FC2ブログ

ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

日豪の間を行ったり来たり。膵臓のないアラエイト。仕事もフル回転。

儚ランダ

RIMG0046.jpg
先週、日本から戻ったら、シドニーの街には、ジャカランダの花が咲いていました。このジャカランダは、南半球にだけ咲く花で、この季節が来ると、私は、ブエノスアイレスを思い出します。スペイン語では、ハカランダと発音していたこの花は、春の終わり、夏の初めに咲く淡い紫色の花で、一雨ごとに紫の花びらが散って、舗道を染めていきます。

★ ★
ブエノスアイレスの街は、この花の咲く頃、街中がボーッと薄紫色に染まるのでした。悲しい思いをしてこの街に住んでいた私は、このハカランダが咲くたびに、儚いという日本語を重ねていました。思い出せば、死んだ母もこの薄紫色が大好きでした。彼女がこの色の洋服をきていたかどうかは思い出せませんが、確かに、「私は、薄紫が好きよ」と言っていたような気がします。先年亡くなった友人も、薄紫色が大好きで、彼女のお葬式にその色を着ていきました。毎日、散歩しながら、ブエノスアイレスのことや、亡くなった母のことや、友人のデボラのことを思い出しています。

★ ★
さて、水曜日からまた日本。だから、今日は、掃除機をかけて、一大掃除をしよおっと思ったら、な、なんと、掃除機が動きません。心臓がドキドキ..止まってしまう...と、娘が「お母さん、また壊したの?ワザとじゃないの?」って、私に冷たい視線を投げて出かけました。私は、確かに、掃除機フェティッシュ。掃除機が大好きです。掃除機を愛しています。ああ、明日また買って来なくては、物入りだな...と言いながら、どこかで嬉しくなっている自分を感じています。

★ ★
この前、日本に言ったときに、青春歌年間というCDを3枚買ってきました。78年、79年、80年。80年は、私が、シングルマザーになった年です。その年、私は、上の娘を、日赤病院で、1人で生みました。当時は、六本木の防衛庁の近くに住んでいました。ところがこの前、友人に防衛庁前のミッドタウンに連れて行ってもらいましたが、...エッ、あれが、防衛庁の後?本当に驚きました。あそこは、私が、乳母車を押しながら、六本木の交差点近くの八百屋さんに買い物に行く道だったのです。それが、もうすっかりモダンに変わってしまって。ほぼ、浦島太郎状態でした。

スポンサーサイト