ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

死に急ぎ

飛行機は結構席が空いていて、何と4席も貰いました。もちろん、ゆっくり横になって成田に着きましたが、時々目を覚ましたのは、自分のいびき。まったく。前に隣の席に座った男性のいびきがひどくて苦情を言ったこの私....隣近所の方、すみませんでした...

☆ ☆
飛行機の中で、日本の新聞を読んできたら、何と、現職大臣の自殺のニュース。どうして?誰もがいつかは死ぬのです。死ぬぐらいなら何でもできるのでは。彼がもし、過ちを犯したのであれば、それを告白して、罪を償い、また新しい人生を送ることもできたはずなのです。どうして??

スポンサーサイト

4000キロ

今日は、朝8時にシドニーを発って、シドニーから2000キロ離れたグレートバリアリーフの入り口まで行ってきました。ビジネスミィーティングに。そして、今夜の10時に、また2000キロ飛んで帰ってきました。往復何と4000キロの旅でした。それで、明日は1万2千キロ飛んで日本。ギネスブックかも知れません。

☆ ☆
疲れているのかどうか、疲れすぎていてよく分かりません。でも、もう寝ます。

心配ごと???

明日は、Whitsunday Coastと言う場所に出張。ここは、グレートバリアフリーフの玄関口。天国のような素晴らしい場所だと聞いています。そしてこの天国のような場所に、ミィーティングのためだけに行くのです。フラストレーション、たまる~。そしてシドニーに帰るのは夜中。おまけに水曜日は夜のフライトで日本に出張。ああ、やっぱり大変。

☆ ☆
心配事とは、出張中に主人の食事が食べられないこと。今週末も、主人は、BEEFウエリントン(パイに牛肉を包んで焼く)や、お手製のピザや、野菜と様々なビーンズ(豆)を5時間もかけて煮込んで作ったスープなど、美味しくて健康にいいものをたくさん作ってくれました。心配事とは、日本に行っている間に、その美味しいものが食べられなくなること。だから、主人は、私が出張すると、自分はホリデーだって皆に言いふらしています。1人分料理を作らなくてもいいからですって。

☆ ☆
上の娘が、「お母さん、Everything is OK!! 何も心配ないわよ」って電話してきました。薬を止めて、仕事をし始めてからの彼女は、今までの中で最も元気そうです。でも、実はそれが心配。「そうね。次の心配事まで、Everything is OKだわね」と心の中で自分と会話。下の娘と、今日は夕方買い物。買い物をしている時の彼女は機嫌がいい。買い物をしていない時の彼女は、いつも不機嫌。昨日も、あまりの無礼な態度にムッときて荒い声を上げたら、主人に「CALM DOWN! (落ち着けよ)」って止められました。娘は、昔から主人にはいい顔を見せるのです。主人も下の娘には甘いし....。もっとも、こんなことが心配事ならあまり心配ないかな。

☆ ☆
ミスターゼンのオーナーの皆様。今日はゼンは勝てませんでした。全部のレースに勝てるわけではないけれど、ちょっと残念。直線に入って、他の馬にぶつかられたような気もします。無事でいてくれれば、次もあるので。

INSIDE OUT

フライデーナイトは、フットボールナイト。チームのスカーフを首に巻いて、TVでフットボールを観戦しましたが、結果は先週と同じく負け。クヤシ~イ!! さて、我がチームが負けるのを見たからなのでしょうか、それとも、XXXXX(愚痴になるから言いませんが..)だからなのでしょうか、今夜はまた眠れません。眠り薬を飲もうかなと思いましたが、明日は、土曜日なので、あまり時間に制限されないから、今夜はこのまま仕事をすることにしました。メールの受信箱に全部で300通。整理されないままになっていました。何とか半分はファイルしたものの、あと半分は、どうしたらいいか分からないので、そのまま残しておきました。削除メールは、800通ほどあり、やっと削除して、清々。でも、また増えるんだろうな。

☆ ☆
今日の午後も、サリーと散歩をしました。いつになく長い散歩。今日は良く歩いたワイと思って帰ってきたら、着ていたセーターが裏返しになっているのに気づきました。「馬鹿」と主人に言われ、娘には白い目で見られました。そういえば、数年前に北海道に行ったときのこと、「あのお、本当にすみませんが」と、やっぱり裏返しに着ていたカーデガンのことを、ブティックの店員さんに教えてもらいました。この時は、「すまないなんて、とんでもない。本当に有難う」と感謝感激して帰りました。昨年のこと。成田のホテルで、朝のバイキングを食べていたら「エクスキューズミー」って、若い外人の女性に話しかけられました。「あなたのセーター、INSIDE OUTよ」えっ。慌ててトイレに行きました。昔からオッチョコチョイだったけれど、年をとって目があまり見えなくなってから、めっきりこのINSIDE OUTが増えました。困ったものだ。

☆ ☆
しかし、今だったら、困ったものだですみますが、娘の時だったら、恐らく死んでしまいたいと思ったはず。その昔、つけまつげが流行った時代に、電車で、片方のつけまつげがないのを発見。慌ててもう片方も引っ張ってとったものの、あの時は本当に死んでしまいたいと思いました。うちの母は長い間教員をした人ですが、「朝急いで学校に行ったら、オーバーコートの下にスカートを穿いていないことに気がついたのよね」って言っていたのを思い出します。オッチョコチョイは遺伝なのかも知れません。

いないいないババア

今朝、10時キッカリにドアのベルが鳴りました。隣のヴェラがやってきたのです。「えっ、彼女の家に行くはずだったのに」「こんにちわ」「ヴェラ、駄目駄目、家の中は、グチャグチャで人を招くような状態じゃないの。お茶っていったのは、あなたの家に行くって意味だったのよ」隣に来るだけなのに、彼女は、お出かけ風にハンドバッグまで持てやってきました。でも、ごめんなさい。「そうなの、人の家に来れば、折角気分が変わると思ったのだけど」って、とてもがっかりして、彼女は、帰っていきました。

☆ ☆
さて、10分後に、さっきは、ごめんなさいねって言いながら彼女の家に行きました。伊衛文のグリーンティーとBOX OF CHOCOLATE(チョコレートのボックス)を持っていきました。息子の話から、アートの話まで、わずか1時間の間に色々な話をしました。日本からお菓子持ってくるから、また一緒にお茶しましょうねと言ったら、ヴェラはとても喜んでいました。

☆ ☆
ブログに新しいキャッチフレーズをつけましょうと、色々考えていて、一番気に入ったのは、いないいないババア。でも、アンチエージング婆さんもいいなあって、メモっていたら、うちの会社の弘美さんが、ブログの入り口に、メモのタイトルを全部書いてしまいました。ちょっとやり過ぎかなあ。まあいいか。

☆ ☆
昨夜は2時まで仕事。なのに、今朝は朝早くから電話。競馬学校からです。先週、学校に入学したばかりのY君が、学校を止めて日本に帰ることになったというのです。知ってるよ。彼が、オーストラリアに来た最初の晩も、そして昨日の晩も彼のことで色々あったんだから...。Y君が帰りたいって言ったから、だったら帰えればと言ったのは私。このままでは、Y君のために、皆が駄目になってしまう。Y君は、自分が、皆に愛されていることを良く理解していないのです。また、愛は、愛されるだけでなく、愛してくれる人に、それを返さなければならないということも、Y君は知りません。彼は、自分は世界で一番偉くて、世界中の人から愛を貰っても当然なんだという傲慢な考えを持っています。そして周りもそれを許してしまいます。でも、私は許せない。許したら、彼のためにならないからです。今、Y君のために、全てを投げ打って面倒見てくれるお母さんは、私とほぼ同じ年。彼女にも言いました。お母さんの人生はあとわずかでしょ。どうして、彼の人生がお母さんの人生より大切だって言えるのですかって。Y君は、そのお母さんを失くした時に、お母さんの愛が初めて分かるはずです。でも、それ、遅いんだよ。

独り暮らし

今日は、思い出して、仙台の叔父に電話しました。子供がいない叔父は叔母が亡くなってから、ずっと独り暮らしです。「食べることは戦いだ」と言いながら、一生懸命独りで生きています。もう80歳。最近、何度か入院しました。弟の嫁が大変優しい人で、彼を良く訪ねては面倒をみてくれています。「遊びに行くからね」「来るな」「どうして」「なじょしても」電話をする度に、同じ会話。それが、先日は「来い」と言われたので、ちょっと心配になりました。それが、今日はまた「来るなよ。来ても俺は認知症だから、お前が分からないからな」って。電話口で、叔父と一緒に大笑いしてしまいました。

★ ★
サリーと散歩していたら、隣のヴィラが洗濯物を干していました。「コンニチワ」ヴィラは、独り暮らし。大きな家に住んでいて、その大きな家の一部を貸しています。そのテナントの名前はサリー。うちの犬の名前も彼女からもらいました。「サリーがね、最近私と話をしないのよ。朝早く出かけて、遅くまで仕事だから...」その話は前にも何度か聞きました。その時も、涙ながらに「アイ・フィール・ロンリー」って。彼女の上の息子は、既に60歳近く。ダウンシンドローム(蒙古症)で、子供のときから施設に入っています。彼女は毎週、その彼に会いに施設に出かけます。下の息子は、成功したビジネスマンですが、ロンドンに住んでいて年に一度しか戻ってきません。

★ ★
78歳の彼女はアーチスト。家には畳み大の大きな絵が何枚もあります。6月には、ヨットでタヒチまで航海するのだそうです。毎年一度はクルージングをして沢山の絵を描いてきます。彼女は、今日も、「アイ・フィール・ロンリー」を繰り返していました。「ねえ、あなたの時間が空いている時に、お茶しましょうね」と、これもまた五回位言われたので、いよいよ明日は10時に、彼女とお茶をすることにしました。私はこの年になって、未だに寂しいのは懐だけで、心は決して寂しくありません。家族からも社会からも沢山の愛を貰っています。そう、明日は、私が貰っている愛を彼女に少しだけおすそ分けしてきましょう。

娘の口笛




メルボルンで、娘が、「ねえ、ねえ、凄くエキサイティングなことがあるの。聞いて」と言って口笛を吹き始めました。ピー・ピー。彼女は、これまで口笛を吹くことができなかったのです。その興奮の様子に、思わず主人と大笑い。主人が「メルボルンにきたから、たまたま吹けるようになったんじゃないか。シドニーに戻ったらきっとまた吹けなくなるよ」などと冗談を言ったので、シドニーに戻ってきてもピー・ピー。「ホラ、シドニーでも吹けるでしょ」と得意顔の娘にまた大笑い。娘の口笛は、我々に笑いをくれました。

☆ ☆
メルボルンでは、ダンデノンレンジという丘陵地帯に遊びに行きました。義母のいるところから車で15分足らず。まるで日光のイロハ坂のようなくねくねとウネッタ道路には、羊歯やユーカリの林が鬱蒼としていて、やはり日光を思わせます。そのダンデノンレンジのカフェで、デヴォンシアティーを楽しんできました。デヴォンシアティーは、スコーンというお菓子とティーの組み合わせ。スコーンに、クリームとジャムを塗るだけのものですが、これを食べるといつも心が和みます。窓の外では、鳥たちが遊んでいます。ロゼーラという大きなオウム。短い時間でしたが、夢のような時間でした。こんな地味な時間が、夢のようだとは、変な私ですよね。でも、結構いい、鳥の写真が撮れましたよ。

80歳過ぎてもボランティア

先ほどメルボルンからシドニーに戻ってきましたが、もう既にメルボルンが懐かしい。I miss Melbourne already! さて、昨夜は、主人の母のところに泊まりました。彼女は、1昨年、30年近く住んだ海辺の町、パンビュラを離れて、メルボルン郊外のリタイアメントビレッジに移って行きました。義父んの亡くなった後、一人で大きな家や庭の手入れをしてきましたが、80歳を過ぎて、さすがに一人で色々と管理をするのは辛くなったようです。今彼女が住んでいるのは2ベッドルームと広いリビング&キッチンのある一戸建ての家。明るくて、ベランダもあって、前のように海は見えませんが、とても快適だと義母は言っています。

★ ★
彼女の住んでいるのはリタイアメントビレッジですから、ビレッジのマネージメントが、家の管理や庭の手入れなどをします。電気が長い間消えていれば、誰かが心配して訪問してくれます。時々、ビレッジが主催をして、バス旅行などもあるし、毎週、カード(トランプ)などのエンターテイメントの時間や、エキササイズなどのクラスもあります。義母は、結婚してからずっと、コミュニティーのためのボランティアをしてきました。また、隣人で困った人がいると、必ず、彼らを訪ねて、買い物をしてあげたり、食事を持っていってあげたり、彼らの離れている家族と連絡をとってあげたり、とにかく他人のことでいつも忙しい人でした。彼女が何十年も続けていたボランティアの仕事のひとつに、オプショップと呼ばれる中古品のショップがあります。寄付してもらった中古品を綺麗に磨いて、あるいは洗って、安く販売、その売り上げを地域の養老院に寄付するのです。このショップは20年間に多くのお金を集めました。

★ ★
その彼女は、リタイアメントビレッジに移ってからも、ボランティアをしています。ここ半年ばかり、足を怪我したり、心臓を患ったりして、病院と家との間を往復していたのですが、それでも、彼女のボランティアワークはストップすることがありません。最近は、あまり動くことができないので、”せいぜい?”編み物をして、その衣服をアフリカの子供たちに送るのだと言っていました。「お金を儲けるより、自分がしたことで誰かが喜んでくれれば、こんな嬉しいことはないわ」って。

★ ★
私はそんな義母を本当に誇りに思います。彼女のそんな血統を受け継いでか、うちの主人も大変親切な人です。彼は、これまでも、病気にかかった何人もの知人や友人たちの送り迎えをしてあげました。不思議なことに、私の両親も多くの人々を助けてあげた人たちでした。私も、仕事を止めたら、できるだけボランティアをしたいなって思っています。

メルボルン その3

朝久しぶりにゆっくり起きて、メルボルンのフィッツロイというところでブレッキー(ブレックファースト、つまり朝食の略に行きました。ここは、何を食べても美味しくて、娘はフレンチトースト、主人は、ベーコン&エッグ、私は、スパニッシュオムレツを食べました。美味しい朝ごはんは、1日を豊かにしてくれます。

メルボルン その2

メルボルン到着して、すぐフレミントン競馬場に。フレミントン競馬場は、今、一部工事中で、今年のスプリングカーニバルまでには完成する予定だそうです。それにしても、今回初めて、新しいビクトリア・レース・クラブ(VRC)のオフィスを訪問しましたが、、ストレートシックスと呼ばれる直線コース(1200m)の端に、オフィスがあり、オフィスのガラスの窓からコースが丸見え。ナンだか、ミィーティングよりも窓の外が気になっていました。今年も、メルボルンカップに、多くの日本人のマスコミが訪れそうだから手伝って欲しいということでしたが、20年間、私がたった一人の日本人マスコミだったのですから、時代は変わりましたよね。

☆ ☆
メルボルンのいいところは、食事が美味しいこと。安いこと。昨夜は、家族3人で、ギリシャレストランに。今夜はどこにしようかしら。

FC2Ad