FC2ブログ

ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

日豪の間を行ったり来たり。膵臓のないアラエイト。仕事もフル回転。

 ナンバーツーであることの苦しみ

先日、岸恵子の「わりなき恋」という小説を読みました。
わりなきという意味が分かりませんでしたが、
つまり、理屈では割り切れないという意味かな。と思いました。

この本は、もうすぐ70歳になろうとする女性が50歳代の男性と恋をするのです。
読みながら、わかるなあ。でも、つらいなあ。と思いました。

私は、いわゆる不倫を若い頃にいくつかしました。
その時は、好きなだけで、ただ恋と性愛に燃えていたと言えます。
今になってみて、更に分析すると、恋をしていたわけでもありませんでした。

なぜなら、そんなに素敵な男性たちではなかったからです。
ただ、私は普通の女性になりたくなかった。
人と違う女性になりたかった。
それだけの理由で、いわゆる、常識から外れた行為をしたかったのではなかったのかと、
70歳を過ぎた私は考えます。

不倫というのは、まあ、仕方のないことだったかもしれませんが、
結局は、その男性の家族を苦しめ、
もっと、悪いのは、自分が常にナンバーツーであることに苦しむことです。

私が、未婚で産むことになった娘の父親は、外国の総領事でした。
総領事だから、好きになったわけではありません。
しかし、彼から、大切にされたことは確かです。

毎日、総領事館からかかってくる電話。
おはようございます。総領事にお電話を替わります。

彼とまだ付き合ってなかったころ、イベントに出てくれたお礼をしに東京にいきました。
六本木の地下にあるレストランで、食事と会話の後に、
彼が無理やりキスをしようとしました。

胸がドキドキして、私はそういうことを望んておりませんと、幼稚な英語で答え、
店を飛び出しました。
そのまま分かれて、翌日仙台に戻りました。

翌日、仙台の自宅に、電報が届きました。
本当に失礼なことをしてすみません。
そして、それから、花束が何日も届きました。

それから、東京にもう一回出たときには、
私はすでに彼の腕に抱かれてしまいました。
六本木にあったホテル。そこを訪ねるときも
彼は花束を忘れませんでした。

そうして、少しずつ、私は、不倫の道を辿ってしまっていたのです。

まあ、この話は、結局、子供を産むことになり、
アルゼンチンまでいき、
結婚すると言っていた彼の言葉はウソで、
と、ながながと続くのですが。

最初の出会いはともかく、
彼との付き合いの中で、もっともつらかったのは、
私が、彼のナンバー1ではなく、あるいは、オンリーワンではなく、
いつもナンバーツーだったこと。

私はラッキーにも後年、オーストラリアで結婚することになりましたが、
結婚してほしいと言われたときに、
私の条件はただひとつ。
彼に誰か好きな人ができたら、かならず言ってほしい。
私もそうするから。

あれから36年。夫婦ですからいろいろありますが、
主人は私のナンバーワン、そしてオンリーワン.
私も主人の、オンリーワン.ナンバーワンかどうかは、まあ聞いてみないと(苦笑)

不倫をしている人がいれば、私はこう言います。
やめなさい。

一人で寂しい?二人でいても、自分がその人のオンリーワンで、ナンバーワンでなければ、
意味がありません。
自分だけのオンリーワンになった方が幸せ。自分がナンバーワンになった方がずっと幸せ。

スポンサーサイト



いよいよ81歳になりました。。。

いよいよ81歳になりました。
え?
嘘つき?
そうですね。
でも、アラエイト(苦笑)

私は、正直、主人の腎臓結石騒ぎで、かなり疲弊した精神状態。
ちょっとうつ気味。
主人の言葉一つ一つが気になり、それも原因の一つ。当然ながら彼の状態も心配。
もう一つは、仕事を抱えすぎていて、それもあまり進んでいないので、
どうしたらいいか、寝てもそんなことばかり考えていて。
それも、原因の一つ。

馬鹿だなあ。
3年前に死んでいてもおかしくないのに、
あの時には、真っ白で澄んだ気持ちでいられたのに。
この世に戻ったら、また、いろんなことを考えすぎて。。

でも、数日前にこんなことがありました。
サリーと一緒に公園を散歩していたら、10歳ぐらいの男の子と女の子に話しかけられたの。

後ろから私たちを追っかけてきて、
その犬はあなたの犬?と聞いてきたのです。
そうよ。
うちにも、あなたの犬と似ている犬がいるの。
犬が好き?
うん。
その犬の名前は?
ドクターサリー。
ドクター?
そう、私はもう70歳過ぎるのだけれど、実は、3年前に私が大きな病気をして、家に戻って以来、
彼女がいるから、こうして元気にしていられる。

そしたら。。二人は、一緒にパチパチと手を叩いた。よかったねという顔で。。
まあ。
私は本当に嬉しくなった。涙も出そうになった。彼らは私とサリーを誉めてくれている。

人間は悪い人もいるけれど、犬は、きちんと愛をあげれば、きちんと返してくれるのよ、と私は彼らに言いました。

男の子が言いました。そう、でも、悪い人もいるよね。
この前、犬と一緒に歩いていた男の人が、連れていた犬をいきなりしかりつけて、
道路に、犬を投げ出したんだ。そこに車がきて、危なく魅かれるところだったんだよ。

酷いわね。でも、世の中には、いい人たちもいっぱいいるからね。
そうだね。
また会えるかな?って二人は、私に、聞きました。
そうね、この公園でまたね。。

さあて、ぐずぐず言わずにがんばろう。
彼らにパチパチって誉めてもらったし。

81歳、、まで、、がんばるぞ。というか、あまり頑張らずに、頑張るぞ。


病気をして少しまともな人間になった。

3年前に、バス事故にあい、そこからすい臓がんが見つかった。
しかし、それまでは、とにかく、飛んだり,跳んだり、ゆっくり休むことがなかった。

ゆっくり真っ白な気持ちで過ごしたあの一か月の時期は私の人生にとっては貴重な時間だった。

点滴の棒を支えながら歩いている病気の人たちの姿は、跳ね回っていた私には不思議な姿に見えた。
気がついたら、自分もそうして歩いていた。

自分が病気をしてから、病をもって生きる人たちへの愛と同志愛が生まれた。
病の人たちを介護する人たちへの感謝の気持ちも芽生えた。

70歳でも学べるのだと思ってうれしくなった。

死んでもおかしくない状態でこうしてこの世にまだ生かしてもらっているのは、きっと何か理由があるのだとも思った。

英語に、you never stop learning いくつになっても、学ぶことがあるという言葉が頭にこびりついている。

あと4日で、つまり、2020年で71歳になる。もし、私の運命が、私をもう少し生かしてくれるのであれば、
私は、毎日、毎分、毎秒、新しいことを学びながら、それを自分と他人のために生かしていきたい。

そうそう、じつは膵臓がなくなってから、糖尿病のタイプ1という症状をもっていきることになった。
糖尿病の人たちには、うつ病が多いとも聞いた。
まっさか。私に?と思っていたら、実は、私も何度も、精神的に危ない、、と思うことがあった。
医者には、つらかったら、安定剤飲んでいいですよ。我慢せずに、でも、中毒にはならないように。

中毒?ならないわよ。。と思っていたのに、ある時に、もしかして、このまま薬を飲めば中毒になってしまうかもしれないと思うことがあった。我慢した。血糖値の計測、インシュリンの治療。食事。そして、他人のちょっとした言葉。テレビで放映されるつらい映像。
それらが、鬱の状態を引き起こしてしまう。

私は、精神的な病を持つ人たちへのコンパッション(同情)も持つことができた。
がんばりましょう。一緒に。

さて、今日は、これから、髪を切ってきます。
その昔、失恋をするたびに髪を切りました。
今日は、誕生日を前に、ちょっと元気を出すために髪を切ってきます。

バレンタインデーと岩田すみれさんの死

今日はバレンタイン。この日が来ると思い出すのは、
岩田すみれさんのこと。
どうしても、忘れられません。
この日に、彼女が亡くなったからです。
早稲田に東西線がやっと出来たころのこと。
地下鉄の駅の上の喫茶店で、
バレンタインデの、数日前に
彼女が言いました。
「私が死んだら、私の本全部持っていっていいわよ」
「えっ、死ぬってどうういうこと?」
彼女は、にっこり笑いました。


私は、63歳になり、人生の中の色々なことを忘れかけているのに、
あの日の彼女の表情。白い肌。大きな目。
くっくりと、私の心に焼き付いています。
当時人気だった、松島とも子にそっくりだった、すみれさん。
あの頃はまだ、珍しかったアメリカ留学までした人。
確か、彼女が戸山高校時代に行ったのだと思います。
何から何まで私と違う人でした。


その彼女と、田舎からやってきた私が友達になれるなんて、不思議でした。
そういえば、彼女は、西麻布のマンションに住んでいて、そこにお邪魔したことがあります。
あの時代は、マンションってとても珍しかった。
マンションの中に入ったっていうのは、もしかして、あれが
初めてだったかも知れません。
すみれさんの、お父様は、確か、映画関係の方でした。
彼女と六本木のアマンドに行きました。
熱い文学論を闘わせました。
今でも、アマンドを通ると、彼女を思い出します。



なぜ、彼女は、死を選んだのでしょうか。
彼女が死を選んだ場所は、彼女のご家族が持っていた
信濃大町の別荘でした。
白い雪。雪の中で、死んでいった彼女を思い浮かべます。
彼女と一緒に死を選び、彼女と一緒にあの世にいかなかった
その男性を、私たちは、嫌悪しました。
私はその方の名前を、すみれさんから、聞いていました。
日本の有名なファミリーの一員です。
しかし、その彼に妻子があったように聞いています。
もし、彼に妻子があったのであれば、それが死の原因だったのでしょうか


彼女は学生運動をしていました。腐敗した学生運動の構造を
嫌っていると言いました。
女はいつも、バケツに石をつめるだけ...........だとも。
でも、彼女は止めませんでした。
彼女を運動に、恋に、そして死に追いやったものは
何だったのでしょう。
もう、50年近く経っているのに、私には、答えが見つかりません。
彼女は、彼女の家に近かった青山墓地に眠っています。
ねえ、すみれさん、
私があなたの方に行ったら、どうしてそんなに早く、
そっちにいったのか、教えてよね。

KENTO'S 体験

「ケントスに行こうよ」とFUさんが、ずっと言っていました。2年ぐらいかな。でも、なかなか行けずにいました。「でもさ、お互いにいつ死ぬか分からないから」なんて言って、昨晩、決行することにしたのです。その昔、仙台のケントスを持っていた方に連れられて、仙台に行ったことはあるのです。踊ったかどうか覚えていませが。さて、昨日の六本木のケントスは、クレージーでした。まず、元国会図書館勤務の「お堅い」FUさんが、音楽が始まると、さっとバンドの前に出ていきました。どうやら、後で分かったのですが、「陣取り」のようです。音楽が始まると、彼女のエネルギッシュな踊りが始まりました。いつも、私が「元気ばあちゃん」だと思っていたのに、「ちょくしょー。やるな」って感じでした。P1080107_convert_20101009112709.jpg
FUさんの髪は、私のように染めていない天然の白髪。その白髪が、まるで獅子舞のように揺れて、おまけにヒップもがんがん、揺れていました。おっ、負けるぞ。

★ ★
それから、いやはや、人が来る来るわ。そして、狭い会場で、というより、踊るスペースなんかないのですが、皆踊り始めました。前の席と後ろの席の間の「廊下」で踊るのです。まあ、皆、50歳以上ですかねえ。前で座って食べている人のところに、踊る人たちの手は伸びるわ、腹はつっかかるわ。禿も、ずんぐりも、皺くちゃも、全く関係なあい.........踊る阿呆に観る阿呆、同じアホなら、踊らにゃそんそん。席に座っているのは、若い人たちばかり。「すげえなあ」って感じで、白けています。おい。ここに来たら、踊るだけだよ。白けるな。なんて感じで、おっちゃんも、おばちゃんも踊っています。上品な感じの「ご婦人」も、やっぱり踊っていて、ああ、私の元気なんか「似非」だったんだと知らされました。

★ ★
考えてみれば、私は、いつも、娘から抑圧されていました。音楽が聞こえてきてお尻がむずむず動き出すと、「お母さん、みっともない」という声が聞こえてきたからです。昨日は、ふん、This is my life not yours ... Who cares......  お母さんの人生はお母さんのもの。あんんたのものじゃない。踊るぐらい何だったっていうのよ。という、気持ちになりました。いやあ、それにしても、孫4人いるFUさんの踊りぶりは、エネルギッシュそのもの。私も、がんばらなくっちゃ。

★ ★
ケントスって、ところで、昨日気がついたのですが、KENTO’Sって書くのですね。つまり「ケントの店」ケントって、英語のKENTではないから、なんなのかな。ちょっと「ケントース」てみましょう。それとも、知っている人いますか。この店は、1975年に、黒沢久雄たちが集まって作ったのだとか。仙台は1985年。ウエッブ調べたけれどないので、もう閉めちゃったのかなあ。

★ ★
昨日、FUさんが、彼女のお気に入りのCDを持ってきてくれました。VOILA!P1080108_convert_20101009112800.jpg
今、ジャックリーン・デュプレのバイオリン聴きながら書いています。さっきは、ナナ・ムスクーりを聴きました。この後、バルバラを聴こうかと。昨日は、ツイスト&シャウト、今日は、シャンソンとクラシック。音楽っていいですよねえ。

★ ★
午後は、隼人さんと、天才アニマルトレーナー、スティーブのセミナーの件を、相談してきます。彼は、オーストラリアの生態系を守るための様々なプロジェクトに参加しているのですが、今、日本の「生態系」も危ない。危なくなった野生の動物が里に出てきて、人間も危ない。スティーブの持つ技術が何か日本に貢献できないかと思っているのです。隼人さんは、池田隼人の......いえ、嘘ですが、名前はそこから来たようで、犬が大好きなビジネスマン。犬のためのプロジェクトを立ち上げたいと思っています。しかも、こうしたプロジェクトに参加させる犬たちは、できれば捨てられた犬たちにしたいって......彼らの新しい命にために......プロじぇくト、上手くいくといいなあ。そうそう、その前は「愛子」ちゃんに逢いにいきます。愛子ちゃんは、そのスティーブに師事した数少ない日本人の一人。色んな人たちの力が集まれば......Nothing is impossible! Don't you think? 不可能なことはない、そう思いませんか。