかはいなくなるのだから、今、こうして主人と仲良くしている瞬間を大切にしようと、暫しFOOTY観戦を楽しみました。

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ヒロシ叔父さん。とても几帳面な性格。美しい字を書きました。「食事は闘いだ」って、叔母がいなくなってから、一生懸命食事に気をつけていました。ぼけない為にと、ジグソーパズルを楽しんでいました。家には、彼が完成させた多くのジグソーパズルの絵が掛けてあります。(あれは、一体どうなるのでしょうか)叔父は、叔母が、たくさんの薬を飲まされて、まるで研究材料のように亡くなっていった大学病院を、あいつ等が、国子を殺したんだって、その前を通るのも嫌だと言っていました。私に会うと、「ホラ」って、まるで子供にくれるように、1万円札をくれました。故郷から、また一人、ファミリーがいなくなっていきます。

今日は馬の話を

先日お知らせした学君は、今日は、薄目を開けて、話しかけるとうなずくようになったと、友人の濱田君からの報告がありました。ご両親も何とか1週間後にはパスポートもとれそうで、その後すぐに、オーストラリアに来ることが出来るようです。学君は、逆境にもまけず、騎手を続けようとした人です。必ず、また元気に復帰できると信じています。

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さて、先日北海道の社台ファームに行った折に、吉田照哉さんからディープインパクトの2日目の牡馬を見せてもらいました。まだ赤ちゃん。でも、社台ファームの方が一生懸命ハンドリングしているので驚きました。RIMG0005.jpg


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この前、高岡さんと一緒に見に行った、我々が管理している、シャマダールのイヤリングです。シャマダールは、ジャイアンツコーズウエイの息子。ヨーロッパを制覇する直前に故障で引退してしまいました。このイヤリングは、最初は小柄な馬でしたが、この前見に行ったら立派な身体に....。これは、3月のマジックミリオンズセールに出ます。気に入った人、高く買って欲しいな。RIMG0011.jpg


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今、窓の外で、サリーが泣いています。ポッサムを追いかけているのに、なかなかつかまらないからです。ポッサムもそれを知っていて彼女をからかっているようにも思えます。日本から戻ってきて、天候が悪く、今日はカーディガンを羽織っていたほど。でも、鳥の声を聞きながらの散歩は、気持ちが良く、来週からの出張がまた恨まれます。

ジョッキー・学君のこと

今日、学校から電話がありました。甲斐学君が、落馬して大怪我を負ったという電話です。日本から戻ってきて、競馬関連の記事を読んでいたら、学君のことが書いてありました。馬の全能力を使わずにレースをしたということで、何と6週間の騎乗停止が言い渡され、彼は、それに対して異議申し立てをするという記事でした。学君は、頑張りやでした。学校を卒業してキャンベラの厩舎に行きましたが、まともにレースに出してもらえず、それでも頑張りとおしました。それを知った学校が、別の厩舎を紹介しました。NSW州の田舎の厩舎ですが、そこで、調教師に可愛がられて、大変いい成績を残しました。その調教師が今度はクインズランド州に移転して、彼は転厩しましたが、新しい場所で、彼は頑張りました。EIで騎乗がなくなった、どうしたらいいかと相談もされました。そのEIも終わって、彼が、素晴らしい成績を出し始めて矢先の騎乗停止。そしてそのすぐ後の事故.....。本当に、人生は一寸先が闇です。今日は、宮城県にいるご両親と連絡をとり、一日も早く、オーストラリアへ来るようにと説明をしました。とりあえず、こん睡状態は脱したと言うので、少しホッとしています。前に、武豊騎手が、オーストラリアに来た時に、「いつも、死と向かい合っての仕事だと言う自覚があります」と語っていたことを思い出します。手術の必要があるというのですが、学君には、一日も回復して、また、騎手として頑張ってもらいたいと祈っています。そうそう、今日は、ブリスベンで騎乗をしている学君の友人の濱田君や、やはりトゥンバで騎乗している吉田騎手からも連絡があり、ホースマン同士の友情も感じました。

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真夏かなと、暑い気候を心配して戻ってきたシドニーですが、このところずっと雨降り続き、涼しい天候だったとか。ダムの水も、60%近くに回復して、水不足も解消しそうです。昨日は、シンガポールの日本人調教師、高岡さんと、馬を見にハンターバレーに行ってきました。ハンターバレーは、雨の影響で、牧場の緑が青々としていました。さて、高岡さんは、5年前に、日本人として初めて海外で厩舎を持った方です。パイオニアの辛さを乗り越えて、今年で5年目。この5年間には色々あったと話してくれました。開業して2年目のこと。このままでは、あと数ヶ月で厩舎を閉鎖しなければならないだろうと思ったこともあったと。それが、その後、何とか勝鞍を重ね、重賞レースもとりました。英語がもっとできればと嘆いていましたが、なかなか年取って覚えるのは辛いようです。とはいうものの、美浦の二ノ宮調教師などは、もう長い間英語の勉強をしていて、つい先日も、オーストラリアの人を連れていきましたが、キチンと英語で話をしています。忙しい中で、英語の勉強を続けると言うのは努力以外の何ものでもありません。偉い!の一言。高岡さんも、頑張ってみると言っていました。英語はともかく、真面目な性格は、オーナーたちからも信頼されているに違いありません。今、手元に預かっている馬が、彼の元で活躍してくれればと思いました。

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