ようこそ!ハイランド真理子のブログです。

オーストラリア在住。団塊の世代。海外の競馬や犬事情も含んだ日記です。

元気のない時もあります

真理子さんはいつも元気でいいねえ。
真理子さんから、いつもエネルギーもらいます。
と、皆さんから言われますが、
私だって、元気のないときがあるんです(苦笑)。
まあ、だいたい一日寝れば直るのですが、
今日は、何だかぐずぐずしていましたねえ。


忙しいのに、
今日は、洗濯をしました。
とても清清しい冬の陽。、
真っ青な空に、赤いポインセチアの葉っぱが
輝いて見えました。DSCN0634.jpg
オーストラリアのポインセチアは大きな樹になるのです。

外に洗濯物を出したのですが、
何だかいつものようにルンルンしないんです。
私の一番好きな、洗濯物干しをしたのに。
早めに乾かそうと思った主人のパンツを
乾燥機に入れたら、乾きませhh。
編だなと思ったら、壊れていることに気がつきました。


明日の夜は、ゴールドコーストから娘がやってきます。
上の娘です。
この前アメリカから戻ったばかり。
またアメリカに行くらしい。
ビザのために
シドニーにある大使館にインタビューに
行くので、ビザが降りるまで家にいるというのです。
彼女と長期に暮らすのは、久しぶり......
アメリカで仕事が見つかったと言うのですが、
その割には、金がないと言っていて。
金のないのは私も同じ。と言いたいけれど、
彼女と口論する気にはなれません。
沈黙。

....................


彼女は綺麗好きで、埃があると、喘息が出ます。
そこで今日は、彼女が泊まる部屋の掃除をしました。
掃除機が、途中で止まりました。
乾燥機のあとは、掃除機が壊れてしまいました。
なんだか、ますます元気がなくなりました。


娘の事はとても、心配です。
心配するなと下の娘がいいます。
でも、心配です。心配しても意味がないことも知っています。
だから、できるだけ心配しないようにします。
でも.........


アルゼンチンのことを、今日は思い出しました。
アルゼンチンは、悲しい思い出が一杯です。
アルゼンチンタンゴは、悲しい音楽です。
男と女。裏切り。ほとんどがそうです。
裏切ったり裏切られたりしながら、
アルゼンチンの人たちは生きていました。
それを思い出しました。
思い出しながら、悲しい気持ちで、タンゴを聴きました。
明日、私は元気になるでしょうか。DSCN0633.jpg

母の日にむけて、私の母のこと。

IMG_0004.jpg
母の日が近づいています。
先週母の日だと思った私は、
あまり期待していなかったにも関わらず、
娘達から、何の連絡もないことに
がっかりしていました。あとで、母の日は
今週の日曜日だと主人に聞いて、
なあんだ。バカと主人に笑わました。


私の母。
いつも思うことですが、私はあの母に負うところが
大変多いのです。でも、その母を、私は
あまり大切にしませんでした。母の日に、
彼女に何をしてあげただろうと考えて
みても、何も浮かんできません。
母からもらったものが多いのに
私は彼女に何もしてあげられなかった。


母は、ずっと、ワーキングマザーでした。
小学校の先生をしていました。
他の子供の面倒はみるのに、
私は、田舎もんの、おばあちゃんに預けられて...
と、子供の頃は寂しい思いがありました。
なのに、その私が、後年、娘達を人に預けて
仕事に専念したのは、運命のいたずら?


母は、いつも人のことを、そして人のために尽くした人でした。
弟が小さい頃、彼を胸に抱いてこんなことを言っていました。
「弁護士になってほしいわ。弁護士になって、
弱い人を助けて欲しい」。
弟は弁護士にはなりませんでしたが、いつも、人を助ける
心の美しい人間になりました。
彼女が、教員の学校を出てすぐのことだったといいます。
新進気鋭の小学校教師。と、教師のストがあり、社会正義に
燃える若い彼女が、そのストに出ようとすると....
やはり、小学校に勤務。校長をしていた祖父から、
「お前は、生徒を捨てていくのか」と問われ、
ストに参加しなかったのだと。母は言っていました。
今、自分のことだけ考える、あるいは、自分のことも
考えられない教師がいるかと思うと。何だかなさけなくなります。


母はいつも素敵にしていました。モダンでした。
8枚はぎのスカート。
素敵な色の組み合わせ。
素敵なハンドバッグに、アクセサリー。
とても素敵な母でした。
彼女は美人だといわれていて、
親戚からは、弟は母と似ているが、
「真理ちゃんは、お父さんにで、可哀想ね」と
言われていました。つまり、母は美人で
私はぶす。そんな母にちょっと嫉妬していたかも
知れません。でも、母は、私にも、いつも
素敵な洋服を着せてくれていました。
今でも守っている母の言葉。
「真理ちゃん、外国の人は、年をとるにしたがって
綺麗な色を着るのよ」。


彼女に連れていってもらった映画。
最初の洋画で覚えているのは、
サウンドオブミュージックのもとになった
「菩提樹」。他にもたくさんの映画に連れていって
もらいました。「予期せぬ出来事」エリザベス・テーラーと
リチャード・バートン。母はあの映画が好きでした。
もちろん、「哀愁」とか「終着駅」とか。
彼女はロマンチックな映画が好きでした。
「ハッピーエンドじゃないと嫌だわ」と言っていましけれど。
ロマンチックな映画は、ハッピーエンドじゃない場合が
多い。それどうして?


私は、30年前に国を出ているので、
晩年の母を、あまりよく知りません。
アルゼンチンから戻ったときに、
私の名前を忘れていた時には、
あの母がと愕然としました。
彼女は、何十年立っても、教え子の名前、教え子の成績を
忘れなかったのです。その母が、私の名前を忘れた。
それにしても、母は、素晴らしい教師でした。


あんまりしゃべらない、うちの主人がこんなことを言います。
「人は、誰かが思い出している限り死なないんだ」って。
だとすれば、母は、まだ生きているのです。

私が若かったときよりも、ずっと鮮明に、私の心の中で生きています。

人に優しくしなさい。人を裏切らないようにしなさい。
弱い人を助けなさい。彼女が教えてくれたことは、私の中で生きています。
その通りにできているかどうかは別にしても。


私は自分の娘達に何を残してあげられるのでしょうか。
心配です。

でも、お母さん。
私を産んでくれてありがとう。
本当にありがとう。

Meaning of Life

真理子さん、ブログ更新していないので心配していましたって。
それ嬉しいですよね。こんな私のブログを読んでくださっているって。
といういう皆様、ありがとうございます。
実は、先週から二度もクインズランドを行ったり来たり。
かなり忙しくしていました。
日本を行ったり来たりするよりは
ずっとラクなのに、何だかオーストラリアの家にいて
仕事をしていると、時間がゆっくり流れてしまって。
本当はこういう時間も私の人生には必要だったのに。
動いていないと罪悪感。


さて、先週こんなニュースを読みました。
英国のエイドワーカーである、医師がパキスタンで
誘拐されて、首を跳ねられて殺されたニュースです。

The murder of a British aid worker
whose body was found dumped in an orchard
in Pakistan has been condemned by the Prime Minister
as a “shocking and merciless act”.

Khalil Dale, 60, was kidnapped at gunpoint
in January while working with the International
Committee of the Red Cross (ICRC) in Baluchistan province.


彼は彼の一生のほとんどをエイドワーカーとして働いていたようです。
それが、誘拐され、恐らく拷問もされたのだと思いますが、
挙句の果てに殺されてしまった。
このニュースが出張の間もずっと頭を離れませんでした。
この人の人生の意味です。Meaning of life!
これだけ世界の底辺の人の救援に従事し、
人のために力を貸してきた素晴らしい人。、
が、こんな無残な最期を遂げてしまった。
私は、この医師の人生について、頭の中で考え続けていました。


恐らくこのような人生の終わり方をしたのは、彼にとっては
遺憾で、想定外だったのかも知れません。
では、どんな人生の終わり方をすれば、彼にとっては良かったのでしょうか。
などと考えてしまいました。
そして、思いました。
...............
彼のような人は、きっと、こういうことがあるかもしれないということを
想像していたのではないかと思ったのです。
でも、自分の信念を貫いた。信念のために生きた。
お金や地位や、楽な生活が、彼の求めたLifeではなかった。
彼の Meaning of lifeは、社会のために尽くすこと。
そうしたいと思う自分に忠実に生きること。
だから、どんな死に方をしたとしても、それが問題なのではなく、
彼が生きた間に何をしたか。何を考えて生きていたのか。
それが重要なのではないのかと、
考えました。


もし、そうでなかったとしたら、
人生というものの意味がない。
あれだけ人に尽くした人が、あんな無残な殺され方をするなんて。
私はそう思いました。

思った途端に、ちょっとだけ光が見えました。
死に方ではなく、
そこに至るまでの道のりが大切なのだと。
..................
そして、私たちの一人一人は、その道のりに
立っているのだと。いつも。誰もが。


と、私が考えていたら、
こんな言葉を見つけました。

“Life has no meaning.
Each of us has meaning and we bring it to life.
It is a waste to be asking the question
when you are the answer.”
― Joseph Campbell

人生というものには意味がない。
我々のそれぞれに意味があって、その意味を我々は、自分の人生で実現するのだ。
だから、人生の意味って何なのかと問い続けるのは意味がない。
私たち自身が、その答えなのだから。

ジョセフ・キャンベル


私は人種差別主義者?中国の人のことについて。

昨日、クインズランド出張を終えて
シドニーに戻りました。
クインズランド、ブリスベンに住むVICKI BENNETTの
ワークショップを受けに、日本から美江さんがいらしからです。
私は、長い間、VICKI BENNETTの本のエージェントをしていて、
日本で、既に5冊の本を出しています。
しかし、彼女のメッセージは、どうしても、現実として伝えることが
必要だと思っていました。つまり、誰かが、理想的には
VICKI自身が彼女のメッセージを伝えることが必要だと
思っていたのです。しかし、英語の壁、国の壁があり、
なかなか実現しませんでした。
それを、何とかしようと思っていたときに、美江さんに会いました。
美江さんは、早速、オーストラリアにやってきました。

この話はまたいずれ、お話したいと思います。


さて、昨晩のこと。
ゴールドコースト空港で、
非常に複雑な人種どうしの
交錯がありました。
それは、オーストラリアではよくあることで、
1つの家に、様々な人種が交錯しているからです。
うちの家族も、主人の一番上の姉が英国生まれのオーストラリア人。
二番目が、イタリア生まれのオーストラリア人。三番目の主人が
私、日本人と。そして主人の弟がオランダ生まれのオーストラリア人と
結婚しています。こういうことはよくあることです。


でも、昨夜は、少しテンション(緊張のある形で)として
起こりました。
まず、出発時間が近づいていました。
私は、そばに立っていた白人の女性に
「飛行機は遅れるのですかね」と聞きました。
普通は、にっこりと笑顔が戻ってくるのに、
昨夜は、非常に冷たい声で「べッグユアパードン?(
なんですか)」と返ってきました。つまり、あんたの英語が
分からないわよ。何よ。という感じでした。
そこで、私は、正しい?英語でもう一度聞きました。
と、彼女は、「さあねえ。わからないわ。きっとそうでしょう」と
いい加減に答えました。あら、なんだろうと思いました。
オーストラリア人は普通、大変親切なのに。


と、人々が並び始めました。
私も並びました。
私が並ぶと、
ぞろぞろと、中国人の女性達が
並び始めました。大きな声を出して
中国語で喋り捲っています。つまり、まくっていました。
それだけではなく、私の後ろから押すのです。
平気です。
そこで、私は振り返っていいました。
「すみませんが、押さないでください」
分かったのか分からなかったのか分かりません。
彼女は押すのを止めました。
列の間を人々が「エクスキューズミー」と言って
通っていくので、私は、隙間を開けました。
中国人がまた押してきます。
と、先の白人の女性が、
私たち?に向かって「ここは通路だから空けるように」と
言いました。私は下がりました。すぐ後ろにいる
中国人は押し返します。
と、中国人の何人かが、
私の顔をみて、「こいつは、馬鹿だ。変な奴だ」と
言っているように、へんな顔を作って、私をあざ笑うのです。

.................
と、今度は、アラブ人のような男性が、通ります。
そして、私に「エクスキューズミ。中国人の馬鹿もの」と
言って通り過ぎました。私は、立ちすくみました。
追いかけて、何か言ってあげようとしましたが、
止めました。


そのうち、搭乗時間が来て飛行機にのりましたが、
あの中国人のグループと一緒になりませんように、
ひたすら祈っていました。
席に座りました。
と、アジア人がきます。中国人?
どきっ。
と、その女性は英語で「すみませんが、そちらの席に
行ってもいいですか」と丁寧に聞いてきました。
「もちろんです、今席を立ちますから」と英語で答えました。
この中国人は、香港の中国人だろうか。台湾だろうかと
考えました。彼らは、メインランドの中国人を差別している
節があるのです。彼らはマナを知らない人たちだといって
いるのも何度も聞いたことがあります。


飛行機を降りました。
と、さっきまで私の傍に座っていた女性が、
友人の女性と日本語で話しています。
あっ。
彼女は日本人だったのだ。だから、マナーがよかったんだ。


私は、20年ぐらい前に、お行儀の悪い日本人観光客をやビジターに
会ったことがあります。とても恥ずかしかった。
だから、中国人を非難できないと思ってきました。
でも、今回は、彼らがとても嫌だった。
この前、メルボルンに行ったときにも、
「ここは、カフェです。公衆のトイレではありません」と
書いていあるところに、多くの中国人観光客が
詰め掛けていました。
彼らは、そのカフェの客ではありません。また、水の少ないところなので、
トイレに紙を捨てずに、そばにある入れ物にいれてくださいと
ありました。私は、トイレから出てきて、
長蛇の列を作っている中国人観光客に、
「紙は捨てないのですよ。分かりますか?」と言ったら、
彼らは、ポカーンとした顔をしていました。
余計なことを言ったのでしょうか。


私は人種差別が大嫌いでした。
お婆ちゃんが、私の座り方が悪かったときに、
朝鮮人のようだといったことばが大嫌いでした。
私は自分が人種差別主義者ではないと思ってきました。
しかし、昨日の晩の出来事は、私を、一瞬、人種差別主義者に
しました。
願わくば、私が継続的な人種差別主義者になりませんように。
中国の人たちがもっとマナーを守り、世界の人たちから
もっとリスペクトされますように。



私はオーストラリアに30年近くいますが、このような嫌な
経験をしたことがありません。あったのは、一度だけ。
公園で、お前達アジア人はここには必要ないといわれましたが、
それがスペイン語だったので笑いました。私はスペイン語がわかり、
彼らは南米から来たのだと分かったからでした。

堂本さんとの出会い

堂本さんとは、和歌山の観音山フルーツガーデンで、出会いました。
フルーツガーデンの中のスカイガーデンで。
この日は、観音山5代目の児玉さんに、バーベキューと
音楽会を私のためにご用意いただき、その楽しい会で
私は堂本さんに出会いました。


彼は、72歳。25歳のときに全盲になったのだといいます。
いえ、それは、後で、お聞きしたのですが。
「僕は、死ぬまで一度オーストラリアに行ってみたい」
「えっ、そんなにお若いのに。死ぬまでだなんて」
「いえ、僕はもう72歳ですよ」
「そうですか。40歳にしか見えませんね」
「ぜひ、オーストラリアにきてください」
といいながら、一体彼に何を見せてあげたらいいのだろう。
一瞬、不安が頭をよぎりました。
が、いい加減が私の売り物。
大丈夫だ。必ず、彼に喜んで貰えることができる。
と思ったのでした。
P1000562.jpg


それから、すぐ、観音山フルーツガーデンの
児玉さんが、4月にオーストラリアに来ることになりました。
というか、私が決めたというのが正しい。
「オーストラリアに来てください」
「はい、いつ行ったらいいですか」
「そうですね。4月でしょうか」
なぜなら、4月には、シドニーで農業ショーがあるから。
というわけで、児玉さんが来ることになりました。
そして、堂本さんも来ることになりました。


このグループには、フルーツアートクリエーターの方々も
同行することになり、
どうしたら、全員の方々に喜んでいただけるツアーになるのか。
やはり心配でした。
検索したり、電話したり。
いつものように、日程が決定したのは、
最後の最後でした。私の試験はいつも
こんな感じです。原稿もそうです。
最後になるまで決まらない。


堂本さんには、色々なことに挑戦してもらいました。
お年寄りだけが集まるジャズクラブで、
ダンスをさせちゃいました。
植物に触ってもらいました。
オーストラリアには、バスキング
(大道で芸をしている人たち)をしている人が一杯いて、
ビーチでも、町の中でも
音楽を聴くことができました。

小鳥の声。潮騒。潮風。フィッシュ&チップス。
珍しい果物。おしゃべり。バスに電車。子供の声。
草の上に寝転んでもらったり、ひいては
走らせちゃいました。堂本さん、急いで急いで。


堂本さんの弾くハーモニカにオーストラリアの人たちは
聴き入りました。涙を流している人たちもいました。
堂本さんが、最後の夜にいいました。
僕に一言言わせてください。
「僕は目が見えなくなり、僕の人生には
いいことがなかった。今日までは」
って、涙を流して言われたときには、
私も涙が出ました。
堂本さんのめがねの奥から
涙が滝のように流れてきました。
彼が一番好きな曲は、ブラームスの子守唄だといいました。


出発前、私は、私が役員をする
ディンゴ基金に皆を連れていきました。
ディンゴは狼と犬の中間に存在する動物です。
農民に、害獣と嫌われ、今ではほとんど
純粋のディンゴが消滅しつつあります。
私は、そのディンゴを助けるこの団体に属しています。
負け犬。私がそうです。
このディンゴが、堂本さんがハーモニカを弾くと、
いっせいに歌いだしました。
あたりには、ディンゴの遠吠えが響き渡りました。

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